ああ無常


全ては過ぎ去って還らないといふ、いはば無常観は、
人間普遍のもので、多くの場合、それを口惜しくも
やんごとなきこととして処理して人は生きてゐるやうだ。肉親の死の直撃などがその最たるものだらう。

しかし、日常において、過ぎ去つて還らないことがかへつて都合が良いといふ場合の方が実は多い、といふ事に気付くのはよいことだ。

たとへば、あなたはあのときかう言ひましたよね、かういふことしましたよね、それは何故ですか? と問はれるとしたらどうだ。閉口するだらう。全く覚えてゐないことの方が圧倒的に多く、また憶えてゐたとしても動機は不明、理由なき言動だつたり、その時の微妙な環境、その場のノリや気分での言動といふものは、かなり多いものだ。ミスだつて多い。
だからその質問がもし詰問といふ形を取るとき、被詰問者はただただうなだれるばかりだらう。えらうすんまへんとしか答へやうがない。

すべては過ぎ去つてくれて一向に構はない。前だけを見て生きて行かむ。すべてこれから作つていかうではないか。

by ichiro_ishikawa | 2017-03-08 19:28 | 日々の泡 | Comments(0)  

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