氷室の秀逸歌唱、マニアックなベスト5


ポピュラリティをきちつとした形で獲得できるロックのアルバムを作りたいなと思つて制作に入つたソロデビューアルバム『Flowers for Algernon』で、1988年の大晦日に日本レコード大賞「最優秀アルバム賞」を受賞した氷室は、年明けの東京ドームにてソロとしての凱旋ライブを行つた際のMCで、「できれば歌唱賞もほしかつたけど…人生いろいろの島倉さんには敵わなかつたつてことで」とエスプリを効かせて語つてゐる。

超シングアロングな歌メロ、少年不良漫画を地でいくルックスと並び、氷室のワイルド&セクシーな歌唱力といふのがBOØWYが圧倒的ポピュラリティを獲得した3大要因の一つであるが、前述の氷室のセリフからうかがへることは、氷室自身がその歌唱力の高さを自認してをり、それがロック界は言はずもがな歌謡界全体においてもトップレベルであると自負してゐたといふことである。

基本的にはロックにおいて歌唱力といふのは重要ではない。といふのもまづ歌メロといふものがロックにおいては不要で、それよりもギターのフレイズだつたりリフ、音色が問はれるもので、ボーカルはむしろそのギターとの絡み、合ひの手的な意味合いしかない。あるひはシャウトである。
だからロックといふのは本来マニアックなポップミュージックで、このマニアックとポップのせめぎ合ひが魅力なのであり、女子供を巻き込む圧倒的ポピュラリティを獲得することはさうさう起こらず、勢ひ地下活動が多くなるのだが、稀に歌メロや歌唱力をも伴つて勝負してくるミュージシャンが出てくる。いふまでもなく超絶グッドメロディと3人のボーカリストを擁したビートルズがその最たる例であるが、BOØWYの凄さ、真価とは、その土俵に立つて勝負して、かつ結果を残したといふことである。


とはいへボーカルは、身体の経年劣化といふ必然に抗えない宿命を背負つてゐて、氷室のボーカルのピークは81〜96年(21〜36歳)、特に86〜87年(26〜27歳)であるが、その頃の、数多ある凄さの中でも特筆すべき特徴の一つは、後年出なくなつた地声のままの超ハイトーンと、歌い出し直前、間、直後の息使いのワイルド&セクシーさである。

前置きが長くなつたが、といふことで氷室の歌唱力、マニアックなベスト5を以下にまとめん。


第2位
「Don't Ask Me」0:42、1:44、2:37
「♪ You ask me what I want, darlin」のオーバーダビングによる氷室ひとりハモりの上部。
(布袋といふ説もあるが氷室だと思ふ)

ハモりの音楽理論に疎いので正確に記せないのがもどかしいが、主旋律のオクターブ上かその少し下かを、押さえた超ハイトーンで、サビの前半部だけハモつてゐる。これがシビれる。
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第1位
「Fantastic Story」0:48
「♪ Fantastic Story」の「ry」のあとの息。

無理に近似値として文字化すれば、「Story-ahっ」の「y-ahっ」がだいぶワイルド&セクシー。
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# by ichiro_ishikawa | 2017-05-23 09:24 | 音楽 | Comments(0)  

釣り受け取りの攻防


現金主義に転向して以来、店のレジにて現ナマを取り引きする事態が当然増えてゐるが、店員により釣りの渡し方がなつてゐる奴となつてゐない奴がゐることに気づかされる。

札と小銭を同時に我が手のひらに置かうとする輩が多いのには閉口だ。
こちらの財布は通常、札と小銭の収納場所が異なるため、せつかく手に乗せてもらつても、一旦トレイに置き直し、札、小銭に振り分けて順番に入れていくといふ作業を行うことになる。ある程度の時間はかかつてしまふが、レジを退いてから脇などでゆつくりやるといふ事はしない。後ろに他の客が控えてゐても、これはやむを得ない。悪いのは渡し方が下手な店員だ。

