ハードボイルド・エッセイ「強風と俺」

 私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる「悲劇」について、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いて見ようと思う。それは私自身にとって忘れがたい貴い記録であると同時に、恐らくは読者諸君にとっても、きっと何かの参考資料となるに違いないと思われるから。


オープニング(←以下読む前にクリック)

 朝の11:00から千葉・船橋のららぽーと内のホテルで、マタニティ関連のイベントがある、そこに私の敬愛するPB氏が出演し「男の子育て」についてトークをするというので、休日の楽しみ「iTunes & YouTube」を返上、いざ参加せんと思い立ち、前夜「新Mr.BOO! アヒルの警備保障(吹き替え版)」を観て楽しい夜更かしをしたにもかかわらず朝9:00にグワッと起床、少し気になったBreakFastを済ますと、ヘッドフォンを装着して、i-Podでチャーリー・パットンの「スプーンフル・オブ・ブルーズ」を流し、口笛を吹きながらスキップで休日の街へと繰り出した。

 車で行こうと思ったが、酒が振る舞われることもあると忖度し、電車で向った。ららぽーとというのは最寄り駅は南船橋で、JR京葉線とかJR武蔵野線とかふだん滅多に乗らないマイナー線しか通っていない。我が邸宅は江東区の住吉という所にあり、住吉の駅は東京メトロなので京葉線か武蔵野線に接続しようと思うと何十回と乗り継ぐ事になる。そんなに遠くない距離をちょこちょこ乗り換えしながら迂回して進むのもどうかと思い、寒風吹きすさぶ中、まず徒歩20分かけてJR錦糸町駅に出、そこから武蔵野線に接続する西船橋駅がある総武線で現地まで向う事にした。
 ただし、市川と船橋の間にある西船橋は、快速が停まらない。悩ましいのは、錦糸町−新小岩−市川−(本八幡)−(下総中山)−(西船橋)−船橋という路線順で、市川で各駅電車に乗り換えて3駅先の西船橋まで行くべきか、船橋までグワッと行ってしまって、1駅戻る形で西船橋に行くべきか。トータルな時間は殆ど変わらないが、接続次第でグッと差が出る。だが、接続は神のみぞ知る事。一般的には7:3で市川下車だろうから、逆をついたろうと思った刹那、「天の邪鬼なあいつの事だから一般と逆を選ぶだろう」という世間の声が聞こえたので、あえてストレートに市川下車を選んでやった。「Huh, Huh!」とグランドマスター・フラッシュばりに腹からの嘲笑を世間に浴びせながら嬉々として市川で降りると、各駅停車がまったく来やしねえ。逆に上り電車はバンバン走っている。2、3台の上り電車を見送り、いよいよおかしいと思った私は、i-podsが鳴っていたヘッドフォンをゆっくり取りはずすと、何やらわめき続けているホームのアナウンスに耳を傾けた。「強風のため、ダイヤが乱れています」。おいおい、弱えよ、総武線各駅下り! 朝方は下りの乗客が少ないから被害も少ないと思ってるのか。
 やや憤りながら待つ事15分。やっと入って来た各駅電車に乗り込むと、「やっぱ、自分らしく船橋まで行くべきだったか…」と悔やみかけたが、「利口な奴はたんと反省するがいい。俺は馬鹿だから反省などしない」との小林秀雄の言葉を思い出し、まあよし、とした。

 流れを変えるため、戦前ブルーズからヒップホップへとi-podsのジャンル毎シャッフルを50年シフトし、なんとか西船橋駅に若干のタイムロスで到着。武蔵野線に乗り換えるためホームの階段を2段抜かしで闊歩していくと、上の溜まりに妙な人ごみができていた。ノイズキャンセリングのヘッドフォンの中で大音量で鳴っていたパブリック・エネミー「Fight The Power」を一時停止すると、「京葉線、武蔵野線は強風のため、運転を見合わせています。他の路線をご利用ください」とのアナウンス。ここもか! しかも「遅れ」ではなく「運行中止」だという。私は冷静にOS 11.3搭載のマイ・プレインを稼働させる。どうする私!? ここは西船橋。YES。目的地は南船橋? 否、ららぽーと! 遅疑なく私は「タクシー」を選択した。金をケチってちまちま振替輸送を利用している場合じゃねえのだ。俺はうろうろしている群衆の間を、豚の群れをすり抜ける力石の様なフットワークでかいくぐり、時にはパンチを食らわせながら、タクシー乗り場に直行した。

