ロッキング・オンと俺

増井修『ロッキング・オン天国』(イーストプレス)読了。

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増井修は1990〜1996年、月刊洋楽誌「rockin'on」が最も
売れていた時代の、二代目編集長。
当時19〜25歳の俺は、オビ惹句にもあるやうにそれこそ「むさぼり読んでいた」。

そも「rockin'on」で批評といふものに目覚め、渋谷陽一→吉本隆明→小林秀雄に行き着いたのだった。

批評とは他者をダシにてめえを語る事。
この小林秀雄の方法は、渋谷陽一が、rockin'onが、ロックを対象に採用した方法で、二代目編集長の増井修も渋谷とはタイプは違うものの、その根本は受け継いだ。

俺は増井修の文章とキャラ、ユーモアが好きだった。
彼のラジオ「ロッキン・ホット・ファイル」も毎週録音して聴いていた。

好きが高じて1995年に入社面接も受けている。
課題作文は増井修のスウェード新潟ライブレポートを素材に書き、面接は、増井修が前列中央で進行役、後列に渋谷陽一、佐藤健、山崎洋一郎、宮嵜広司が二列に並んで座っていた。そのレイアウトをよく覚えている。

残念ながら失格で、かつ大学も留年し、翌年も留年したのだが、今思へば良かった。
入社していればきっと激務に耐へられず数年で退社し、なんとかフリーの音楽評論家となるも、鳴かず飛ばずで、今頃路頭に迷っていただらう。
そも30過ぎてから急速に興味がブラックミュージック、ジャズに変化していったし、今のロッキング・オン社のフェス中心の事業展開にもついていけなかったはずだ。

実際、俺は1997年からロッキング・オンへの興味は衰え始め、1999年には購読を止めた。
「cut」も「H」も創刊から数年間は定期購読していたが、1999年頃、誌面が女性誌、ジャニーズ誌みたいになってきて購読を止めた。

いまは「SIGHT」だけ毎号購読している。
結局俺は渋谷陽一の批評、文章が好きなのだ。
小林秀雄みたいだからだ。

そんな俺のいはば青春時代の7年間(浪人〜大学6年)の愛読雑誌の編集長による当時の話が、20年の時を経て聞ける、本書『ロッキング・オン天国』は、さういふ本であり、俺のために刊行されたやうなものだ。
他の人が読んでもさっぱり面白くないだらう。
俺だけが途轍もなく面白い。

本書の凄いところは、
ある一年、10万部を超えた全盛期の、
雑誌の売り上げ、収支がグラフ付きでまんま開陳されている事だ。辞めた人間によるこれは、果たして許されるのか、他人事ながらドキドキしている。
もしかしたらロッキング・オン社からクレームがつくやもしれぬ。さうしたら回収だらう。

しかし、この収支表が面白い。
俺はいまの仕事柄、雑誌や本の収支に明るいが、
この出版不況甚だしい今日からみると、半ば妄想のやうなグラフであり、みていると涎がでてくる。

(続く)




by ichiro_ishikawa | 2016-05-29 02:04 | 音楽 | Comments(0)  

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