悲劇エセー「ああ無力」


「en-taxi」が新装刊した。判型が元に戻った。大きくなった判型がやや気に入らなかったので、これは良い決断だ。また、表紙の大竹伸郎の絵が俺はあまり好みでなかったので、今回はホンマタカシの写真だが、これもいい。色と質感がいい。中味はずっといいので、いい。新装刊第1号の特集はボブ・ディラン。文芸誌でボブ・ディラン、いい。あれは文藝でもある。だが、ボブ・ディランについて書く、というだけで何か文藝的なニュアンスが成立してしまうので、危険と言えば危険。駄文の羅列になる恐れが多々あるが、今回は、そうした失敗は一部に留まり、概ね、質が高かった。もう人選がすごいものな。一番良かったのは浦沢直樹の漫画だけどな。しかし、小林秀雄特集の原稿を「With The Memphis Blues Again」とした福田和也がなぜ書いていない?
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 とはいえ、ディラン特集でいえば、青土社「現代思想」に軍配は上がる。ロサンゼルス・タイムスでの未邦訳インタビューが実に素晴らしく、ピーター・バラカンと菅野ヘッケルの対談。友部正人の随筆、バリー・ファインスタインとディランの写真詩集、和田ラヂヲなどへの「俺とディラン」的アンケート。読み応えがある。1800円だが買い。
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 (文章メインの)雑誌を読むのは、昔ほどの情熱はなくなったが、まだ好きだ。だが、作るのは苦手だ。あれは相当難しい、と端から見て思う。実際作っている人だったらいよいよ実感しているはず。まず関わる人間の人数がマジハンパねえ。しかもみんな一癖ある。その折衝だけで、俺なんかもうダメだ。一人と相対峙するだけで、身も心もへとへとになってしまうからだ。
 そして、中味。20字のキャプションでさえ、とんでもない。書くのも、推敲するのも、読むのも。言葉は宇宙だからだ。それにデザインやら何やら、制約が実際は多少あるにしろ、原則ほぼ自由、何やってもアリだから、ものすげえクリエイティビィが必要だ。その上、原価計算とか請求書処理とか事務処理事項もありすぎる。その前に企画会議から営業部との部数決議やらプレゼンプレゼンまたプレゼン。数字だけ見て売れねえ、つまんねえ、散々ケチつけられながらも、それらを一個一個、論理と情熱で論破して行く。すげえ疲れる。上記のうち、一個やるだけで俺の場合は、2年かかる。それを毎月やっている、というだけで尊敬する。教養と信念と情熱とクリエイティビティと事務処理能力、そして社交術、全部を高いレベルで持っている人がいる。すげえ。

 新潮社の「考える人」メルマガが頻繁に送られてくる。てめえで好んで購読したからだが、このメルマガひとつとっても、その文章のすげえこと。内容が深くてかつ読みやすくて丁寧。これだけでひとつの文藝。無料メールとはいえ、この緻密さ。これは教養と信念と情熱とクリエイティビティと事務処理能力、そして社交術、全部を高いレベルで持っている人でなければできない。

 と、今日もまた、てめえの無力感に打ちのめされ、誰もいないところに行こうかな…何もしねえで月30万入ってくるシステムねえかな…それより、誰か食わせてくれねえかな…、いやいっそ、しん……いや、言うまい。ある種ブルーな38歳、春。

by ichiro_ishikawa | 2010-04-23 00:35 | 日々の泡 | Comments(1)  

Commented by カゼッタベルキ at 2010-04-24 13:13 x
ピンポーン!
いっそ、しん…クロナイズドスイミングでもはじめようなか。
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