余暇と俺 極私的覚え書き


 最近仕事を辞めたのでぽっかり時間ができたのだが、その空いた時間で何をしているかというと、「たいていある」ことでお馴染みのYouTubeで、ザベストテンとか歌のトップテンとか夜のヒットスタジオといった昔の日本の歌番組、アメリカやイギリスのロックやブルーズ、リズム&ブルーズ、ソウル、ジャズの演奏のアーカイブ、それからホイ3兄弟やジャッキー、サモハンあたりの香港映画、そして日本のお笑いを見倒している。へたすると一日中見ている。それほどYouTubeに上がっているアーカイブの数々はすげえ。

 とはいえ、見終わった後必ず「あ、こんな事してる場合じゃねえ…」と我に返るこんな事してる場合じゃねえ症候群に見舞われるため、最近はほどほどにする事にしている。
 ほどほどにして何をするかと言えば、俺の書斎にある膨大なレコードコレクションを片っ端からかけながら、同じく俺の書斎に「たいていある」古今東西、とりわけ日本、フランス、ロシア、イギリスの近代文学を全部読み直そうという試みが浮上している。今の俺のモードにピシャリ来ているのが鴎外、漱石だ。こいつらは本物だからだ。現代の作家は玉石混交甚だしいが、この辺の才能は、今では考えられないぐらいの超エリートで安心だからだ。特にこの2人は日本近代文学の嚆矢、ロックでいえばビートルズ、ストーンズみたいなもので、どちらも漢文、英文学の才にも秀でたモノホンの日本語文筆家だ。今は、渋江抽斎という江戸時代に生きた激地味渋な人の生涯を書いた鴎外のその名も「渋江抽斎」を読んでいるが、これがとてつもなく渋い。同時に、漱石の死により絶筆となった「明暗」。これは水村未苗の「続明暗」を読みたいが為に、今一度精読しておこうという寸法だ。大学時代に周りによくいた、文学者の名前と作品は全部言えます、各作品の評価はこれこれで…みたいな、何のための記憶かよく分からねえ知識と教養を振りかざす点数稼ぎの馬鹿野郎どもを一蹴する、作品と作家のソウルをわしづかみに掴んだら離さない覚悟によるものすげえ深い読みを俺はしていく所存だ。

 また、もうひとつ今ブームなのが、西行だ。西行は、12世紀を生きた武士で僧侶で歌人。今俺は短歌に親しまざるを得ない境遇にあるため、生活の必要から万葉集、古今和歌集、そして啄木や茂吉をひもといているのだが、短歌といえば俺にとって実は西行だった。というか西行と実朝しか知らぬ。というのは小林秀雄がこの二人に結構触れているからで、実は彼らの歌自体は飛ばし読みして、小林の文だけを繰り返し詠んでいる次第だったため、この辺でグワッと彼らの歌自体も読んでいこうというプロジェクトを遂行する事にした。とはいえいきなり歌集は厳しいので、辻邦生の「西行花伝」を再読するところから始める。

 音楽と文学。それも一流の音楽と文学。これらを聴く読むということは、俺の聴き方読み方は、それら作品と作者当人とのっぴきならぬ関係を結ぶ、つまり付き合う、というすげえ濃い交わり方をするので、要するに、毎日一流の音楽家と作家、サン・ハウスやチャーリー・パットン、パーカーやコルトレーン、鴎外、漱石、はたまたドフやんやトの字、あるいは気違いニーチェといった強者どもと、サシで酒を酌み交わしているようなものだ。
 酌み交わした後、二日酔いにならなければ、そこでいろいろインスパイヤされた事を日々この場でメモしていこうと思う。何のためかは知らぬ。

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by ichiro_ishikawa | 2009-10-20 00:32 | 音楽 | Comments(0)  

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