俺と旧かな


なぜここ数年、ビジネスメール以外、一部旧かな(歴史的仮名遣い)を使っているかといふと、元来「新」より「旧」を好むタチであるといふのもあるが、何だかんだ言って、旧かなの方が美しいからだ。
やはり考えるヒントではなく、考へるヒントだらう。

とはいえ、新かなにおける小さい「つ」など、一部残してはいる。「言つた」ではなく「言った」とする。この辺りは発音の問題だ。
現代において、「言う」を「言ふ」と発音してみても違和感ないが、「言った」を「言つた」と発音するのはやや違和感がある。
字面としては「言つた」の方が美しいのだが。
(例外として「ごっくんごっくん飲む」のごっくんは、「ごつくんごつくん飲む」、トスル)

あとは、一部といふことにしていれば、うっかり間違へて新かなを使っても許されるからだ。
ちなみに先の「していれば」を「してゐれば」としていないのは、敢えてだ。

そも新かなも、「こんにちは」「私は」「どこどこへ」などの「は」「へ」などに旧かなを残している。完全に現代の発音通りに「わ」などとしてしまふと、旧かなが忘れ去られてしまふという懸念かららしい。

本当は旧字にもしたいのだが、いかんせんパソコンだと出ない事が多く、それはストレスなのでやめた。手書きの時は無論旧字を使ふ。
やはりA計画ではなく、A計劃だらう。

以上。





by ichiro_ishikawa | 2016-05-26 19:55 | 日々の泡 | Comments(0)  

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