感想「雁」


 森鴎外『雁』再読。
 「美文に耽溺する月間」における一試みにすぎないが、今の俺のゴトシ場が本郷にあり、よく東大内部及び周辺をぶらついているのだが、そこには言わずと知れた『雁』の舞台、無縁坂があるのだった。美男子東大生・岡田と薄幸美女・お玉の、想像を絶する儚い恋が育まれた無縁坂。ある日、「そういや俺は岡田だったな…。T−岡田は悪ノリし過ぎだろ……」と邪念とともに『雁』を思い出し、坂を通るたび、お玉がいないかチラチラ脇見をしながら上り下りしていたわけだが、もはやお玉はいない。俺はお玉を蘇生させることにした。

 お玉の美しさは、ズバリおとなしさだ。
 芸者かと見まがう美なる容貌を持つお玉。しかし芸者とは決定的に違うものがあった。町でお玉を見かけたお常が抱いた感慨。

「この女が芸者の持っている何物かを持っていないのに気が附いた。その何物かはお常には名状することは出来ない。それを説明しようとすれば、態度の誇張とでも云おうか。芸者は着物を好(い)い恰好に着る。その好い恰好は必ず幾分か誇張せられる。誇張せられるから、おとなしいと云う所が失われる。お常の目に何物かが無いと感ぜられたのは、この誇張である」

 そんなお玉は、恋しい岡田が散歩で無縁坂を通るのを、坂沿いにある寂しい家の格子戸からただ見ているのみ。ある日、意を決して声をかけようと試みるお玉。しかし「鯖の味噌煮」が原因で、それは叶わなかったのだった。岡田が坂を通ったとき、隣には学友の「僕」と石原がいたからだ。

「僕は石原の目を掠めるように、女(俺注・お玉)の顔と岡田の顔とを見較べた。いつも薄紅に匂っている岡田の顔は、確に一入赤く染まった。そして彼は偶然帽を動かすらしく粧って、帽の庇に手を掛けた。女の顔は石のように凝っていた。そして美しくみはった目の底には、無限の残惜しさが含まれているようであった」

 翌日、岡田は渡独。永遠の別れとなった。





『雁』森鴎外
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by ichiro_ishikawa | 2010-06-24 00:52 | 文学 | Comments(0)  

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