エセー「ものすごい説得」


 世には説得上手な人がいて、それは、仕事のプレゼンしろ、恋愛の口説き文句にしろ、相手の心をつかむ、という事が主眼に置かれているが、それが成功するときというのは、必ずしも話の論理性だけではなく、言葉の文学的な響き、というものも大事な要素だろう。いかにも正しい事だけを言っていても、何か腑に落ちない、肌がそう感じる、という事はよくある事だ。それが論理的に正しければ正しいほど、それは顕著になるというのは不思議事だが、人は論理だけでは動かされない、感動によってのみ、動かされる、という事が真実だとすれば、それも納得できることである。

 ところで、説得の達人と言えば、何を置いてもやはり、ソクラテスだ。
 プラトンの『パイドン』では、死刑を前にしたソクラテスが、哲学者(知を愛する者)が死を恐れない理由を弟子との問答形式で展開していくが、師の死を望まない弟子たちはその対話の中で見事にコロッと説得されて、結果「死、いいな…」と落ち着いてしまう、ものすごいくだりがある。
 ソクラテスの「なぜ今から俺は死刑に抗わず、死ぬか」の弁明に対する、弟子たちのリアクションだけを抜き書きしてみよう。

「そうだと思います」
「まったくです」
「そうです、その点はたしかにそのように思われます」
「まったく、その通りです」
「もちろんです」
「ありえません。まさにそれです」
「とんでもありません、ソクラテス」
「問題外です」
「そう思います」
「明らかです」
「あなたの言われることは、まったく真実です」
「その通りです」
「そうです」
「その通りです」
「そのように思われます」
「ゼウスにかけて、確かに言います」
「もちろんです」
「けっして、ありません」
「まったく、その通りです」
ソクラテス、あなたはなんと見事に真実を語られたことでしょう」←最高潮
「なににもまして、そう思います、ソクラテス」
「本当にその通りです」
「まったく、その通りです」
「そうだと思います」
「笑うべきことです。どうして、そうでないことがありましょう」
「ゼウスにかけて、確かにまったく不合理です」
「まったく、あなたの言われる通りです」
「まったく、その通りです」
「それは必然です」
「もちろんです」
「その通りです」
「まったくです」

…と、このように、知者である弟子たちは完璧に説得され、というか、感動に打ちのめされ、どうぞ死んでくれ、とさえ懇願する。ソクラテス、ものすげえ。

by ichiro_ishikawa | 2010-04-18 23:32 | 文学 | Comments(1)  

Commented by カゼッタベルキ at 2010-04-20 00:49 x
リアクション一覧がいい。気に入った。
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