3分間のロックンロール、ベスト5


 今でこそザ・ビートルズは、ロックの代名詞、あるいは神、的な位置にいるけれど、80年代においては、否定の対象であった。70年代に、本人であるところの、ジョン・レノン自身がザ・ビートルズを否定した事は衆目の知るところだが、80年代は、もっと短絡的、直截的に、そのサウンドが否定され、ミュージッシャンたちは、いかにザ・ビートルズから遠く離れるかを一つの命題にしていた。
 今のように、無条件に崇められるようになったのは、90年代に入り、やっとザ・ビートルズを、古典として対象化出来るようになってからだ。オエイシスは「ザ・ビートルズになりたい」と豪語したし、中村一義は、そのサウンドをひたすら研究して「一人ザ・ビートルズ」を作り上げた。

 思えば、70年代は、60年代のブリティッシュ・ビートを否定してグラムやプログレ、フュージョンが花開き、頭でっかちになったロックを、パンク/ニューウェーヴの波が覆い尽くし、さらには、アナログを否定したデジタルビートが80年代を席巻。果てにバブルとなった音楽を全否定したのが、パブリック・エネミーらヒップホップ、ナヴァーナらグランジ勢だ。
 そも、もっと遡れば、スウィング・ジャズを否定したジャズメンはビ・バップを生み、さらにモード、フリー・ジャズと発展していったように、新たなる潮流は、常に前時代の全否定から生まれる。ヌーヴェル・ヴァーグ然り、アメリカン・ニューシネマ然り。

 そうした全否定せざるを得ない精神の状態を、仮にロックと言おう。
 否定の結果、何かが出来上がるかもしれないが、その刹那、それはまた否定の対象になる。だから、ロックとは完成する事がない。ロックがどこか子供じみていて、ヒリヒリしているのは、そうした未熟性、いわば少年性による。世のいわゆる「ロックな人」が、どこか少年ぽいのもそのためだ。
「ロックは成熟にはなく、熟すまでの緊張にある」と、言ったのは大滝詠一だ。蓋(けだ)し名言。

 小林秀雄がロック臭いのは、ここにないか。小林秀雄は常に何かを否定している。批評家は否定するのが仕事と言われる事があるが、小林秀雄は、そんなイージーなものの考え方をこそ、真っ先に否定するだろう。批評とは結局のところ、理屈っぽい恋文だ、と言うやもしれぬ。
 世間一般が日和見的に考えることが、まず小林秀雄は気に入らない。いや、正確には世間ではなく、考えた風なことを言う似非インテリゲンチャが気に入らない。「逆説家」と呼ばれるのはそのせいだ。世に流布している一見尤もらしい考えがあるとして、小林秀雄は、まずその逆を言うからだ。



小林秀雄、逆説はいよいよ冴え本質を抉る珠玉の短編
あるいは、3分間のロックンロール、ベスト5



3.「パスカルの『パンセ』について」(新潮文庫『作家の顔』所収)

c0005419_4331580.jpgパスカルの「人間は考える葦である」とは、どいうことか。これは、「気の利いた洒落」ではない。
「或る者は、人間は考えるが、自然の力の前では葦の様に弱いものだ、という意味にとった。或る者は、人間は、自然の威力には葦の様に一たまりないものだが、考える力がある、と受け取った。どちらにしても洒落を出ない。」じゃあ何か。
 この短編を読むと、クワッと覚醒せざるを得ない。高校生なら学校を辞めるかもしれない。会社員は、とりあえずキーボードを縦に持って、隣の人の頭を叩いてしまうかもしれない。危険だから読まない方がいい。



2.「徒然草」42年(新潮文庫『モオツァルト・無常といふ事』所収)

c0005419_4332820.jpg「徒然なる儘(まま)に、日ぐらし、硯(すずり)に向ひて、心に映り行くよしなしごとを、そこはかと無く書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ」。徒然草の名は、この有名な書き出しから、後人の思い付いたものとするのが通説だが、どうも思い付きはうま過ぎた様である。兼行の苦がい心が、洒落た名前の後に隠れた。一片の洒落もずい分いろいろなものを隠す。一枚の木の葉も、月を隠すに足りる様なものか。今更、名前の事なぞ言っても始まらぬが、徒然草という文章を、遠近法を誤らずに眺めるのは、思いの外の難事である所以に留意するのは良い事だと思う。
 書き出しを思わず全文書き取りしてしまったが、ストーンズの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」ばりのイントロであろう。一撃必殺である。ちなみに全文、サビだけで出来ている。



1.「中庸」52年(新潮文庫『Xへの手紙・私小説論』所収)

c0005419_4334495.jpg「様々なる意匠」とともに、小林秀雄の根本的な考える態度が、ここに示されている。中庸とは孔子の言葉だが、「両端にある考え方の間に、正しい中間的真理があるというような、簡単な考えではな」い。「様々な種類の正しいと信じられた思想があり、その中で最上と判定するものを選ぶ事などが問題なのではない」。
 じゃあ何か。

by ichiro_ishikawa | 2006-10-05 04:48 | 文学 | Comments(3)  

Commented by でぶやせ at 2006-10-05 19:09 x
んじゃ、まっ、読んでみますか。
いやいや、本は書くもんだ。
なら、読みながら書いてみよう。
いつの本だ?売ってんのか?
Commented by 復活ジミーウォン at 2006-10-06 21:38 x
本当に好きなんだねえ、ヒデのこと。しみじみ。
Commented by ichiro_ishikawa at 2006-10-12 11:23
好きというよりも、畏怖、尊敬という方が正確やもしれぬ
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