音楽巡礼

 80年代の洋楽というと、視野が半径3mの中高生にとって、マドンナとジャイケル・マクソン、そしてLAメタルとボン・ジョビといったアメリカン・ロック勢によって完全に視界を遮られていた。
 「俺はロックなんだが、いわゆるロックを標榜している輩はどうにもロックぢゃねえ」と独り言を呟いていた人間にとって、たまたま出会ったU2、ザ・スミスというイギリス(U2はアイルランド)系バンドは、格好の隠れみの、自己正当化の象徴として祭り上げるに十分な文学性と反コマーシャリズム、アンチ・マッチョ・テイストを持っていた。
 当時、冒頭に挙げたようなLAメタルやボン・ジョビに対抗していて、イギリス寄りだった音楽雑誌が『rockin'on』であり、シリアスな音楽をシリアスに文学的に語らんと息巻いていた評論家は渋谷陽一であった。視野を半径3mから必死に広げようとしていた自分は、すっかり渋谷の虜になり、『rockin'on』には赤線を引っ張り、著作をすべて熟読し、相次いで創刊された『JAPAN』『cut』に息づく渋谷イズムを吸収し、理論武装していた。
 「鎧というものは安全ではあろうが、随分重たいものだろうと思うばかりだ」。小林秀雄ならそう訝るだろう。
 ただ、『rockin'on』はイギリス寄りとはいえ、ソニックユース、R.E.M.を始め、ガンズンローゼズ、ダイナソーJr.、ピクシーズ、ニルヴァーナ、P.J.ハーヴェイといった本格的アメリカン・ロックに関してはかなりプッシュしていたから、必ずしも“月刊ブリティッシュ・ロック”ではなかった。
 今思えば、イギリス寄りを標榜する渋谷のやり口は、アンチ既存の音楽誌というビジネス的戦略に過ぎず(イギリスにはシリアスなミュージシャンが多く渋谷自身の批評の拠り所が、プログレを始めとするインテリ・バンドの批評性と合致していたというところから出発しているにせよ)、アメリカ、イギリスという区分けではなかったようだ。競合誌として、『ミュージックライフ』は言わずもがな、さらに明確な標的は中村とうよう率いるややアメリカ寄りの、同じ批評誌『ミュージック・マガジン』であった。渋谷は、積極的に中村とうように論戦を仕掛けては粉砕している。結果、経済的な側面においてミュージック・マガジンを蹴散らした。渋谷のビジネス戦略/イデオロギーを思想と取り違えていた渋谷派の自分としては、快哉を叫んだし、中村とうようはロックの敵と見なすまでになった。

 だが今年に入って間もなく、'86年から愛読し精神的支柱ともなっていた『rockin' on』を買わないことが決定した。単純に自分が年を取り、“てめえより若いバンド”に興味が持てなくなったためだ。シーンがつまらない、雑誌がつまらないということではない(つまらないが、それは趣味の問題で、そういう意味で言えば'98年からすでにつまらない)。また、音楽への熱も冷めたわけではなく、むしろ再燃し始めている。というか、違うベクトルで、かなり中庸なスタンス(中庸はスタンスと相容れないがないが便宜上、あえて使う)で、音楽と向き合うようになっている。音楽関連の本にも一層触れるようになってきている。
 今、お気に入りの音楽関連の作家は、中村とうようだ。中村とうようは、研究熱心でいい。渋谷は直感力に優れ批評力は抜群、時代の動きに敏感だからビジネス界でも成り上がったし、その能力を否定するものではないが、ビジネスはしょせんビジネス、数取り合戦であって、数より質と思いたい人間にとって、中村とうようは、この期に及ぶとより魅力的に見えだした。『JAPAN』『H』がポップ化、『cut』までもが女子供に媚びを売り始めた昨今のrockin' on社とは対照的に、中村とうようは、未だにまず売れないだろう研究本をたくさん書いている。中村とうようは性格は悪いし権力的らしいので(あくまで噂)一緒に仕事はしたくないけれど、読者として接している分にはそんなことは関係ない。彼は音楽に対して学究的にアプローチすることを得意としているため、今後、ある分野を掘り下げてこうという段になると、すこぶる彼の著作は重宝する。さすが、京大出身だけあって、資料集めや文献の参照力は信頼がおける。音楽を聞き分ける力が身に付いた30過ぎの男にとって、必要なのは批評ではない。データなのだった。
 データを契機として、そこから世界を自分なりに切り開いていく。今は、戦前のブルースを始め、フォーク、カントリーといったアメリカン・ルーツ・ミュージックから、R&B、ソウル、ジャンプ、ジャイヴ、ビ・バップといったロックンロール黎明期までの「新たな」世界が眼前に煌めいている。先人の魂がおのが魂と共鳴し、精神が瑞々しく躍動するのを覚える。その上で聴く、ベック・ハンセン、レディオヘッド、バンバンバザールは、これまでとまた違った味を醸し出してくる。そんな素敵なミュージックライフを過ごしている今日この頃。
 だが、こんなことをしてる場合じゃない。

by ichiro_ishikawa | 2005-05-10 13:46 | 音楽 | Comments(4)  

Commented by パプキン at 2005-05-10 21:20 x
ようするに、年をとったということか。
Commented by ichiro_ishikawa at 2005-05-11 02:11
年をとったということでもあるが、ようするに、ではない。
Commented by あしたのジロー at 2005-05-11 12:26 x
「買わない」とか決める必要はないんじゃ?
Commented by ichiro_ishikawa at 2005-05-11 14:28
「もう会わない」と、あえて決めないとずるずると関係が続いてよくない。
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