エセー「未読の真意」


 先の読者アンケートではなんと5万通を超える返答が寄せられたが、見事、「読みたいネタ」・「もううんざりなネタ」の2冠に輝いたのが「小林秀雄」で、今回は、読ませると同時にうんざりさせるという荒業を試みる。

 ご存知の通り、大きくなったら世界一の小林秀雄研究者になる、というのが私の将来の夢だが、実はまだ読んでいない作品がある。「まさか!(ナンセンス!)」と叱責されてもぐうの音も出ない。しかもその作品とは、代表作「本居宣長」なので、世界一なぞどの口が言う、だ。
 一度通しで読んだ。無私の精神で古人の魂に推参した本居宣長、ものすげえ、という事が骨子だろうとはおぼろげながら感じたが、あの大作を一度で「読める」はずもなく、実際、読んだという実感がないのが問題だ。
 なぜ読んでいないかというと、まずなげえ。ただし同じ長編でも「ドストエフスキイの生活」などは何度も読めるし、文庫上中下ぐらいだったら他の小説などは苦もなく行ける。だが文庫上下2巻の「宣長」は、なげえ上に古文で書かれた原典の引用が結構ある、から、そこがきちいのだった。引用の箇所で読書のペースが乱される。ついパタと閉じ、傍らのYouTubeに浮気してしまう。
 読むともなしに眺める、という名著読書法を駆使しつつ、時機が来るのをずっと待っているが、まだ時機じゃないらしい。この時機というのは、てめえの意志とは別の力の作用との合致で訪れるものなので、静かに紫煙を燻らせながら待っている。

 だが、実は一番の理由は、本居宣長を読んでしまうと、あとは本当に再読しか楽しみがなくなってしまう、というのが本音だ。昔、「ダブル・ファンタジー」を聴かないのはそういうことだと松村雄策が言っていたが、別に真似たわけではなく、そういう事は、ままある。新刊「本居宣長」、早く出ねえかなあ…という事だ。

 本・音楽・映画という三大趣味は、それぞれがそれぞれのサイクルで私の気分を支配するが、水村美苗という偉大な作家の発見があり、スタンダールから古井由吉まで、古今東西の文学界を徘徊していたここのところの本の気分がそろそろ終わる気配があり、シメはどうしても小林秀雄となった。やはり別格だ。ブルーズ、ジャズ、ニューオーリーンズ、ロック、前衛、ポップスと聴き散らかしながら、最後にはやはりビートルズが別格と感じるのに近い。いや、ちょっと違うな。じゃあ何か。知らぬ。
 今はあまり読書モードではなく、映画だ。「竜二」と「インディアン・ランナー」「日の名残」「山椒大夫」から始まり、いま「女優・高峰秀子」に通っている。すげえいい。ヒマなわけではない。

by ichiro_ishikawa | 2010-01-25 03:25 | 文学 | Comments(3)  

Commented by オススメ at 2010-01-25 18:45 x
小林秀雄全集→本居宣長全集の流れはいかが?
いにしえびとの心はグッときますよ。
Commented by カゼッタベルキ at 2010-01-25 22:41 x
「本居宣長」に躊躇するのはわかる。橋本治の「小林秀雄の恵み」を読んでみてたら。
Commented by 間坂純 at 2010-01-26 00:49 x
は、はい!
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