一方、気の利く店員だと、まづ札を渡してこちらが収納するのをみはからつてから、次に小銭を渡してくれる。
これだと最短時間でことが済むのである。

したがつていつも支払いの場面において、こやつはどう来るか、とドキドキするのだが、今日の某ファミレスにおいては、後者であつたので、安堵。

したのもつかの間、小銭を渡してくれたあとに、「レシートです」と言ひ放つたのであつた。
レシートは無論、札扱ひ。再び札入れを開き、レシートを収納するといふ無駄なアクションが発生してしまつた。
受け取りしな、レシートは札と一緒にくれよ、と苦言を呈したくなつたが、「チッ、細けえな」と舌打ちされやうものなら、一触即発の事件に発展する可能性もあつたため、グッと堪へた次第だ。



# by ichiro_ishikawa | 2017-05-18 14:06 | Comments(0)  

作る奴が一番偉い


作る奴が一番偉いと思つてゐる。
作ることは、選ばれた人にしかできない。
そして作るとはきはめて孤独な営みだ。
作る人間は作るのに忙しいから余計なことを言ふ暇がない。黙つてゐる。

かうした複雑な世の中になると、作らせたり、作つたものを届けたり、宣伝したり、管理するといつた、作る前後を担ふ者たちがたくさん出てきて、それぞれに高いスキルは必要だが、とはいへ所詮小判鮫、漁夫の利目当てで、極端に言へば誰にでもできることだ。

それだのに、どうも彼奴らが幅を効かせすぎである。さもてめえが最重要といつたツラで世を跋扈し始める。偉さうになつてくる。
偉ぶるといふのは本当は偉くないからこそで、だからぶるのだが、それとセットで、作る人間を下に見るやうになるのはいただけない。

作る人間が一番偉いのだ。作らない我々はその小判鮫だ。そのことを確り認識してゐたい。



# by ichiro_ishikawa | 2017-05-18 09:04 | Comments(0)  

「昨日はどこで寝てたんだ?」再考


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ニルヴァーナの「where did you sleep last night」
は『MTVアンプラグド』(1994)の最後を飾る曲で、レッドベリーのカバーだが、そもそのレッドベリーもアメリカン・トラディショナル・フォークソングのカバーで、「in the pines」などのヴァリアントも多く存在する。原曲は伝承歌である。

D-G-F-A-D、三拍子8小節の繰り返しといふおそらくは史上最もシンプルな楽曲のひとつだが、ここにポップミュージックの全てが詰まつてゐる。

アメリカン・トラディショナル・フォークソングは、ポップミュージックの大源流で、ブルーズ、フォーク、カントリー、ジャズ、ロックンロール、ポップスなど全てのポップソングは、そこに通ずる。

エルヴィス・プレスリー、ボブ・ディラン、ビートルズ、ストーンズといふ50〜60sのロック4大種牡馬は言はずもがな、デイヴィッド・ボウイ、エルヴィス・コステロ、ソニックユース、R.E.M.、U2、そしてニルヴァーナといつた、要は「残るロック」は全てそのヴァリアントと言つてよい。
日本文学における万葉集のやうなものだ。
ニルヴァーナのやうにプラグを抜くとそれがよりあらはになる。前述以外の曲も全てアメリカントラディショナルフォークソングだと分かる。グランジとかオルタナティヴといふのは時代のラベルに過ぎない。

そのヴァリアントの豊富さが伝へるやうに時代時代によつて曲の素材は変はるやもしれぬが、人間が生まれて生きて死ぬといふ形式が変はらない以上、その本質や内容も古来変はらない。
言ひ方、歌ひ方、奏で方で決まる。






# by ichiro_ishikawa | 2017-05-15 20:51 | 音楽 | Comments(0)  

氷室×布袋の化学反応の代表曲は「Fantastic Story」


BOØWYの凄さは、布袋のポップを氷室があの声で歌ふといふことと、氷室の曲を布袋がアレンジするといふこと、にある。またそれがわづか6年間の出来事であり、爾後そして今後、未来永劫あり得ないといふところに価値が生まれてもゐる。

前者については布袋のソロ曲をもし氷室が歌つたら…といふ想像で容易に得心できるところであらう。
ここでは後者、氷室の曲を布袋がアレンジするといふこと、について少し考へてみる。

