江戸時代の考える人

 たとえば、同時代のU2やソニックユース、R.E.M.に触れたことによって、ビートルズやエルヴィス・プレスリー、クラシック・ポップ、ブルーズの森に入っていかざるを得なかったように、たとえば、コステロやポール・ウェラーのフィーリングにやられたことでソウル、リズム&ブルーズのグルーヴィンを辿るはめになったように、ある種の感動なり美学というものは、必ず伝統や歴史という事象に面接させるのが常だ。現在を生きることによって過去を思い出し、過去を生き、過去を甦らせる、そしてまさしくそこで過去とは現在であるという事実に驚かされるという。
 小林秀雄を読むと(その精神と交わると)、小林が著作の中で交わっている人々との魂の交感が行われる。これは素敵なことで、人生の醍醐味だ。最近は、『考えるヒント2』がヘビーローテーションとなっていて、この『2』は、孔子を愛した荻生徂徠や伊藤仁斎、本居宣長といった、過去の日本の“考える人”にスポットが当てられている。教科書でしか知らなかった彼らが小林によって語られると、教科書の記述がどれだけ大事なことを見落とし、彼らの存在が、“お勉強”としての知識の枠に押しやられていたか、痛切に感じるのだけれど、今さらながら、彼らの考えていたこと、つまり生きざまを、己が心の中で甦らせたいと願うのである。
 とりあえず、基本的な素性を明らかならしむるため、大辞林の教科書的な説明を羅列しおさらいしておく。

伊藤仁斎
(1627-1705) 江戸前期の儒学者。古義学の祖。京都の人。名は維(これえだ)、字(あざな)は源佐(げんすけ)。年来学んできた朱子学に疑問を抱き、直接古典、ことに「論語」「孟子」の真義をつかんで仁義の実践躬行(きゆうこう)を求める古義学を首唱。京都堀川に古義堂を開いて堀川学派と呼ばれ、門弟三千余人におよんだ。著「論語古義」「孟子古義」「語孟字義」「童子問」など。

契沖
(1640-1701) 江戸前期の国学者・歌人。俗姓、下川。字(あざな)は空心。契沖は法号。摂津の人。大坂高津(こうづ)の円珠庵に隠棲。和漢の学、悉曇(しつたん)に精通、復古の信念に基づくすぐれた古典の注釈研究、古代の歴史的仮名遣いを明らかにするなど、その文献学的方法は近世国学の基盤をつくった。著「万葉代匠記」「古今余材抄」「勢語臆断」「和字正濫鈔」、「円珠庵雑記」など。

荻生徂徠
(1666-1728) 江戸中期の儒学者。江戸の人。名は双松(なべまつ)、字(あざな)は茂卿(しげのり)、通称は惣右衛門。徂徠は号。物部氏より出たので物(ぶつ)徂徠などと称する。初め朱子学を学んだが、のち古文辞学を唱え、古典主義に立って政治と文芸を重んずる儒学を説いた。柳沢吉保・徳川吉宗に重用された。著「弁道」「論語徴」「園随筆」「南留別志(なるべし)」「訳文筌蹄」など。

荷田春満
(1669-1736) 江戸中期の国学者・歌人。姓は羽倉とも。京都伏見稲荷神社の神官。国学四大人の一人。記紀・万葉、有職故実を研究、復古神道を唱えた。弟子に賀茂真淵・荷田在満(ありまろ)などがいる。著「万葉集僻案抄」「万葉集訓釈」「日本書紀訓釈」「創学校啓」、歌集「春葉集」など。

賀茂真淵
(1697-1769) 江戸中期の国学者・歌人。本姓、岡部。号、県居(あがたい)。遠江(とおとうみ)の人。荷田春満(かだのあずままろ)に学び、のち田安宗武に仕えた。万葉集を中心に古典を広く研究し、純粋な古代精神(古道)の復活を説いた。門下に本居宣長・村田春海・加藤千蔭・荒木田久老・楫取魚彦(かとりなひこ)らがいる。著「万葉考」「歌意考」「国意考」「冠辞考」「祝詞考」など。

本居宣長
(1730-1801) 江戸中期の国学者。伊勢松阪の人。芝蘭・舜(春)庵・中衛と号し、鈴屋(すずのや)と称す。医者を開業する一方、古典研究を行い語句・文章の考証を中心とする精密・実証的な研究法により、古事記・源氏物語など古典文学の注釈や漢字音・文法などの国語学的研究にすぐれた業績を残した。また、復古思想を説いて儒教を排し、国学の思想的基礎を固めた。国学四大人の一人。著「古事記伝」「源氏物語玉の小櫛」「古今集遠鏡」「漢字三音考」「てにをは紐鏡」「詞の玉緒」「玉勝間」など。

平田篤胤
(1776-1843) 江戸後期の国学者。旧姓大和田。通称、正吉・半兵衛。号は大壑(だいがく)・気吹舎(いぶきのや)など。秋田の人。本居宣長没後の門人。古典研究から進んで、尊王復古を主張する古道学を説き、幕末国学の主流平田神道を形成。神代文字日文(ひふみ)の存在の主張は有名。国学四大人の一人。著「古史徴」「霊能真柱(たまのみはしら)」「古道大意」「気吹舎歌集」など。

福沢諭吉
(1834-1901) 思想家・教育家。慶応義塾の創立者。豊前中津藩士。大坂の緒方塾で蘭学を学んだのち、江戸に蘭学塾を開き、また英学を独習。幕府の使節に随行し三度欧米に渡る。1868年塾を慶応義塾と命名。73年(明治6)明六社の創立に参加。82年「時事新報」を創刊。個人および国家の独立自尊、社会の実利実益の尊重を主張した。著「西洋事情」「学問ノススメ」「文明論之概略」など。

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「忠臣蔵Ⅰ」「忠臣蔵Ⅱ」「学問」「徂徠」「弁明」「考えるということ」「ヒューマニズム」「還暦」「天という言葉」「哲学」「天命を知るとは」「歴史」「常識について」収録。ベストトラックは「歴史」「常識について」
(全198頁/読書所要時間4時間/魂掌握所用時間=一生/賞味期限=無限)

by ichiro_ishikawa | 2005-07-27 14:12 | 文学 | Comments(0)  

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