BOØWY解散の理由

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 なぜBOØWYは、『BEAT EMOTION』(1986)~『PSYCHOPATH』(1987)で人気絶頂に達しこれからさらにファンを増やすというタイミングで解散(1987年12月24日)したのか。

 30年近く経った今もよく質問されるし、ネットではまとめサイトまであって、子ども電話相談室的なヤフー質問箱などでも無邪気な投稿が数多ある。そのベストアンサーに氷室と布袋の不仲が挙げられているのを見るにつけ、6人目の元BOØWYの俺としては(5人目は故土屋浩。4人目はまこっちゃん)、本当の所を書いておかねばならないと思い、以下、したためん。

 高橋まことと松井恒松と布袋寅泰と氷室京介が、4人が4人でしかできなかったことをやってきて、それが達成されたからである。

 アルバムで言えば、『BEAT EMOTION』(1986)。ライブで言えばROCK'N ROLL CIRCUS TOUR、とりわけ最終日1987年2月24日の日本武道館にて達成。
 つまり1988年4月5、6日のLAST GIGSは言わずもがな、1987年夏のGIGS case of BOØWYや、アルバム『PSYCHOPATH』(1987)、続くDR.FEELMAN'S PSYCHOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOURはおまけである。
 『BEAT EMOTION』で(厳密にはその前の『JUST A HERO』も含め)到達した事をもう一度やってみてもやはりその達成を「キープ」できた事を自らに証明してみせたわけだ。
 そして、ポピュラリティをキチッとした形で獲得できることを、『BEAT EMOTION』がまぐれでないことを、あえてもう一度証明した、名実共に証明した、そういうわけだ。

 BOØWYのそして氷室のロック美学は、常に進化、深化していくことである。キープはロックではないのであった。
 氷室が身体の不如意により今年の5月でのソロ引退を表明したことも全く同じ理由による。
 ちなみに再結成しないことも同じ理由である。
解散は氷室京介の強い意向であり、メンバーも氷室を尊重し、また強く同意したが故の、バンドとしての決断である。

 氷室はこれをかっこいいと思い、その後もそのように生きた。かっこいい、がロックの根本であり、そうしたかっこよさを、誰よりもとことんまで追求していった。
 このかっこよさは氷室が思うところのかっこよさであり、それ以外に含むところはない。
 これをかっこいいと感ずるかダサいと思うか、どうでもいいと吐き棄てるかは受け手の自由。ただ、その徹底ぶり、覚悟の深さは、誰がみてもかっこいいのではと思う。
 ちなみにそうしたことをこうして語っていることはあまりかっこいいとは言えまい。氷室じゃなくてよかった…。

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by ichiro_ishikawa | 2016-04-12 07:14 | 音楽 | Comments(0)  

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