エセー「テレビと私」


 新聞のテレビ欄をまず開かないのは、テレビがないので見る必要がないのと、万が一面白い番組、たとえば「親子ジグザグ」再放送などを発見してしまうと悔しいからだが、テレビ欄は表4的なページにある為、意図せずしてつい見てしまう事もある。
 本日、何とはなしに瞥見すると異変に気づいた。第8チャンネルが東京12チャンネルの位置にある。地デジの並びになっていた。12は7に、10は5になっていた。8のスタッフは、12の位置に追いやられるとしても8という数字に拘泥したのだな。
 だが元12が長年占めていたこの右端というポジションは、12チャンの番組ラインナップの内容とも無関係ではないだろうが、私が最も好きな位置で、まずここを見る、時にはここだけを見るという習慣があった。私にとっては一番高い価値を持つ場所だ。
 この12が築き上げてきた孤高のポジションは、メジャーと千葉テレビなどUHF的な局の中間という微妙ながらジャストな位置だ。メジャーとマイナーの間、アンビバレントでグレーな部分、ギリギリの境界線、みたいな、流動的だがそこしかないという一点を常に目指す傾向にある私にとっては、12チャンの居方は、性に合っていたと言える。

 幼少の頃、午後6時台というのは遊びから帰宅し晩ご飯ができるまでのくつろぎの時間帯で、他のチャンネルがニュースしか放送していない時、変なアニメをやっていたのが12チャンだ。
 他のラインアップも秀逸で、国際プロレスや三菱ダイヤモンド・サッカー、ザ・スターボウリングといったニッチスポーツ、三波伸介の凸凹大学校、山城新伍の独占!男の時間、おとなの時間、ドバドバ大爆弾、ヤンヤン歌うスタジオなどの中崎タツヤ的大人に向けたバラエティ、モンティ・パイソンやファミリー・タイズ、特攻野郎Aチーム、特捜刑事マイアミバイスといった海外ものも気が利いていた。
 おそらく今の12チャンは、テレビ東京という名に変わっているし、もはやメジャーで、クオリティも落ちているに違いない そもテレビは1990年で終わったのだ。「とんぼ」の最終回でドラマ界は終焉を迎え、「ザベストテン」「夜のヒットスタジオ」「東京イエローページ」が終わった事で、エンタメ提供というテレビの役目はなくなった。そも情報としての価値はテレビには全くないし、ニュースも新聞でよく、電子ブックならなお良い。DVDを見るときにテレビはやはり必要か、との自問自答も一瞬起こったが、PCで見れば場所を増やさずに済むし、タルコフスキーなど映像が優れた映画は、映画館で特集されるのを待てばいい、と、立ち消えかかっていたところ、この地デジの並びで、いよいよ自分とは全く関係のない世界だという事を思い知った。

by ichiro_ishikawa | 2010-02-14 20:22 | 日々の泡 | Comments(0)  

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