 そこには、まるで ホブソンズの前に並ぶ行列みたいに長蛇の列ができていた。概算で30人。しかもピンと思しき乗客が多い。とりあえず、最後尾に付いたが、タクシーがまったく来やしねえ。東京だったらバンバン来るという感覚があるが、ここは千葉の西船橋。2分に1台来るか来ないかといったところだった。この2分というのはこの状況では相当長く感じる。2分×30人で60分!? しかも戸外のこと、強風が吹き荒れている。西船橋だから空が広く、ビュンビュン北風が砂埃をまき散らして派手にうなり声をあげている。「この仕打ちにはどうやら黒幕がいるな…」。そういぶかりつつも、私はじっと待った。わめくまい。わめけばわめくほどやつの思うつぼだ。私はヒップホップからビ・バップへと切り替え、冷静にスウィングしながら時を待った。時刻は11:00。「ふふ、もう始まってるな…」。微笑さえたたえながら、何ごともないかのようにチャーリー・パーカーのアルト・サックスに耳を傾ける。
 60分後、やっと乗れた。この60分の無駄な待ち、それを導いた判断を私は悔いない。鼻水を垂らし真っ赤に凍える鼻や、砂埃まみれになったコートも気にしない。私はそんなヤワな人間じゃない。颯爽と後部座席に乗り込み「ららぽーとまで」と告げる。すると、「え?」。「ららぽーと」。「え?」と90歳と思しき老人は繰り返す。ついてねえ、これだから田舎は…!
「ららぽーと!」
「いや、そっちは行かないんだ」
「行かない!?」
「そっちは行かないの」
 行かない、の意味が全くわからなかったが、行かないのなら仕方あるまい、私は行かねばならぬのだ。私は、車を降り、次のタクシーを待った。行かないとはどういうことだろうか…。やつは何を言っているのだろうか。私はヒッチハイクをしたわけではあるまい…。かろうじて冷静を保ったまま次のタクシーに乗り込み、「ららぽーとまで行ってください」と懇願した。
 運転手は「はい」とも言わず、スタートした。まあ、いい。行くだけましだ。ところが3分経ち、5分経ってもなかなか着かない。あれ、そんなに遠いっけな…。と不審に思っているとJR船橋駅を通り過ぎた。しまった、ららぽーとは西船橋より船橋の方が全然近いつけ! 一番最初に船橋まで行ってタクシーに乗っていれば、今頃とっくに…! 「たられば」はよそう。結果論にすぎまい。あの時は、そうするしかなかったのだ。
 さらに5分後、ららぽーとに到着。「この中に“プレシャス船橋”というホテルがある筈なのでそこへ」と告げると、「ちょっとわからないんでここで降りて」とのたまう。メーターは1,790円。ワンメーターで行くと思っていたし、このままグルグル探し回るより、徒歩で探した方が早いと即断し、「じゃあ降りる」と、2,000円を差し出すと、釣りは110円。「100円足りないよ」。「あ、こりゃ失礼」。こいつ、ちっちぇえ…。とても不快な気分で100円をぶんどると、礼も言わずに飛び降りた。ちくしょう、どいつもこいつも。これはいよいよ黒幕がいるな…。

 ららぽーとは広かった。端から端まで15分かかる。私が降りたところは一面改装工事中でどこに行けばいいのかイマイチ要領を得ない。やっとの思いで地図らしき看板を見つけ、覗き込むと、そこには白色の紙が貼付けられ、「改装中」の文字が。Son of a Bitch!
 Fuck! Fuck! と連呼しながら、再び、豚をすり抜ける力石よろしく、群衆をかき分けながら、時にパンチを浴びせながら、カンでプレシャス船橋を探し歩く。結構行ったところで館内地図を発見したが、真逆を進んでいた事が発覚。「Jesus Christ!」。「Goddamn!」を連呼しながら、来た道を戻り、やっとのことプレシャス船橋に辿り着いた。結構でかいホテルだ。ここを知らぬとはあのタクシーの野郎…という沸き立つレイジを抑えつつ、会場の扉を開き、強風で長髪が乱れまくった態のまま、幾つも並んだ円卓からひとつを選び、ドカッと鎮座した。
 司会の中年女性が、いいオムツやら、有益な「子育て110番」的なものの解説を矢継ぎ早にまくしたてている。周りを見ると若夫婦ばかり。そういやマタニティのイベントだった。子供はおろか、妻さえ持たぬ私が、なぜここにいるのか。自分でもいぶかった。
 すると、関係者が言う。「PBさんは、商用で赴いていた札幌から来る筈でしたが、強風で飛行機が欠航。今日はキャンセルとなりました」。
 私は不敵な笑みをたたえながら、いいオムツの説明に耳を傾けた。

FIN

by ichiro_ishikawa | 2008-02-24 17:42 | 日々の泡 | Comments(0)  

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