ジャズと俺

 ジャズはたまに聴く音楽だった。

 ルイ・マル『死刑台のエレベーター』のマイルズ・デイヴィス、ジョン・カサヴェテス『アメリカの影』のチャールズ・ミンガス、チャーリー・パーカーの伝記『バード』、ジャズフェスティバルのドキュメント『真夏の夜のジャズ』など、映画から入った。
 つまりサウンド・トラックだ。劇中で流れる音楽の秀逸さは認められたが、それよりも、それらを散りばめた監督あるいは映画そのものの方が重要で、ジャズがジャズそのものとして胸に刻まれたわけではなかった。ロックが生き方そのものに圧倒的な影響を及ぼしてきたのに対し、ジャズはやっぱり環境音楽、趣味の音楽に過ぎなかった。ロックは文学や映画と同様、どう生きるかにかかってきていたが、ジャズは衣食住、つまり生活の糧でしかなかった。

 それがここ数ヶ月、ジャズしか聴いていないのはなぜか。
 いよいよおっさんになったのか。
 元々、ジャズの気配は常に気になっていた。マイルズの『ビッチェズ・ブリュー』『ジャック・ジョンソン』などエレクトリック・マイルズは十分ロックの耳にも響いたし、ヒップホップに引用されるファンキー・ジャズ、ソウル・ジャズの類い、ソニック・ユースの流れでのフリー・ジャズも、ロックとして聴けた。普通に、カッコいい、と。
 また、バンバンバザールの影響で、ジャイヴ、ジャンプ、スウィング、ジャズコーラスの類いもルーツ・ミュージック的に、ロックの魂には容易に響いた。ただ、前述した通り、たまに聴いて「うん、いいじゃん」という程度で、「でも俺はロックだけどね」という注釈が常にあった。
 だが今の、ブームを超えて、自分の核となりつつあるジャズは、いわゆるストレート・アヘッドな4ビートのモダン・ジャズ、とりわけビ・バップ、ハード・バップである。バラッドはちょっとかったるく甘っちょろい気はいまだするが、アップテンポのビ・バップは、非常にスリリングで奥が深く、「鑑賞」に長く耐え得るものだ。このスリルと高揚感、奥深さは、ロックとは明らかに異なる質のものである。ティーンエイジャーでこの世界にハマってしまうと、ジャズ一辺倒になるのは凄く分かる。

 ドラム。ロック・ドラムを中上健次が「太鼓ドンドン」と揶揄したように、ジャズのドラミングは、リズムを支える一方で、まるでメロディを奏でんとしているかのように心地よく面持ちを変えながら、繊細に鳴り続ける。ベースは、ひたすら4ビートで、ウォーキング・ラインを刻み続ける。縁の下の力持ちに徹するそのストイシズムがいい。そのラインはロック・ベースではちょっと考えつかない不思議なものだ。クロマティック・スケールというやつなのか知らんが、とにかく一聴して掴みきれるものではない。その上に乗るのが、ピアノやサックス、トランペット、ギターだが、オーソドックスなビ・バップ・ジャズでは、まずテーマが全体で演奏され、あとは、あるコード進行に乗っ取って楽器ごとにソロ回しが行なわれる。時に応じて、ソロを取っていないときの楽器は、ソリストに間の手を入れたり、フレイズの応酬が繰り広げられる。それらは無論、アドリブであり、ライブはもちろん、スタジオレコーディンクでもテイク毎に全部違う。その、メロディ、コードの崩しや、相手の出方や己が気分によって瞬間瞬間に如何様にも表現されるその演奏は、本当にスリリングなのだが、何と言っても、そのメロディというか、音のラインが素晴らしいのだった。
 ドラムとベースをベースに、その上を自由に泳ぐウワモノは、ロック(ポップス)のプロデューサーは絶対許さないであろう、耳慣れないフレイズを連打していく。そのおかしなメロディ・ラインと分かりにくい構成、一定のアクセントの無いドラムとベースが、ロック/ポップス・ファンを遠ざける理由であろうが、ここの気持ちよさにピタッとハマるとそれが一気に反転して、これぞジャズ!という、興奮が沸き立ってくるのであった。そうなると、人間の歌声や、ロック/ポップスのありきたりなメロディとか音色、リズムが、まるで童謡のように感じられ、まったく聴く気がしなくなってしまう。
 
