リリー・フランキー in『GQ』

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 「泣ける」という触れ込みがずっとイヤだった。何か大事な物を取りこぼしている。「あとで、会いにゆきます」とか「世界中の中心で」とか「1リットルもの涙」とかと同じレベルで語られては迷惑だ。だが、当のリリー・フランキーはさすが動じない。
「ミュージシャンと同じで、リリースされてしまえば、どう捉えようが受け手の自由」というスタンスだ。
「ただ、『泣いた』と言われるのは嫌じゃない。でも泣いたで言えば、俺の方が泣いてる。書く前から泣いてるし、泣きながら書いていたからね」
 インタビュアーはGQだから地位や名声に対して敏感だ。周りの反応は変わったかと聞かれると、
「年上の人と接する機会が増えた。いつも“変わった奴”と見られていたが、“母親思いの変わった奴”に変わった」と余裕の返し。
 GQだから女性にモテることに対しても過剰な反応を示している。100万部超えなくたってリリーはモテていた。数は増えただろうが、それは下衆が増えたということだ。モテないやつは100万部超えたってモテない。下衆は寄って来るだろうが。そこを履き違えるのがGQとレオンだ。リリーは“ちょいワル”とは縁もゆかりもない最も遠いところにいる。言っとくがリリーは“すげえ悪い”だ。
 最後に福田和也は、『東京タワー』を「男目線による究極のマザコン小説」と評した。もちろんこれは絶賛ということだ。
 いつも金、金うるさいGQが印税について聞いてくると、
「母親の墓を買う」
 ロックだなあ、リリーは。

by ichiro_ishikawa | 2006-02-21 17:18 | 文学 | Comments(0)  

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