心と顔

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1986年12月、ロックンロールサーカスツアーの真っ只中に、3回目となる「夜のヒットスタジオ」への出演を果たした際、共演していた中山美穂の歌前に、中山の大ファンとして司会に引き出され、中山美穂のどこが好きかを問われた氷室が「顔が好きです」と答えた事は、当時中学生の俺には衝撃であった。


普通かうした芸能界的な場では、気の強そうなところとか、内面に言及するか、顔にしても、目が綺麗とか、細部に特化する事で、誰もがホッと聞ける無難な答えをするところだらう。

ところが氷室は、顔が好きですと即答。俺はそれを聞き、本当の事をストレートに言ったなと思ったのだった。

これは2年後、1988年末のレコード大賞でアルバム大賞を受賞した際に、「よろこびの声」を司会の関口宏に求められ、受賞できたのは、バックから支えてくれたスタッフと、参加してくれた大勢のミュージシャンと、ファンのみんなのおかげであり、それからあとは俺の実力、とコメントしたのと同じ性質のものを認めることができる。あ、本当の事をストレートに言ったなと思った。

実力がないのにサポートだけで受賞はかなわないし、そも実力のない人にサポーターは集まらない。もちろん実力があってもサポートなしには成し得ない。さうした当たり前すぎる、身も蓋もないことを写実したまでだ。

通常、本当の事をストレートに言っては身も蓋もなくなるので、ポイントをぼかしたり修辞を工夫したりして、ソツなくその場を凌ぐ慣習が公の場ではあるが、さうはしないのが氷室の特徴で、さらに言へば、BOΦWYを再結成をしないのも、耳の不調で引退するのも、同じ理由なのであった。

顔の話であった。
だけど心なんてお天気で変わるのさ、
とアン・ルイスが歌ったやうに、人の内面なんて一定でないし、同じ人が同じ日にキリストにも殺人鬼にも変わるものである。また、対恋人、妻、友人、仕事関係、師や弟子、母親、父親、兄弟姉妹、親戚などなど対人関係によっても性格や内面はコロコロ変わる。生き方だって、ストイックなアスリートが麻薬に溺れる例も数多ある。どれが本当といふわけでもなく、移ろうのが本当だ。
内面や生き方を好きといふ場合、どの時点の?といふ質問に迫られることは避けがたい。

いや、顔だって経年劣化が起こるし、同じ日でも微妙な変化も起きると人は言ふやもしれぬ。しかし、内面の差異に比べれば微々たるもので、グッと安定感がある。経年によりどう劣化するかもだいたい想像がつく。
俺はたとへば氷室のやうな性格になろうと思へばなれるが、氷室の顔にはならないし、吉川のやうな体型になるには骨格をいじらなければならない。
だから人が人を評価する、好きになったりする基準は顔や外見であって然るべきだし、それが全うな判断基準だと思ふのである。

意は似せ易し、姿は似せ難し。
歌について、本居宣長もさう言っていた。

by ichiro_ishikawa | 2016-06-29 14:07 | 日々の泡 | Comments(0)  

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