難しい本


 身内他人問わず、たまに、「そんな難しい本ばかり読んじゃって」と、たしなめられる事がある。
 たとえば親がそう発する時の意図は、「そんな事より汗水たらして働け」という単純な叱咤なので、「あ、はい」と、さっさと書を捨ててクワに持ち替えるだけで済むのだが、「インテリぶっちゃって」というイヤミがこもっている輩には少し参る。
 別にぶってるわけでない。てめえをより上に見せたり、下に見せたり、何の為だが分からないセルフプロデュースに身をやつしているほどの暇はないというのが実情なのだが、おそらくそんな弁明は通じないし、通じたくもないのだと思うので反論もしない。

 しかし、このたしなめを逆照射してみると、簡単なもの、一読して分かる様なものをなぜ、あえて読む必要があるのか、というちょっと面白い疑問が湧いた。

 読書にもその人々によりいろいろな目的があろうことは分かるが、俺の場合は分からない事を知りたいから、考えたいから読むのであって、結果、その対象は「難しい」ものとなる。とれても一日4時間しかない貴重な純粋読書の時間を、すでに分かってる事の再確認や、娯楽の為に費やす事は、ちょっと勿体ないと考えている。娯楽のためなら本でなくともメディアはさまざまあるのだし、分からない事を考える、には本しかないだろう。だから常に自分以上の本を読む。出版人にも、難しいものだけをどんどん出すよう求める。せっかく「本」という媒体なのだから。

by ichiro_ishikawa | 2012-02-26 22:43 | 文学 | Comments(0)  

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