いじめられている君へ

「いじめで自殺」が横行している。
ここ最近、朝日が「いじめられている君へ」というタイトルのもと、各界の識者の寄稿を一面に載せている。たいてい、こういうのは全然ダメなものだが、鴻上尚史という輩の寄稿は、輪を掛けてダメだった。
骨子は「逃げて逃げて」。
822万人もの人々にそんな寝言をぶってどうするか。
逃げてどうするか。

逃げるのがいけない、と言いたいわけではない。ましてや、逃げるな、立ち向かえなどと根性論を振りかざすつもりも毛頭ない。
逃げ場などない、ということをすっかり見落としているところが、寝言なのだ。

「死んでもいじめたやつらは反省しません」というのは当たり。
「この世の中はあなたが思うより、ずっと広いのです」という。それもそうだ。
でも、どこに逃げたって根本が変わらなきゃ、同じ事。
行く先々でいじめられること請け合いだ。
引き蘢って恨み節抱いても、性格が悪くなるだけ。そうなったら大人になったときいよいよ本格的に不幸というもの。
実際、逃げるってどこに? 
実は逃げる「場所」なんてない。
いや、実はあるのだが、それは鴻上の言う「広い世界」の中に、だ。
だがその「広い世界」という概念は、成熟して大人にならないと、実は持ち得ないのだ。
そんな場所を見つけられる様な気の利いたガキだったら、そも、いじめられてなんかいない。
普通、子供の視野なんて半径3mだから、その世界が全世界。
大人になれば、自然に「広い世界」に出られるかもしれないが、子供の一日は長いからね。
大人になるまでの間イジメられ続けるなんて地獄の苦しみだろう。
そりゃ死んだ方がましだってなるわな。

鴻上は、一見子供の立場にリアルに立っている様に見えて、実は、大人お得意のいつもの机上の空論を弄しているにすぎない。「空疎」の単なる新しいヴァリエーション。
とは言え、朝日の読者の99%はブタ野郎だから、「お、さすが鴻上、良いこというねえ」みたいな事になりかねない。そうなると当事者が可愛そうだから、柄ではないが、俺もヘラルド・トリビューンに寄稿して一席ぶちたい。

だいたい小中学校なんてところは、未開人ばかりのゲリラ地域みたいなもんで、
拳がモノを言う、まさに弱肉強食の世界。
未開人に論理や理性は通用しない。
So、
「いじめる奴の顔面にストレートをぶち込め」
ジャブでもいい。
肘を脇から離さぬ心構えで、やや内側を狙いえぐりこむように打つべし。
まあいじめられるお前の事、きっと腕力はねえから、
返り討ちでぼこぼこにされるだろう。
でもちょっと我慢すれば、誰かが止めに入る。死にはしない。
よしんば死んだとて、もともと死のうとしていたのだから文句あるまい。
ただ、もう、いじめられる事はなくなる。
それしか方法は絶対に無い。
あ、ギターを燃やす、というのも手やもしれぬ。

古い考え? 単純? 非現実的?
健全な常識だと思うのだが。
「言って分からねえ奴は殴れ」
確かガンジーもそう言っていた。

by ichiro_ishikawa | 2006-11-19 05:23 | 日々の泡 | Comments(0)  

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