これはいかにも老人だという老人

 老人になっても若々しいと、褒められる。年を取って身体が利かなくなっても気だけは若い、精神だけは若いと。それも一理あるだろうが、翻って考えると、こんなバカバカしいことはない。それじゃあ年を取った甲斐がないじゃないか。年を取れば取るほど立派な老人にどうしてならないのか。という考え方だって出来る訳だ。
 ユングが若い頃アフリカの蛮地で土人の心理の研究をしていた時に、ある日、老人に会ったのだという。これはいかにも老人だという老人に会ったのだという。人間が、赤ん坊からだんだんだんだん育って、いろいろな経験を重ね、人間全体が変わっていって、仕舞には老人になって滅びる。その人間の一生を経験してきて今死のうとしている、そういう老人。これこそ老人だという老人に、初めて出会ったのだという。
 なるほどそういうこともありますな。

 と、小林秀雄が語っているが、都知事選とかに出て来る老人はちっとも老人じゃないな。ユングが出会った、いかにもこれは老人だという老人がいたら一票入れたいが、そんな老人は横町の隠居ぐらいなんだろうか。彼にはもはや「主張」などないし、徒党を組まない質だから、およそ政治家なぞにはならないのだろう。でも、そういう人の話こそずっと聞いていたい。

by ichiro_ishikawa | 2007-04-03 01:21 | 文学 | Comments(0)  

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