福田和也のリリー・フランキー評

 日本の作家の中で極めてロック的(中庸)な人物というと、小林秀雄を筆頭に、現役では池田晶子と斉藤美奈子、リリー・フランキーが群を抜いている、というか、その3人しかいないのだけれど、最近、福田和也が気になっていた。当初はデブという時点でナシだったし、多読家というだけで立花隆、筆が早いというだけで村上龍といった烙印を押して素通りしてきたが、文芸誌『en-TAXI』や『週刊新潮』の連載「闘う時評」でその文章を熟読するにつけ、この人は高い教養があるだけでなく、その教養はいよいよ単に教養に過ぎないことを熟知し、本質を射抜くことに常に照準を定めている人だと分かってきた。
 『en-TAXI』は、扶桑社の編集者が責任編集として福田和也、リリー・フランキーを集めたと勝手に思っていたが、発起人はどうやら福田で、リリーに声を掛けたのも福田だったことが、今週の「闘う時評」で初めて明らかになった(俺に)。

 福田がリリーを知ったのにはこういう経緯があった。大学で学生たちにコラムを課した際、いいなあと思う文章に共通のスタイルがあることに福田は気付いた。あきらかに誰かの影響を受けていると思い学生らに問うてみると、みなリリーのファンだったという。福田は、その後、リリーの著作『誰も知らない名言集』『女子の生きざま』『美女と野球』を読むにつけ、
 「烈しく打ちのめされました。
 こんなにシンプルに、とてつもなく本質的なことを語れるとは

 『en-TAXI』の責任編集同人としてリリーを指名した理由もふるっている。
 「小説とかエッセイといった枠を取り払ったところで、言葉を用いてなんらかの表現をする人間という形で見廻したとき、この人が一番手強い、優れた人だと思いました
 
先日リリースとあいなった『東京タワー』については、
 「クダラナいものにしか見えない日常から誰も書かなかった、けれども誰もが持っているかけがえのない煌めきを、作者は鮮やかにすくいとります
と評し、その本質を
 「著者の周囲の人々の人生に対する賛歌
ズバッと射抜く。

 好きな人に対して、その好きたる所以を余すところなく表現するのが文章の神髄だろうが、おのが母親に対してその神髄を発揮した『東京タワー』という書物に対して、福田はその神髄を発揮した。
 いい文章とは、こういうことで、すなわち読書の醍醐味とはこうした神髄に触れることにある。
 
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by ichiro_ishikawa | 2005-07-01 17:45 | 文学 | Comments(0)  

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