秀雄ニュース

 新学社という出版社から「近代浪漫派文庫」というのが現在配本中で、その第38巻が、ロックンロールの権化・小林秀雄だという。配本日は未定。収録ナンバーは、

様々なる意匠/私小説論/思想と実生活/事変の新しさ/歴史と文学/当麻/無常といふこと/平家物語/徒然草/西行/実朝/モオツアルト/鉄斎/鉄斎の富士/蘇我馬子の墓/対談 古典をめぐりて(折口信夫)/還暦/感想

 小林秀雄は、デビュー作「様々なる意匠」(1929)でまず、そのてめえのスタンス——スタンスはないというスタンス、すべて否定すべて肯定、あるいは、一方に触れながら同時に対極にも触れていてかつ間を全部満たすというやり口——を表明した。それは、ここから続く途轍もない小林秀雄の歌の前書きのようなものでもあり、全著作を解く鍵となるのだから、絶対に外せないし、冒頭に収録されなければならない。そして、このラインナップはどうだ。タイトルを見るだけでもよだれがだらだら精神は高揚してくるだろう。
 「思想と実生活」は、トルストイが晩年に奥さんのヒステリーに悩まされて家出したという事実に対して、正宗白鳥が、あの高邁な思想を抱いたトルストイもやはり人間だ、みたいなことを言ったのに対し、ヒステリーに悩まされようが、家出しようがなんだというのだ、天才から凡人のような一面を見つけてほっとする心情のなんと醜いことよ、いくら尻尾がたくさん見つかろうが、それが尻尾では面白くない、トルストイの高邁な思想はその著作が証明するところであって、家出云々で揺らぐようなしろものではない、と書く。
 「事変の新しさ」は満州事変に始まる日本の戦時体制について空前絶後のコメントを残している。「そう!」と秀雄の鼻先に人さし指を突き付けたい衝動に駆られること、間違いない。
 「歴史と文学」は、タイトル通り歴史と文学について。秀雄のいう歴史は、歴史と聞いて多くの人が想像する「あれ」ではない。必読。
 「無常といふこと」は全文暗記必須の宝石。
 「平家物語」「徒然草」「西行」「実朝」と、一連の古典を繙く作業だが、これまで教科書で教養として知っていたそれぞれがグワッと覆されることだろう。例えば、鎌倉閑人エッセイとされる「徒然草」のイントロ「日々の由無しごとを筆の趣くまま書き連ねる」は、余計な力の抜けた達観ではなく、緊張しまくった烈しい精神の表明だ、と言う。基本的に、清盛なら清盛、兼好なら兼好の魂との交感が行われていて、すべての小林秀雄の批評がそうであるように、秀雄が対象を語るのではなく、秀雄は対象となり、対象は秀雄となって、歌が紡がれる。これらを読むと必ず、原典に向かいたい衝動に駆られるはずだ。批評とはそうしたものである。
 「モオツアルト」は大の音楽好きであった秀雄による、鋭敏な音楽評。音楽を言葉で語るとはこういうことなのだな。本サイト「ロックンロール・ブック」でやりたいのは、こういうことだ。
 その他、挙げても挙げてもきりがなく、いつか作品ごとに、本欄で丁寧に詳らかにしていきたい。まさにライフワーク。

 作品数が膨大で、かつ1つも駄作がないというのは、実にファン泣かせでもある。てめえオムニバスを作って、てめえなりの編集を施したい願望に駆られつつも、あれも入れたい、これは必須、これを入れるとなるとこれをどうして外せようなど、ノイローゼ気味になり、そしてふと、「あれ、この作業によってどこに行ける…?」と気付き、落ち込むことになる。優れたミュージシャン/バンドのオムニバス・エディッティド・バイ・てめえ、の作業によって、それは多くの人が実感していることであろう。だから、こういう場合は、例えば、オムニバス・タイトルの脚注として、いついつ現在と明記しておくことで回避するしかない。今回の文庫のように他者が勝手にやってくれると責任が自分にないので、肩の荷が下りて気楽に著者に面接することができて嬉しい。
 小林秀雄の考えること、考え方というのは、非常に清潔でストレートで、何の矛盾もない。よくみなとでは、やれ印象主義だ、逆説的だ、難解だ、などと囁かれているが、実は、何の矛盾もない。極めて明解。ただ、その批評文が、その考えの深さ、鋭さにより、究極の言葉は自ずと詩になってしまうように、散文詩として立ちあらわれるものだから、世の誤解が後を絶たないだけだ。c0005419_15595544.gif世間というのは正解した試しがないと小林秀雄は吐くが、常に世間と対峙し世間の「常識」から目をを逸らしたことは一度もない。余りにも人間的なところを、小林は常に見据えている。そこが小林秀雄が選民意識の強いアカデミズムから遠く離れたポップな存在でいて、かつ孤高の存在でありえる所以だ。小林秀雄は読んでも読んでもまったく飽きるということがない。また、どのページを開いても途途轍もない思索が充溢している。それは、まるでエヴァーグリーンなポップ・ミュージックのようであり、つまり普遍というやつなのだ。
 普遍などないと人はいう。だが、普遍と言うまさにそこに普遍があるではないか、とは小林秀雄と同じ精神を持つ池田晶子の言葉。
 今私は、普遍ということを噛み締めている。

by ichiro_ishikawa | 2004-12-21 14:13 | 文学 | Comments(1)  

Commented by じゃがいも一番 at 2004-12-21 21:33 x
いやー、面白いね。
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