エセー「装丁」


 今、私が装丁に凝っていることは、先般「芸術新潮」の小村雪岱特集に触れた辺りで勘のいい連中は察したやも知れぬ。勢いに任せ、サイン本を持っている菊池信義『新・装丁談義』を再読しながら、ワンクリックで『文豪の装丁』(NHK出版)もゲットン。江戸洒落文化と西洋文化がバキッと出会った、明治〜大正、昭和初期の独特の日本装丁を作り上げていた古人の精神に思いを馳せつつ、古本装丁図鑑を惚れ惚れしながら眺めている。
 そんな中、amazonでは正確に計り知れない、いい装丁の本を探そうという気になって、神保町を徘徊。新刊はあまりピンと来ない。「まあ、俺でもできるな」というものばかり。これは勘違いだろうが瑞々しい尺度ではあろう、とその基準を信頼しながら物色していたが、やはり古書にグッと来た。何かのヒントになるやもということで、iPhoneで片っ端から書影を撮っていたが、何のヒントだ? と途中で正気に戻ってやめた。だが、折角外に出たので、何か記念に買って帰ろうという気になって、装丁買いを立案したが、いや、何かが違う、このさっきからの一連の行為、何かが決定的にダメだ、という直感的ロック・スピリットが制止し、泣きながら手ぶらで家路についた。

by ichiro_ishikawa | 2010-02-13 01:35 | 日々の泡 | Comments(0)  

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