なんでお前そんな質問するか

小林秀雄講演CDをグワッと聞いているが、
抜粋せざるを得ない衝動に駆られたので、一部ここに記さん。

大学生への講演が一段落し、小林は聴衆にこう切り出す。
「なんか質問はないですか?」
おっと思うが、そこは小林秀雄、やはり一筋縄ではいかない。
小林は、大学で講義をやっていたときに、学生によく質問をさせたのだと続ける。
そして、よくこう叱ったものだと。
「なんでお前そんな質問するか」

「質問すれば答えてくれるなんて思っちゃいかんよ。
そんなぁ、君、僕は答えられやしないよ。
『どうしますか、現代の混乱を』、なんて言われてどうしますか? これは質問がなってないんですよ。
あの人なら答えてくれると思ってる。これがいけないんですよ。
質問をするってのは、自分で考えるってこったろ?」
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「実際、質問というのは難しいことでね、本当にうまく質問するということは、もう答えは要らないっていうことなんですよ、本当は。
人間の分際で、この難しい人生に向かって、解決を与えるなんていうようなことはおそらく、出来ないですね。
ただ、正しく聞くっていうことは出来ますね。
だから、正しく聞こうと、諸君、考えておくれよ。
なにも質問を止めろというわけじゃないよ」



2月17日の朝日新聞朝刊に、池田晶子が東京の戸山高校で特別授業を行った際の記事が出ていた。
「自分とはなにか」
「死とはなにか」
これらを、考えろという。(以下、問答の想像)
学生は、そんな当たり前のことは考えたこともないので当惑する。
自分は自分です、と鼻を指す。それは「自分の鼻」だ。自分じゃない。
自分は脳か? じゃあ脳を触ったら、自分に触れたことになるのか?
死は? 
人が死んだ。死はそこにあるか? いや、そこにあるのは死体だ。
死はなくなることか? 何が?

池田が質問を投げかけるのは、当然、答えを見いだすためではない。
ただ考えるきっかけを与えるのみだ。
また、生徒の質問に答えるわけでもない。
「そんなぁ、君、アタシは答えられやしないよ」
そして、池田は、最後にこう言い放って帰ったことだろう。
「おのが一人で考えよ、もちろん参考書なんていらぬ。手ぶらで考えよ。分からないということがはっきりと分かるまで」

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▲戸山はバンバンバザール福島君の母校です。


The Whoのピート・タウンゼントがこう言ったそうだ。
「ロックンロールは誰かを救済するものではない。
ただ、悩み苦しんだまま、そいつを踊らせるんだ」

本物は、答えを与えない。考えを促すのみ。
思えば、キリストもそうだ。ソクラテスなんてその代表だ。
彼らは、思索を促すための、“考えるヒント”しか言わない。

by ichiro_ishikawa | 2006-02-18 19:36 | 文学 | Comments(1)  

Commented by Heat Wave at 2006-02-20 09:06 x
おもしろいブログだな。
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