小林秀雄の講演CDがすごい

「お暑いでしょう、どうぞ背広をお脱ぎになって」
 講演の壇上に立った小林秀雄は、司会者からそう促されると、
「そうかい」と言って、
ブワーッ!とジャケッツを脱ぎ捨てる。会場はザワザワ…。

 講演はたいてい、「書くのが商売だから講演は苦手で…」とか「発起人が知り合いだから仕方なく義理で…」とか、散々言い訳をしながら始まる。そんなだから、すこぶるスロースターターで、辿々しく、朴訥とした物言いで、講演は進んでいくことになる。

 だが、次第に興が乗ってくると、怒りだしてくる。何に対して怒っているのかと言えば、当時のインテリゲンチャ。とりわけ彼らのスタンス、居方(いかた)に対してだ。彼奴(きゃつ)らは本当に日和見で、知識を弄してばかりで身体性・現実性がなく、やれマルクス主義だ、悲劇の誕生だ、実存主義だ、などと様々なる意匠を凝らしては、言葉をただ左から右へと商品のように流していく。そもそれらが意匠なものだから、脱ぎ捨ては容易い。左だ右だ、うるさい。要は、自分の言葉に責任がないのだ。浮ついてるだけじゃないか。そう憤っているように思える。
 現代においてもまったく変わっていない、そうした文化人、マスコミらに怒っている。
 敗戦時、責任がどうだ、戦後文学がどうだ、ああだ、こうだ、と喧(かまびす)しい議論が飛び交う中、
「利口な奴らはたんと反省するがいい。俺はバカだから反省なぞしない」
 と吐き捨てた男の、無責任なインテリゲンチャへの痛烈な皮肉は、今なお骨身に染みる。

 こうなると、当初の朴訥とした口調は陰を潜め、講演は、すわパブリック・エネミーかと思わせる、激しいラップ/ヒップホップショーの様相を呈してくるのである。握りしめられたi-podは、俺の手の汗で油まみれになる。

 そんな感じのテンションで講演はグワッと進み、最終的には黙る。
 沈黙の時間が、数秒ある。
 そして、やおら口を開き、
「どうも話してもキリがないことばかりで、失敬したな。
 じゃ、失敬する」
と言ってサッと出ていくのであった。

 割れんばかりの拍手が場内に響き渡るが、おそらくそこに小林はもういない。
 ただ脱ぎ散らかしたジャケッツがあるのみだ。
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by ichiro_ishikawa | 2006-04-10 18:30 | 文学 | Comments(0)  

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