 97年、あるジャズ評論の大家に、今のロックの凄さを見せつけようと、当時お気に入りだったレディオヘッドの『OKコンピューター』を聴かせたことがあったが、氏曰く「ビートルズみたいだ」と一蹴された。その時自分は、「ビートルズはそりゃ根本にはあるが、そこからかなり深化している」と思っており、氏の年齢から来る頭(耳)の硬直化に飽きれていたのだが、今思うと、氏の「ジャズ」をベースにすると、なるほど、ロックが全部ビートルズに聴こえるというのは真実に思えるのであった。あれは耳、感性の問題ではなく、単なる音楽的な事実だった。逆にロックの耳からすると、ジャズは全部同じに聴こえるのではないか。
 ロックとジャズは、同じポップ・ミュージックとはいえ、何もかもが逆を向いているのだ。リズム、メロディ、ハーモニーといった音楽的要素から、ミュージシャンの態度まで、まったく逆だ。同じブルースを父に持つ、(モダン・)ジャズとロック(R&B、ソウル)は、生き別れた兄弟であり、まったく違う道を歩んでいる。
 
 オッサンになったとは人に言われるまでもなく自分でも感じるが、36には36でしか味わえないものが確実にあり、ここをよりよく味わうことが、今はスリリングで楽しい。逆に今、ジャズが分かってしまった耳で聴く、秀逸なロックは、さらに一層輝きを増して眼前に迫ってきていることもまた事実なわけで、俺はいま実は、アーチー・ベル&ザ・ドレルズの「Tighten Up」で腰をくねらせながら、これを書いている。


マイ・今のヘビー・ローテーション・ジャズ、この10枚(年代順)

c0005419_23111834.jpgNow's The Time / Charlie Parker 1949年
チャーリー・パーカー(as)、ハンク・ジョーンズ(p)、アル・ヘイグ(p)、テディ・コティック(b)、パーシー・ヒース(b)、マックス・ローチ(ds)

ビ・バップの祖、バードことパーカーの代表作。ディジー・ガレスピーとの『バード&ディズ』と並ぶ名盤で、もの凄い勢いで繰り出されるビ・バップ・フレイズの連弾がすげえカッコいい。

c0005419_23281896.jpgGroovy / Red Garland Trio 1957年
レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)

今春、小樽を旅した時、ふと入ったジャズ喫茶の名は「Groovy」。言わずと知れた名盤だが、その喫茶店のすげえいいスピーカーで聴いた4ビート・ジャズがすげえ良くて、俺のジャズ・ハートに火をつけたのだった。

c0005419_23275640.jpgWay Out West / Sonny Rollins 1957年
ソニー・ロリンズ(ts)、レイ・ブラウン(b)、シェリー・マン(ds)

ロリンズの明るさが俺は好きだ。ジャズは難しい顔をせず笑顔で楽しく聴きたい。1曲目の「俺は老カウボーイ」は、バンバンバザールのカバーでもお馴染み。

c0005419_23273188.jpgGiant Steps / John Coltrane 1959年
ジョン・コルトレーン(ts)、トミー・フラナガン(p)、ウイントン・ケリー(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)、ジミー・コブ(ds)

コルトレーンはモードやフリーよりもマイルズとやっていた頃や、ストレートアヘッドの頃が実はいい。本作は非常に黒く楽しい。

c0005419_23134410.jpgFull House / Wes Montgomery 1962年
ウェス・モンゴメリー (g)、ジョニー・グリフィン (ts)、ウィントン・ケリー (p)、ポール・チェンバース (b)、ジミー・コブ (ds)

まさかあれほど蔑視していたジャズ・ギターを聴くことになるとは。本作はライブ盤で、全演奏者がすげえいい。聴きながら「ほれ次お前ソロやれ」と渡されたらどうしようと、いつも緊張してしまう。

by ichiro_ishikawa | 2007-07-21 22:25 | 音楽 | Comments(0)  

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