歴史について

 俺が「歴史」という言葉に敏感だということは、遍(あまね)く知られるところだが、この歴史に対する胸騒ぎのようなものの正体は何なのか。

 昨今、ドストエフスキイの新訳文庫版が過度に売れていることが話題になっているが、小林秀雄は30代の半ばの数年を、本格的にドストエフスキイに対峙して過ごした。対峙して、とは妙な言い方だが、研究でもないし、分析でもない、ただドストエフスキイについて書くことで、ドストエフスキイを抱きしめようとしている様が分かるので、そう言うより他がなく、本人の文学としての言葉で言えば「蘇生させようと」していた。
 「ドストエフスキイの生活」(1939年)がその結実で、序文のサブタイトルが「歴史について」なのである。この13ページほどの短文は、まさに珠玉という言葉がふさわしく、全文、サビだけで出来ている。この13ページ、1万字程度の文章に、どれだけのものが詰まっていることか。

 個人的な事で言えば、本編は2〜3回通読しただけだが、この序文は凡そ187回は読んでいる。序文で短文だから10分もあれば読めるのだが、その10分間、俺は毎度、クワッとなる。この世のものではない、ある、凄まじい精神の躍動が起こる。文学の醍醐味がまさにここにある。
 というわけで、全文書き取りをしたいのだけれど、短文とはいえ、ネット上に1万字というのは、さすがに長いので、追々、全文はあげていくとして、ここでは抜粋していくことにする。

「ドスエフスキイの生活」 序(歴史について) 抜粋集

 例えば、こういう言葉がある。「最後に、土くれが少しばかり、頭の上にばら撒かれ、凡ては永久に過ぎ去る」と。当たり前な事だと僕等は言う。だが、誰かは、それは確かパスカルの「レ・パンセ」のなかにある文句だ、と言うだろう。当たり前な事を当たり前の人間が語っても始まらないとみえる。パスカルは当たり前の事を言うのに色々非凡な工夫を凝らしたに違いない。そして確かに僕等は、彼の非凡な工夫に驚いているので、彼の語る当たり前な真理に驚いているのではない。驚いても始まらぬと肝に銘じているからだ。ところで、又、パスカルがどんな工夫を凝らそうと、彼の工夫なぞには全く関係なく、凡ては永久に過ぎ去るという事は何か驚くべき事ではないだろうか。

 言葉を曖昧にしているわけではない。歴史の問題は、まさしくこういう人間の置かれた曖昧な自体のうちに生じ、これを抜け出る事が出来ずにいるように思われる。 歴史の上で或る出来事が起こったとは、その出来事が、一回限りの全く特殊なものであったという事だ。僕等は少しもそれを疑わぬ。その外的な保証を何処にも求めようともせずに、僕等は確実な智慧のなかにいる。

 子供が死んだという歴史上の一事件の掛け替えの無さを、母親に保証するものは、彼女の悲しみの他はあるまい。どの様な場合でも、人間の理知は、物事の掛け替えの無さというものに就いては、為すところを知らないからである。悲しみが深まれば深まるほど、子供の顔は明らかに見えて来る、恐らく生きていた時よりも明らかに。愛児のささやかな遺品を前にして、母親の心に、この時何が起こるかを仔細に考えれば、そういう日常経験の裡に、歴史に関する僕等の根本の智慧を読み取るだろう。それは歴史史実に関する根本の認識と言うよりも寧ろ根本の技術だ。其処で、僕等は与えられた歴史事実を見ているのではなく、与えられた資料をきっかけとして、歴史事実を創っているのだから。このような智慧にとって、歴史的事実とは客観的なものでもなければ、主観的なものでもない。この様な智慧は、認識論的には曖昧だが、行為として、僕等が生きているのと同様に確実である。

 「月日は百代の過客にして、行きかふ年も亦旅人なり」と芭蕉は言った。恐らくこれは比喩ではない。僕等は歴史というものを発明するとともに僕等に親しい時間というものも発明せざるを得なかったのだとしたら、行きかふ年も亦旅人である事に、別に不思議はないのである。僕等の発明した時間は生き物だ。僕等はこれを殺す事も出来、生かす事も出来る。過去と言い未来と言い、僕等には思い出と希望の別名に過ぎず、この生活感情の言わば対称的な二方向を支えるものは、僕等の発明した僕等自身の生に他ならず、それを瞬間と呼んでいいかさえ僕等は知らぬ。従ってそれは「永遠の現在」とさえ思われて、この奇妙な場所に、僕等は未来への希望に準じて過去を蘇らす。

 ドストエフスキイという歴史的人物を蘇生させようとするに際して、僕は何等格別な野心を抱いていない。この素材によって自分を語ろうとは思わない、所詮自分というものを離れられぬのなら、自分を語ろうとする事は、余計な事というより寧ろ有害な空想に過ぎぬ。無論在ったがままに彼の姿を再現しようとは思わぬ、それは痴呆の願いである。  僕は一定の方法に従って歴史を書こうとは思わぬ。過去が生き生きと蘇る時、人間は自分の裡の互いに異なる或は互いに矛盾するあらゆる能力を一杯に使っている事を、日常の経験が教えているからである。あらゆる資料は生きていた人物の蛻の殻に過ぎぬ。一切の蛻の殻を信用しない事も、蛻の殻を集めれば人物が出来上がると信ずる事も同じように容易である。立還るところは、やはり、ささやかな遺品と深い悲しみとさえあれば、死児の顔を描くに事を欠かぬあの母親の技術より他にはない。彼女は其処で、伝記作家に必要な根本の技術の最小限度を使用している。困難なのは、複雑な仕事に当たっても、この最小限度の技術を常に保持して忘れぬ事である。要するに僕は邪念というものを警戒すれば足りるのだ。
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by ichiro_ishikawa | 2008-02-02 22:07 | 文学 | Comments(0)  

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