考えるヒント「街場のメディア論」


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 小林秀雄賞作家、内田樹の「街場のメディア論」(光文社新書474)がいい。
 メディアの本質論だ。速報性、情報の信頼性、ソースへのアクセシビリティ、情報に対する代価の適切性、情報処理に必要とされる端末機材の価格・ポータビリティ・操作の容易さなどの副次的な問題と、本質的な問題が明確に意識されているところが信頼できる。

 「潜在能力が爆発的に開花するのは、自分のためというよりは、むしろ自分に向かって『この仕事をしてもらいたい』と懇請してくる他者の切迫」、「『世のため、人のため』に仕事をするとどんどん才能が開花し、『自分ひとりのため』に仕事をしていると、あまりぱっとしたことは起こらない」という、仕事論から始まり、「知性の不調」「技巧化されたイノセンス」の醜悪、「最終的な責任を引き受ける生身の個人」の不在、といった諸問題への自覚が希薄なことから来る「マスメディアの凋落」、それとの関連で、「消費者的デマンドには一切配慮しない」ミドルメディア(blog等)の利点、役割、そして、「インターネットとメディア」「著作権」「書物は存続するのか」という問題への本質的な考えを平明に(もとは神戸女学院大学の2年生にむけた講義がベース)書き綴っている。

 書籍出版を中心にした論だが、出版に限らず、音楽や映画といった「本質的には商品ではないもの」を作る活動に関わっている人すべてに目から鱗な文章である。
 以下、適宜編集した上で抜粋(見出しは俺)


メディアの価値

 メディアの威信を最終的に担保するのは、それが発信する「知的な価値」です。「その情報にアクセスすることによって、世界の成り立ちについての理解が深まるかどうか」。それによってメディアの価値は最終的には決定される。


電子書籍の真の優位性

 電子書籍が読者に提供するメリットの最大のものは「紙ベースの出版ビジネスでは利益が出ない本」を再びリーダブルな状態に甦らせたことです。絶版本、稀覯本、所蔵している図書館まで足を運ばなければ閲覧できなかった本、紙の劣化が著しく一般読者には閲覧が許可されなかった本、そういった「読者が読みたかったけれど、読むことの難しかった本」へのアクセシビリティを飛躍的に高めたことです。

 読者は「採算ラインを超える数に達しない限り、存在しないものとして扱われる」というルールを僕たちはずっと黙って受け入れてきた。けれども、電子図書サービスは「読む人が現時的にいようがいまいが、いつかアクセスしたい人が出てきた時にすぐにアクセスできるようなシステム」を作り上げました。これまで読者として認知されなかった人たちを読者として認知したこと、それこそが電子書籍の最大の功績だと僕は思います。そこにはたしかに読者に対するレスペクトが示されている。

 電子書籍と紙ベース書籍の最大の違いは、電子書籍は、読者が本を読むことから受ける利益を、それ以外の関係者たちの利益よりも優先的に配慮しているということです。
 

著作権の本質

 僕はネットで公開した自分のテクストについては「著作権放棄」を宣言しています。それは僕に取って書く事の目的が「生計を立てること」ではなく、「ひとりでも多くの人に自分の考えや感じ方を共有してもらうこと」だからです。物書く人間がそれで安定的に生計を立てようと望むなら、まずなすべきことは、ひとりも漏らさない課金システムをつくりだすことではなく、ひとりでも多くの読者を得ることだと思うからです。
 著作権というものが自存するわけではない。それに価値を賦与するのは読者や聴衆や観客のほうです。紙やCDや電子パルスやフィルムそのものに価値が内在するわけではありません。あらゆる贈り物がそうであるように、それを受け取って「ありがとう」と言う人が出てくるまで、それにどれだけの価値があるかは誰にもわからない。「ありがとう」という言葉が口にされて、そのときはじめて、その作品には「価値」が先行的に内在していたという物語が出来上がる。


相手は「消費者」ではなく「読書人」

 僕たちは全員が、例外なしに、「無償の読者」としてその読書歴を開始します。そして長い「無償の読書経験」の果てに、ついに自分のお金を出して本を買うという心ときめく瞬間に出会います。その本を僕たちは自分の本棚にそっと置きます。

 電子書籍を基盤とするビジネスモデルについて、僕は楽観的ではありません。このビジネスモデルは、僕の直感では、本をあまり読まない人間が設計したものです。本をアンパンのように「ときどき欲しくなるもの」というふうにしかとらえていない人間が考案したものです。
 出版文化がまず照準すべき相手は「消費者」ではなく、「読書人」です。書物との深く、複雑な欲望の関係のうちに絡めとられている人々です。出版人たちが既得権を守りたいとほんとうに望んでいるなら、この読書人をどうやって継続的に形成すべきか、それを最優先的に配慮すべきだろうと思います。
 それは「選書と配架にアイデンティティをかける人」の絶対数を増やすことです。この「読書人」たちの絶対数を広げれば広げるほど、リテラシーの高い読み手、書物に高額を投じることを惜しまない人々が登場してくる可能性が高まる。単純な理屈です。図書館の意義もわかる、専業作家に経済的保証が必要であることもわかる、著作権を保護することの大切さもわかる、著作権がときに書物の価値を損なうリスクもわかる、すべてをきちんとわかっていて、出版文化を支えねばならないと本気で思う大人の読書人たちが数百万、数千万単位で存在することが、その国の出版文化の要件です。
 そのような集団を確保するために何をすべきなのか、僕たちはそのことから考えはじめるべきでしょう。

by ichiro_ishikawa | 2010-09-12 22:32 | 文学 | Comments(0)  

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