バカ礼賛


 俺はバカをすごく畏怖しているが、世にはバカ文学、バカ映画というものが多数あり、それらを読むにつけ、観るにつけ、打ちのめされる。バカは、日常においても、作品においても、特に好きな、畏れているジャンルだ。

 ジョン・スタインベック『二十日鼠と人間』のバカはすごく輝いている。

 連れの友人がふざけて、バカを池に突き落とす。バカは溺れてしまい、笑っていたその友人が結局助ける。するとバカはこう言い放つ。
 「お前は命の恩人だ!」

 レフ・トルストイその名もズバリ『イワンのバカ』のイワンも美しいバカだ。

 ひょんなことから王様になったバカ。次第に国民にバカがばれ出し、妃が、「みんながあなたのことをバカと申しております」と心配して告げると、バカはこう言い放つ。
 「そうか、よしよし!」

 なぜバカに惹かれるか。野暮な分析はするまい。大学時代、塾講師をしていた時分のノスタルジアを分析に代える。

 塾は成績別に明確にクラス分けがされているから、講師目線からすると、優秀なクラスだと授業を進めるのが楽なわけだ。彼らは黙っていても勝手に勉強するし、説明も理解する。
 だが、バカなクラスは大変だ。5倍疲れる。まず、いやいや塾に来ているから常にふさげているし、寝ている。その都度ぶっ飛ばしたり、罵詈雑言を浴びせるのだが、きゃつらはおそらく聞いてねえ。しかも、説明してもその説明に使う言葉の意味もまた説明しなければならず、てこずることこの上ない。
 そんなバカどもの中に、すごく真面目で一生懸命話を聞き勉強している女生徒がいた。ふざけたジャリガキとは一切交わらず、化粧っ気もなく、ひたすら勉強にいそしむ彼女。
 講師が、いわゆる「この問題分かる人」的な煽りをかけると、彼女、おそるおそる挙手。指してみると、ハニカミながら、「……」とダンマリを決め込む。俺は、「?、なら挙手しなきゃいいべよ」と心中思いつつ、「座れ」と促す。
 テストをすると、ふざけたバカどもより点数がさらに著しく低いのだった。ふざけたバカどもは、不真面目なだけで、たぶん、やれば普通に出来るのだが、この真面目な女生徒は、モノホンのバカなのだ。また、ふざけたバカどもは学校では野球部のエースだったりして、それはそれで凄いのだけれど、彼女は、友達もおらず、運動も出来ず、学校的な取り柄が何もない。
 ジャリ共は、叱られると「ケッ!」といった悪態をつき、生活力はありそうだが、この女生徒は「……」と、泣きそうになってしまう。
 
 俺は、このバカな彼女が今どうしているか凄く気になっており、たまに思い出すと胸がキュンと締め付けられるのだった。

by ichiro_ishikawa | 2007-09-06 23:31 | 日々の泡 | Comments(0)  

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