引用「いい書評」


 ニーチェの言葉というのはすべて血で書かれているような気がどうしてもしてしまうからどこを切ってもよく噴き出して、その哲学の精髄に触れるつもりがあってもなくても読んだ者にはときとして並ならぬ興奮と覚醒を与えてしまって、加えて超人や永劫回帰といった概念は類い稀なる詩才と相俟っていつの時代も悩める人々を(良くも悪くも)魅了してやみません。それはかつて近代という不明な空間を生き、変革を迫られていた日本の知識人−−高山樗牛、夏目漱石、新渡戸稲造、萩原朔太郎、芥川龍之介らをも当然のごとく直撃しました。本書は徹底した比較文学の作業によって導き出される−−いわゆるニーチェ・ショックが、彼らへ与えた影響の履歴であります。
 とりわけ表題にもなってい漱石が壮絶に面白くて興味深く、人間の悲哀と滑稽と求道と猫の目で描いた『吾輩は猫である』と執筆当時し、英訳『ツァラトゥストラ』を精読していたと思われる漱石の心の中をのぞき見しているような気持ちになります。無数の断片、激しく引かれるアンダーライン、怒濤の反論、トゥルー!と書き込まれる共鳴。漱石の暗部を照らしつつ望みをつなぐ応酬に、慣れ親しんだ名作の知られざる苦悩と達成が鮮やかに現出します。
 とにかく愉しい。仮に漱石やニーチェをまるで取らない人が読んでも本書には親切と挑発が満ち満ちているので興奮を見失う心配はないし、言うまでもなく愛読者たちにも新鮮な発見は約束されます。ああ、それにしてもニーチェというひとつの知性(個性)の振る舞いがこれほどまでに多様な感受を生むことに驚きながら、浮き彫りになる各人の魅力がたまらない。読み終わったあとに情熱に置き去りにされたようで無性に寂しかったので、すぐにもう一度読みました(表向きは殆ど反応を示さなかった森鴎外のエピソードも印象的。さすがというかなんというか……超人ならぬ公人パワー)。

 以上、読売新聞3/21付朝刊書評欄より全文。まるで池田晶子のような文体の持ち主は、旬の人、川上未映子。評されている書は杉田弘子『漱石の『猫』とニーチェ』(白水社)。
 川上未映子を知ったのは芥川賞『乳と卵』で、遅れてきた読者なわけだが、その後、彼女のブログで、小林秀雄と池田晶子を相当敬愛している事を知り、過去の『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社)、『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(ヒヨコ舎)、『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』( 青土社)という、まさにその世界を想起させる著書を読むにつけ、一気に信用した。その線から行くと最新意欲作『ヘヴン』(集英社)は、ポップを引き受けざるを得ない位置に来てしまった故のプレッシャーか、いささか薄く、やや物足りなかったが、向いている方向はよく、次作が待ち遠しい作家の一人。

 上記、書評の書は、税抜き3200円。高すぎる。また上製本は、かさばり、重く、これ以上本に場所を取らせたくないので、立ち読みで済まさざるを得ない。こういう位置の書が、電子ブックで購入されるのだろうな、俺に。本屋で立って読むのは疲れるからな。煙草も吸えねえしな。小林秀雄や池田晶子ら、出たら即買い・保存必至というもの以外は、まず電子で買う。そして「すげえ名著だ」と感激したら、さらに本も買う。こういう流れになるはずだ。だから電子ブックはバンバン売れるのではないかな。全書500円ぐらいになれば。本は売り上げは確実に下がるな。保存欲を相当かき立てるものだけが本の形で買われる。その決め手は当然内容の質、そして装丁を中心とした全体のブックデザイン。でもやはり骨董品、オブジェではないのは、折ったり書き込んだりする必要があるからで、そういう意味では、「500円の文庫」、これが本の最も魅力ある形だ。

by ichiro_ishikawa | 2010-03-22 16:38 | 文学 | Comments(0)  

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

<< エセー「現実逃避&直視」 写真「涅槃」 >>