小林秀雄というラブソング(1)

 という題で何か書けと、俺が俺に言うので、今後、書いていく。

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            小林秀雄くん(1902-1983)

ヒデと俺

 中学生ぐらいからずっと、「批評」には、なんとなく興味があった。一般的に、批評家とは、「高見から偉そうなことを言うばかりで実地には何もしない奴」と揶揄されるが、何かと懐疑に満ち、理屈っぽく、傲慢で独善的な性格だった俺は、その揶揄にピッタリと当てはまる人間だった。批評とは本来そういったものではないのだが、そんな人間が、批評に興味を持つようになったというのは、凡人が辿りがちな分かりやすい道である。
 数ある音楽誌の中でも「ロッキング・オン」という雑誌を、文体が硬派で自分の気質に合っていたという理由から購読していたが、愛読するうちに、執筆陣の渋谷陽一や岩谷宏らが書いている文章は「批評」であり、「ロッキング・オン」も音楽誌ではなく批評誌なのだと気づいた。その頃から、その独特な力を持つ「批評」というものが、自分の中で特別な位置を占めるようになっていった。
 「ロッキング・オン」は、吉本隆明の「試行」という同人誌がモデルになっている。その流れで吉本隆明を中心に、浅田彰、柄谷行人、蓮実重彦らを愛読するようになったが、小林秀雄も、当時はその同じリストに並列で並んでいた。小林秀雄以外の批評家から学んだものは、論理的な思考法と思想史、そして思想用語というもので、それらを読破していくことで知識が増えていくというカタルシスはあったし、理論武装に大いに役立った。そんな中、小林秀雄は俺をこう訝った。
「理論武装の鎧は頑丈だろうが、さぞ重たかろう」。

 小林秀雄だけが異彩を放っていた。いままで読んできた文学者とは決定的に違う。文章は、説明的でなく極めて詩的であり、なにやら謎めいた暗号のようだが、何かおそろしく正しいことを言っている。そして、何より、その姿こそが抜群に美しい、と直覚した。ロックから感じたものと同じものを嗅ぎ取ったと言ってもよい。俺は、小林秀雄の虜になった。

The 無私

 小林秀雄は、若年期にアルチュール・ランボオにやられ、フランス印象派詩人を愛読していたことが凄く影響して、その文章は批評文とはいえ、まず詩的な美しさという絶対的な姿があり、小林を愛でることは、まずその文章を「感じる」ことが第一で、もしかしたらすべてなのだが、本稿では内容的なところに触れていきたい。
 小林秀雄は、いっとうはじめに、「様々なる意匠」を疑った。何々主義とか何々派とか意匠をたくさん身に纏い、取っ替え引っ替えし、徒党を組む人たちを嫌った。きゃつらは結局自分が可愛いだけなのだ。自分のために、あれこれ主張したいだけなのだ。小林は、まさに彼等と対極の存在である。小林が、批評の要諦とし、終生言い続けたのが、「無私」の精神である。「様々なる意匠」における「批評とは畢(つい)に己れの夢を懐疑的に語ることではないのか!」とは、「無私」ということだ。
 「無私」とは自分をなくすことではない。自分と対象が一つになるということだ。小林の批評を読むと、小林が言っているのか、その対象が言っているのか分からなくなるのはそのせいだ。
 小林のこの態度は、対象への「愛」による。小林はまず感動し、打ちのめされ、黙って愛する。そこから、何かが沸き上がり、批評の可能性を感じたら、その愛情を言葉という形で整えていく。
 小林秀雄は「愛」の人なのである。合理性より情緒を重んじ、人間と自然、そしてそれらを超えた絶対主への畏怖と愛情が、ベースにある。
 不安だの孤独だの言っていた俺に、小林はこう言った。「いつも自分のことしか考えていないからそんなことを言うのだ。もっと人のことを考えれば、そんなこと言っている場合じゃなくなる」。
 「歴史」ということについても、そのベースは愛だ。小林は「歴史とは、死んだ子を想う母親の悲しみだ」という。何が何時どこでどう起こったかということは瑣末なことだ。母親には子がもういないという悲しみだけが切実なのだ。歴史とは、過ぎてもう還らない、様々な人物を「思い出す」ということだ。そしてそこに自分を見つけることである。歴史上のあの人物は、俺だ。

Le 中庸

 もうひとつ、小林の核になるのが、「中庸」である。これは「右でも左でもなく、中立だ」ということではなく、「日和見」ということでも「間(あいだ)を取る」ということでもなく、「常に正しく考えたいという願い」だ。取り替えの効くイデオロギーや主義主張に惑わされず、正しく射抜くという態度だ。
 小林秀雄は、誰もひとりで生きている人などいないという点で、人と交わらず孤独を愛でる人を否定し、ひとりで静かにものを考えることの大事さから、人と騒いでばかりいる人も否定する。実行することの重要さを重んじるがゆえに、空想家・物知り人を否定し、思索の大事さから、実行家を否定する。 これでは全否定のようだが、そうではない。小林秀雄は、ひとりでいることと人と交わること、考えることと実行すること、これらが同じことだと考え、実際そのように生きた人だ。
 「一方の極端まで達したところで何も偉い事はない、同時に両極端に触れて、その間を満たさなければ」。とは、中庸の精神のことだ。小林秀雄は、そのように考え、そのように生きた。

 まず核について触れたので、以降、細かく独白していく。
 次回は、「おっちょこちょいな秀雄」。

by ichiro_ishikawa | 2007-08-06 00:33 | 文学 | Comments(2)  

Commented by qeb at 2007-08-06 10:34 x
最高!
Commented by ichiro_ishikawa at 2007-08-09 12:43
恐縮です。
qeb blog、調子いいですね。
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