小林秀雄アンダーライン

●アラン「大戦の思ひ出」小林秀雄より原文ママ引用
「義務といふものは、ついお隣の事で、疑ふ余地などない」
人間は義務といふ一般概念によつて動くのではない、つい鼻の先きの事件にかかづらふ、その中に義務を見るのだといふ考へ方はアランの重要な思想の一つである。

●アラン「大戦の思ひ出」小林秀雄より原文ママ引用
 アランならアランの思想を、アランといふ現に今生きている独特な一フランス人に密着して離し難いといふ點まで下つて、これを理解しようとする心構へがなければ、何んにもならないと思ふ。彼等は、自由思想家だとかモラリストだとかいふ風に、高みから易しく理解し、易しく利用しようと掛つたりしても、何が得られるものでもないのだが、大多数の人がやりたがるのは、さういふ無駄事なのだ。なるたけ理解の手間がはぶける様に、平つたくして、鵜呑みに出来る様にとは、誰も知らず識らずやる事で、さういふ事に何んの努力が要るものではない。さういふ傾向は、誰の裡にもある転がりやすい精神の坂道の様なもので、努力が必要にならなければ、精神は決して目覚めない。

●アラン「大戦の思ひ出」小林秀雄より原文ママ引用
 彼等の思想の精髄は、それぞれ梃子でもうごかぬといふ、頑固無情なものを蔵し、到底所謂教養人などの愛玩に適するものではない。思想にも手応えといふものがあるので、よく理解したといふところで人は雲を掴む。
 梃子でも動いてはくれなす様な、彼等の顔を見て了えば、彼等を自分等の教養の資として利用する事は断念せざるを得ない。雲を掴む様な理解は去り、彼等は極めて難解な人物として現れるが、その代り誤解などといふものは仕様もない。かういふ時に、僕等は僕等の精神に立還らずを得ず、真の影響といふものも、其処以外には生じ得ない。

●アラン「大戦の思ひ出」小林秀雄より原文ママ引用
「行為といふものの外にあつては、僕は絶望の傍にいた」
「徒らな空想は、事実といふもので、行手をはばまれた」

●文芸月評XIX 小林秀雄より原文ママ引用
 現代人は例へばAばかりを考へあぐねた末に反対のBを得るといふ風な努力をしない。さういふ迂路と言へば迂路を辿る精神の努力だけが本当に考へるといふ仕事なのだが、さういふ能力を次第に失ひ、始めからAとBと両方を考へる、従ってもはや考へない。(中略)芭蕉は不易流行を言つたが、周知のやうに、両方に脚を突つ込むといふやうな易しい説き方はしなかつた。問題はそれらの源にある風雅といふものを極むるにあつた。この古風な文学論は少しも古くなつていないやうに思ふ。

感想
 政治的混乱真っただ中である1940〜45年に書かれた小林秀雄の批評文を読んでいて、「さすが小林秀雄、慧眼、分かってる」と思う事しばしば、だったのだが、ふとこれがそのまっただ中に書かれたという事実が改めて心に去来したとき、慧眼なんて月並みな言葉をぺろりと飲み込んでしまう様な、小林の精神の瑞々しい躍動感、中庸な洞察力に、感服というか、酔いしれてしまい、涙を禁じ得なかった。

感想
 テロに対するアメリカの報復攻撃に関する国民の意見は大別して以下のふたつ。賛成と反対である。
 前者はわが子を殺された親の苦しみ故の敵討ち。しごく真っ当な人間の対処である。人情というものから人間は決して逃れられない。この人情という、人間が持つ普遍の精神は、論理というものと永遠にすれ違う。私は被害から物理的に遠く離れていたから、これを否定するものではない、そんな権利もない。ただ黙る。
 後者は報復は報復を呼ぶだけという不毛さの拒絶。一見、この高度に近代化した現代人の考え方としてはこの後者に軍配が上がるのだろうが、犠牲者の遺族の心情を心の奥底に感じる事なしに言われる反対の言葉はただ空疎である。そしてそれはやはり実際に死んだ肉親が言わないと説得力を持ち得ない。「自分の子が死んでもそう言えるか」と問われて「言える」と応えたところで何がそれを保証しよう。ましてや自信満々に「反対!」を掲げる人はあまり信用できない。
 私には何も言えない、賛成も反対も。何も言えないのは当事者感覚が欠落しているからだと言う。何も考えてないからだと言う。だが、当事者だから、考えてるから、黙っている、という風にどうか考えてくれないだろうか、というのが実感である。
 賛成か反対かを明言しなければならない切羽詰まった状況に追いやられたならば、私は、弱き声で反対を言う。明言というのは声の大きさとは関係のないものだろう。
黙って処すしかないのだ。肉体と精神が同居する人間と言うやつはどこまでも愚かなものだ。この事実を認識する事ほど哀しい事があるだろうか。(未完)

●文章について 小林秀雄より原文ママ引用
 先づ考へといふものを押し進める、それが言葉になるかならないかは第二の問題だ、さういふ心構へで、僕も評論を書き始めた頃は文章を書いていたものである。言葉は考へというものに隷属しているものと見做して、考への赴くがままに言葉を自由に使はうとした。従って、既存の事葉を無視して、新しい言葉なりご報なりを勝手に作り出すといふ様な事も平気で出来たのである。
 処で、一方言葉といふものは、萬人共有の財であり、個人の考へによる全く勝手な発明といふ事は許されないのであるから、上述の様に、精神の赴くがままに言葉を自由に馳駆しようとひたすら進むやり方では、既存の言葉といふものが絶えず新しい考へを述べる障碍と考えられ勝ちなのである。つまり精神は言葉を従へようとして、常に言葉の抵抗を感じていければならぬ始末になる。かういふ困難から逃れる事は、僕には容易ではなかった。要するに考へることとこれを表現することとの間に常に過不足を感じている、その苦痛から逃れることは難しかつた。

by ichiro_ishikawa | 2001-10-16 03:40 | 文学 | Comments(0)  

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