ビートルズが生まれた背景

ルーツ・ミュージックを繙いているうちに、
ビートルズが生まれた背景を、わかりやすく書いてみたくなったので、書く。

【まず、R&Bありき——ロックンロール前夜〜誕生 1950年代】

30年代にエレクトリックギター、40年代にエレクトリックベースが発明され、ブルースやブキウギをベースに強く烈しいビートを注入した黒人音楽R&Bが誕生。

この黒人のカッコいい音楽に、白人も飛びつき、「模倣」。
これがロックンロールとなった。

エルヴィス・プレスリー、バディ・ホリー、エディ・コクラン(以上、白人)
チャック・ベリー、リトル・リチャード、ボ・ディドリー、ファッツ・ドミノ(以上、黒人)
といった面々がシーンを担う。

一方、白人メジャー・シーンでは、ミュージカルや映画音楽の流れで、ティン・パン・アレーと呼ばれるニューヨークのブロードウェイの一角から生み出される甘いポップスが流行。

そんな中……

【ロックンロール、死す→ブリル・ビルディング・ポップス隆盛】

58年にエルヴィス・プレスリーが徴兵され、59年にバディ・ホリーが飛行機事故で死に、リトル・リチャードが飛行機事故で九死に一生を得たショックで宣教師に転向、60年にチャック・ベリーが投獄され、エディ・コクランが事故死。シーンを担ったロックンローラーたちは文字どおり、消えたのだった。

ロックンロールの火は一気に消沈した。

ここで勃興するのが、ティン・パン・アレーのポップス。
ただし、ロックンロールの洗礼を受け、これまでの毒にも薬にもならないポップスは、深みを増した形で新しく生まれ変わっていた。
当時のポップス製造所は、ブロードウェイ1619番地のブリル・ビルディングという所にひしめいたため、ブリル・ビルディング・サウンドと総称される。

プロデューサー
●ジェリー・リーバー&マイク・ストーラー
50年代から活躍。黒人R&Bに影響を受けた白人。ドリフターズ、コースターズほかを輩出。黒いポップスを創造。

●フィル・スペクター
リーバー&ストーラーの元で修行。偏執狂的資質から、音を重ねまくりウォール・オブ・サウンド(音の壁)と呼ばれるサウンド・デザインを構築。ロネッツ、クリスタルズほかを輩出。大滝詠一のルーツ。

作詞・作曲家コンビ
●ジェリー・ゴフィン&キャロル・キング
●バリー・マン&シンシア・ウェイル
●ニール・セダカ&ハワード・グリーンフィールド
●ジェフ・バリー&エリー・グリニッチ
●バート・バカラック&ハル・デイヴィッド

特徴は、やはり、R&BとR&Rの影響が強いこと。但し、大手レコード会社によるヒットチャート狙いなので、「ポップ」たることが主眼。R&B、R&R愛好家が、そうした外的制約を受けながら、創造したものが、このブリル・ビルディング・サウンドであり、その葛藤の結晶のなんと眩しいことよ。

そんな中、やはりイギリスやアイルランドでも、わかってる若者たちは、ブルーズ、R&Bに熱狂していた。つまり、イギリス版ブリル・ビルディング・サウンドが、ビートルズら港町リヴァプール・サウンド、ロンドンやブライトンのモッズであった。
ただし、直前というか同時に、アメリカでぼっ発したブリル・ビルディング・サウンドの「ポップネス」の洗礼を浴びていたということが大重要だと思う。
ブリルが、R&BやR&Rをまぶしたポップスだとすれば、
ブリティッシュ・サウンドは、ポップスのポップネスを昇華させたR&B、R&Rである。

要は、黒人と白人が何度も何度も交わってスパイラルに上昇していく過程で、大爆発を起こしたのがザ・ビートルズであった。

by ichiro_ishikawa | 2004-12-24 21:23 | 音楽 | Comments(0)  

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