保坂和志の慧眼


 小説は論文じゃない。朝起きたり道を歩いたりすることをわざわざ書く。そのこと自体が何かでなければおかしい。

 小説とは読後に意味をうんぬんするようなものでなく、一行一行を読むという時間の中にしかない。音楽を聴くことやスポーツを観ることと同じだ。いま読んでいるその行で何が起こっているかを見逃してしまったら小説の興奮はない。そこにあるのは言葉としての意味になる以前の、驚きや戸惑いや唐突な笑いだ。

 小説家は意味ではなく一つ一つの場所や動作や会話を書く。それが難しいのだ。読者もそう読めばいいのだが、やっぱりそれが一番難しいから意味に逃げ込む。

保坂和志(2008年1月13日付 朝日新聞より抜き書き)

by ichiro_ishikawa | 2008-01-14 16:44 | 文学 | Comments(0)  

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

<< 左腕ベスト5 エッセイ「タバコと俺」 >>