養老孟司と小林秀雄


 前回、養老孟司の文を載せたところ、各方面から、「分かりやすくて、いい」との評を受けた。これは当然、常日頃引用している小林秀雄に比して、ということであることは間違いない。

 小林秀雄はどうも分からないらしい。

 小林秀雄は、一読しただけでは分からないように工夫して書いている的なことを自ら語っている。何度も何度も繰り返し読まなければ分からないように、書いているのだと。確信犯である。何の為に。てめえで考えさせる為にだ。小林の文は考えるヒントなのである。答えではないのだった。「1+1」は2だが、「人生とは?」に答えがあろうか。否。

 たとえば、養老の文は、「なるへそなるへそ~!」と、スッキリするが、メシ食って寝ちゃえば、翌朝、特に何も残らない(養老はかなりの慧眼なので、そういうと極端すぎるが)。考えていることはすげえし、表現も秀逸だが、必ずしもロックじゃない(というか確信犯的にロックであろうとはしていない。実はそこもすげえ)。生きる糧にはなろう。上等のエンガワみたいなものだ。

 小林はメシじゃあない。やはり、文学なのだ。

 前回の養老の文は、俺の中ではエッセンスだけ血肉となり、後は排泄物として処理された。だが、前々回の小林の文は、なんかこう、いつまでも眺め愛でていたい、そういうものである。
 グッと近づいたり、ちょっと離れてみたり、カーテン越しにチラと覗いたり。その都度、稲妻が走るのである。
 おいおいおいおい、とんでもないことになってるじゃないか!

 お気に入りのグッド・ミュージックのように、小林秀雄の言葉は、俺の中で、「歌われる」。


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肖像画

by ichiro_ishikawa | 2008-02-08 03:19 | 文学 | Comments(1)  

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