答えるな。問え


 問いの面白さに比べれば答えなんてどうでもいい。

 とは小林秀雄の名言だが、最近の「AERA」増刊号でも養老“唯脳論”孟司が、「答えはいつも目の前にある。見えていないのは問いのほうだ」と書いていて、同じことを言っているなと直覚。

 この、「問い」というのは私の核で、小林秀雄、池田晶子を愛読する最大の理由のひとつとも言える。
 テレビのキャスターや批評家、識者や各種メディアの論客の発言が軒並み気に入らないのは、したり顔で答えを吹いて見せるからだ。そも問いが稚拙なのでその答えも当然空しい。
 養老も言うように、この生きていること、現実が、すでに答えなのだ。
 重要なのは、この難しい現実、人生に対し、いかに問うか。その質問の巧拙に全てはかかっている。

 この未曾有の大災害が起こった現実、答えを前に、小林秀雄と池田晶子は、どう問うだろうか。
 例えば原発賛成か反対かなどという、イデオロギーを深く軽蔑していることは確かだ。
 彼らの残された著作の中に、すでに問いはある。
 いま、それを熟読している最中だ。
 「答えよりも問い――小林秀雄・名問集」という本を企画中。

by ichiro_ishikawa | 2011-04-26 14:10 | 文学 | Comments(0)  

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