橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』(晶文社)

橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』(晶文社)読了。

c0005419_22020287.jpg


主人公は渋谷陽一と岩谷宏。
これが面白くないわけはない。

「思想」「批評」「文學」といふものを俺が初めて意識したのは「ロッキング・オン」での渋谷陽一と岩谷宏の文章であり、俺を小林秀雄にたどり着かせたのは、渋谷陽一なのであつた。
だから今でも小林と渋谷は俺の中でほぼ同格なのだ。

少し前に上梓された増井修『ロッキング・オン天国』(イースト・プレス)は、増井が「ロッキング・オン」に入社した80年代から、自身が編集長として同誌史上最高部数を達成した90年代前半あたりを中心に、その内部ストーリが綴られていて、これもすこぶる面白かったが、今回の本は著者の橘川幸夫が創刊同人であることが特異だ。
外部のファンが批評的に書いたものでも、現役がサクセスストーリーを描いたものでもなく、当時の当事者がその誕生、黎明期を綴つてゐるといふ点が、独特でよいのである。著者と素材だけでもう面白い事が確定してゐる。

話は1971年、渋谷陽一との「レボルーション」誌、「ソウルイート」での出会いから始まり、80年に増井修が入社し、著者がロッキング・オンを辞めるところで終わる。

この70年代のロッキング・オンストーリーは、渋谷陽一の著書『音楽が終わった後に』、『ロック微分法』、『ロックは語れない』といつた初期著作においてその端々で語られてゐて、それはそれは刺激的なものなのだが、本書は著者が橘川幸夫といふところが重要である。創刊同人でありながら、渋谷陽一、岩谷宏という二大巨人の間に立ち客観的視点を持つて、内部ストーリーを語つてゐる点が本書の特徴だ。レノンとマッカートニー、氷室と布袋といつた強力な相反する個性を同時に語るには、リンゴ・スターや高橋まこと的立ち位置がベストで、橘川はまさにさうした位置にゐたばかりでなく、ミュージシャンでなく雑誌の編輯者であるから文才があるので、きつちり「読み物」として読める、一層貴重なものとなつた。

ロッキング・オン内外の出入りの人々のエピソードはどれも面白いが、なんと言つても渋谷陽一、岩谷宏である。
読みどころ満載な中、特に良かったところは、渋谷の経営手腕、特に他者との交渉力、営業力の描写である。
渋谷は昔自著で「人間関係で悩む人がわからない。人間関係なんて左から来た書類にハンコを押して右に流すだけじゃないか」という趣旨のことを書いていて、その初読時10代後半だつた俺は、これは「ロック」だと感じた。
情緒、人情、侘び寂び、文學を軽視しているのではない。むしろ文學をしやぶり尽くした人間だけが言へる境地(辿り着いたといふか渋谷の場合は天性のもの?)なのである。それは、渋谷のそれまでの文章と呼応してゐてブレるところがなく、はつきりと言へることだ。

本著では、「ビジネスの渋谷、思想の岩谷、文学の橘川」という記述があるが、誰よりも思想的で文學的でロックなのは渋谷陽一である。
中でも強くロックを感じた箇所を抜き出して稿を終へる。

・編集同人紹介記事における人物描写のユーモアのセンス。(渋谷のユーモア力は中村とうようなど、論争時に爆発する)

・何が楽しくてロッキング・オンをやつてゐるのかと橘川が渋谷に聞くと、値上げした広告料金を出すのを渋るクライアントを押し切つて出させることに至上の喜びを感じるな、イヒヒヒと言つたといふこと。

・事業規模拡大のため、創刊時から世話になつてゐた小印刷会社(橘川の父の会社)に別の大印刷会社を紹介してもらつた際、実はその大会社から小印刷会社にマージンが渡つてゐたことに激怒したこと。

・情熱と使命感を持つてスタートした「ロッキング・オン」を、その創刊時から完全にビジネスに仕立て、それで食つていくと徹底的に考へてゐたこと。

・岩谷と橘川がやめる時、10年無償で関わつてくれたのだから退職金を500万円払ふと言ひ、ただ、今は元手がないので、必ず「ロッキング・オン」を軌道に乗せるから50万ずつの分割にさせてくれとして実際払ひ切つたこと。

・そして、岩谷がそれをもらふのを固辞したこと。

である。
理由は書かれてゐない。余白が効いてゐる。
ここに岩谷宏といふ男が見える。


by ichiro_ishikawa | 2017-03-02 22:00 | 音楽 | Comments(0)  

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

<< 今日の実験報告 本日の不思議なひとコマ >>