俺とコバヤシと鎌倉で

 先般、鎌倉へ行った際、小林秀雄の行きつけだった天ぷら屋「ひろみ」で「小林秀雄丼」を食した。小林は、かきあげ・穴子・メゴチだけのった天丼を好み、そのメニューがいつしか「小林丼」と呼ばれるようになったという。
 俺は舌のレベルが低いため、たいてい何でも美味いと感じてしまうが、ここの天ぷらはものすげく美味かった。子供の頃に小林を何度も見かけていたという二代目のマスターに小林の事を聞いてみたかったが、何百回も聞かれているだろうし、何より、マスターに話しかける、なんて粋なことが俺は出来ないため、黙って食って黙って出た。ただ注文の際、「小林秀雄(丼)」と世間に向けて発語出来たことは、何かしら意義のある事だったと思っている。
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 ついでに鶴岡八幡宮をはじめて訪れた。今年の3月に強風で倒れ切断された樹齢1,000年と言われる大銀杏を見に行った。1219年1月27日夜、神拝を終えた源実朝は退出の最中、この大銀杏に隠れていた甥の公暁に首をはねられた。小林秀雄の「実朝」、太宰はんの「右大臣実朝」に書かれている。
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 その足で、東慶寺へ。「崖の下に小さな流れのある、紅葉の木がおおいかぶさっている場所をみつけ、この崖を少しけずって場所をつくってくれ、と住職に頼みこん」で作った、小林秀雄の墓がある。墓石には、戦後、関西の骨董屋で見つけ自宅の庭に据えていた鎌倉初期の五輪塔が置かれている。墓を堀りかえして潜り込み、いっそ隣りで永眠したかったが、紅葉があまりにも奇麗だったため、よした。これが、2010年のハイライトだった。
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by ichiro_ishikawa | 2010-12-31 02:07 | 日々の泡 | Comments(0)  

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