ジャマイカの月の下で


 フュージョン、AORというと、ロックから最も離れた、緊張感の無いイージー・リスニングなムード・ミュージック、BGMというイメージがあるだろうが、実はこれは相当すげえ、ということに気づくのに、36という年輪が俺には必要だった。

 70年後半から80年代前半、というと日本では歌謡曲全盛期だったわけだが、海外では、フュージョン、AORが流行っていたことは、ローティーンだった俺もやや感じていた。だがその時代ローティーンだったということは、思春期が始まりつつあったということであり、硬派で不良品気質な俺は当然ロックに向っていったわけで、ニューアカとか軽チャーという当時の空気感みたいなものにすごく反発していたのとほぼ同じ理由で、フュージョン、AORも「しゃらくせえ」と感じ、30代に入るまでその「ぬるい感じ」「口当たりの良い感じ」「わかってる大人な感じ」が嫌いだった。

 嫌いという感情は不毛だ。侮蔑の行く先は袋小路だ。と小林秀雄が言っているが、いまだ、たまに俺の中にはこの「嫌い」という感情が湧き上がるし、世の大半の人間を豚野郎扱いしてしまうことに、ほとほと弱っている。
 「嫌い」という言葉に敏感に反応して、おもわず話が少しずれた。このままその説を展開しようとも思ったが、ヒデの話はもういいよと、誰かがうんざりしている様が目に浮かんだので、戻す。

 最近、ブルーズ、R&B、ソウル、そしてジャズという黒人音楽をずーっと聴いてきて、フュージョン、AORから、「ブラック魂」を感じ取る様になった。フュージョン、AORは、ロック同様、ブラックの洗礼を受けていることが明らかになった。フュージョン、AORは、カーティス・メイフィールドやドニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダーといった70年代のニュー・ソウルの流れを汲んだ完璧なブラック・ミュージックだった。
 確かに、引っかかりの無い、気軽に聴き流せてしまうスムースな音楽、とは言える。だが、よくよく聴き込むと、涙が出るほどすげえいい演奏をきゃつらは繰り広げている事が分かる。
 実はベースとドラムがものすげえ。そしてギターとか管楽器も地味にすげえ。アレンジがかっけえ。
 演奏がすげえ巧いというと、「巧いけどつまらない」など分かった風な事を言う輩が絶対に出て来るが、「ここまで巧ければつまらないとか言わせねえ」というレベルがある事を知るのはいい事だ。
 すげえいいフュージョン、AORは、「巧いけどつまらない」に敏感なロックあがりの人間の耳をもグワッと惹き付けるものがある。それはリズム感だったり音色だったり、まあ全体の質感なのだけれど、やはり、それよりなにより「わび、さび」なんだろう。
 もともと、世間への恨みつらみ、自己憐憫や不安といった「青さ」の吐露が基調となった、「俺見て」的青春芝居調の日本の「泣ける」小説や情緒過多の日本のロックとは相容れない「質(たち)」ではあったが、フュージョン、AORは、そうした「青さ」から最も遠い音楽だ。スタジオ・ミュージシャンという無私な人間たちがそのサウンド・メイキングにおいて猛威を振るっているというのも、その所以だろう。彼等がストイックに「完璧なサウンド」を目指した時、それは「巧い」を通り越して「ロック」になった。ただそれが「ロック」だということに気づくのには時間がかかる。
 人はつい、なんでもかんでも「てめえ」を尺度にして「いい」「悪い」の判断をイージーにしてしまうけれど、たとえば、悪い、つまらないと感じても、そう感じるのは「てめえの感度」が悪いのかもしれない、という謙虚さを少しは持った方がいい。
 ロックで言えばディランが俺にはそうだったし、文学で言えば、トルストイが今やっと良いと思える様になってきた。ランボオは100回以上は読んでいるが、いまだわからない。もはや、読むというより字面を眺めて日々過ごしているが、まあ死ぬまでに何とかなればいいと悠長に構えるようになった。何にしても時機というのがある。その、人生の節々での、その節々ならではの出会いというのは、意外といい。

超名盤
『イタリアン・グラフィティ』ニック・デカロ(1974)
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奇しくもニック、36歳の作品。ボーカル&キーボード、アレンジはニック・デカロ、プロデュースはトミー・リプーマ、エンジニアはアル・シュミット。ギターはデヴィッド・T・ウォーカー、フィル・アップチャーチ、アーサー・アダムズ、ベースはウィルトン・フェルダー、ドラムはハーヴィー・メイソン。オープニング・トラック「Under The Jamican Moon」にしびれる。

by ichiro_ishikawa | 2007-12-02 23:19 | 音楽 | Comments(1)  

Commented by 渋すぎるジャケ at 2007-12-04 16:41 x
久々におもしろい。いつもおもろいが、今回は特にいい。明日買いに行くもんこの音源。
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