エセー「哀しみと俺」


 ボブ・ディランとウィルコ、この二大ミュージシャン/バンドの立て続けの来日公演をスルーしてしまったのは、すべてゴトシのせいだ。出不精、対人恐怖症、腰に異様な重量を持つ俺は、チケットを取るという行為すら出来ないのだが、ディランもウィルコもチケットを知人が用意してくれたにもかかわらず、つまり、会場に行ってその知人に金を渡せば良い、という出来過ぎなお膳立てがあったにもかかわらず、ゴトシが俺を阻んだ。これが悔しい。そのゴトシとは、あんぱん工場でベルトコンベアーで流れ来るあんばんにごまを乗せる人を監視する人を監視することだ。ちなみにその後ろにもさまざまな監視する人がいる。この行為とディランのライブを見るという行為の二択があったとき、前者を選ばなければ行けないというこの状況。深い哀しみに暮れてしまう。

 小林秀雄はゴトシ、彼の場合、書く事を、生活に於いて一番大事にしている、力を入れている、ということを妹に語っている。書くというのは小林にとって宿命であり、命を賭するものだったが、今の俺はまったくそういう感じでない。ゴトシなど人生のほんの一部分、しかも人生がすべてではない、という思いがあるから、いよいよ微々たる事項に過ぎない。こういうか考え方はまずいのだろう。
だが、ディランとウィルコ、ひいてはポップミュージック、俺を俺たらしめてしまった、抜き差しならない関係を結んだ、この音楽が、そういうゴトシに阻まれる、という事態をどう考えるか。生活しなければならないからしょうがない。生活できてこそ、ディランとウィルコのチケットを買える。文化を享受できる。食えない人たちは、美術館に行くより、職を探す。腹を空かす人たちは、レコードを買う金があったら米を買う。すべては肉体あってのモノダネだ。

 ゴトシに空しさを覚えたとき、俺は、原始時代を思い出すことにしている。すると、それは空しいとかそういう問題では全くない、ゴトシはゴトシ、労働である、ということに深く思い至る。
 一人で生活できない以上、人と協同することが必要で、自分が生活の糧を得る為には他人に奉仕しなければならないという原理がある。原始、狩りが苦手なヤサ男は、竪穴の住居に絵を描く代償として、狩りが出来るその住人から肉を得ていた。文化の始まりだ。
 文化の創出で食うとは、まさに、食うためのその物を生産する、第一次産業に勤しむ人がいて初めて成立する。全員が絵を描いていたら、絵の交換だけしか起こらないから、いくら絵を交換し合ったところで、その絵に感動を抱いたところで、腹は満たされない。衣も住も得られない。衣食住の建設に勤しむ輩が居て初めて文化は現れる。江戸文化が花開いた元禄、文化・文政時代は、経済が安定した時だった。
 そう思うと、俺の空しさは一応静まりを見せる。ただ、労働に於いて、信念が損なわれいようには気をつけたい、とは思う。食うことは必須だが、人生がすべてではないように、食わねばならないというのは自分が自分に勝手に課した義務であり、実は信念を損ねててでも食う必要はなく、つまりのたれ死にしてもいいわけだ。
 こういうことを呑気に言えるのも、侘しいとはいえ、一応は衣食住が足りているからか。実際、衣食住が満たされないと、信念なんかどうでも良くなるか。そも、その信念てなんだ。
 38にもなって、14から思い続けていることを、そのときと全く同じように、何の突破口も見いだせないまま、思いあぐねている。
 つべこべ言わずやれ、とは14の俺に言い放って、未だに言い続けるB型の父親の弁。まあ、そうだな。
 

by ichiro_ishikawa | 2010-04-24 13:27 | 日々の泡 | Comments(0)  

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