まづ、データとしてアルバムごとの氷室楽曲を一覧してみよう。

『Moral』(1982)
16、School Out、Give it to me、Elite、Rats、Moral、Out!!、Dakara

『Instant Love』(1984)
Funny Boy、Oh! My Jully Part 2、Symphonic

『BOØWY』(1985)
黒のラプソディー、唇にジェラシー、CHU-RU-LU、ハイウエイに乗る前に、Cloudy Heart

『Just A Hero』(1986)
わがままジュリエット、ミス・ミステリー・レディ (Visual Vision)

『Beat Emotion』(1986)
Noise Limitter、Don't Ask Me、Sensitive Love

『PSYCHOPATH』(1987)
PSYCHOPATH、Celluloid Doll、Fantastic Story

かうしてみるとBOØWYの中でも渋い曲がズラリと並んでゐることがわかる。噛めば噛むほど味の出る類である。ライブやベスト盤の定番曲は少ない。「Give it to me」、「ハイウエイに乗る前に」、「Cloudy Heart」、「わがままジュリエット」の4曲だけだ。総数からするとかなり低い率であるが、人気1、2を常に争う「Cloudy Heart」、「わがままジュリエット」という2曲のバラッドが氷室楽曲であることから、BOØWYの楽曲面への貢献度といふ点でも氷室の存在感は大きく、これが、氷室が単なる歌い屋に収まらない点で、のちのソロの充実にもつながる。

ざつくりとした特徴を言へば、前中期はマイナー系フォーク色が強く、後期はサイコパセティックでセンシティブである。

かうした氷室楽曲が佳曲揃いであるのは、布袋のギターフレイズ、およびアレンジが相当効いてのことではないか、といふのが本稿の骨子である。

布袋のアレンジ具合といふのは、闇流出してゐるデモテープと実際のアルバム収録曲を比べてみるのもいいのだが、それよりも氷室のソロの曲との比較がよいと思ふ。
ここでは、特に最終アルバム『PSYCHOPATH』に注目したい。『PSYCHOPATH』のB面の後半に集中して氷室楽曲の3曲は配置されてゐる。後期ビートルズのやうに、布袋と氷室がくつきり分かれてゐて、解散の予兆がプンプンしてもゐることは興味深い。

『PSYCHOPATH』は1987年秋のリリースで、氷室のソロ第一作『Flowers For Algernon』は翌1988年秋に早速放たれた。つまり両作は、ほぼ同時期の作曲といつてよい。

実際『PSYCHOPATH』後半の氷室楽曲は『Flowers For Algernon』の世界である。『Flowers For Algernon』に入つてゐても遜色ない。しかし決定的に違ふ点がアレンジとギターのフレイズである。

氷室はBOØWYの後半、シーレやクリムトといつたウィーン世紀末画家やヨーロッパ系アートフィルム、そしてアートディレクターの永石勝氏からもらつたダニエル・キイスの小説『Flowers For Algernon』といつた作品、作者を通し、人間の狂気や精神世界への深い傾倒を見せてゐて、『PSYCHOPATH』後半の氷室楽曲からはさうしたセンシティブな面がうかがへる。

そしてBOØWY最後の氷室楽曲「Fantastic Story」である。これは『Flowers For Algernon』でみられる氷室節全開なのだが、布袋のギター、アレンジがBOØWYの全楽曲のなかでも白眉なのであつた。イントロ、歌のバッキング、間奏を注意深く聴きたい。氷室の地味で暗い世界をBOØWYとして昇華させる時に布袋が全力で振り絞ったのが、この「Fantastic Story」のギターフレイズとアレンジである(松井恒松のベースフレイズも素晴らしい)。
この布袋アレンジが、「Fantastic Story」を、『Flowers For Algernon』の世界でありながら完全にBOØWY楽曲たらしめてゐるのである。つまりは、氷室の神経症的なセンシティビティに触発された、繊細で屈折したポップ感である。

このやうな前へ前へ出る才能と才能の化学反応がバンドの魅力で、それが最大の形で発揮されたのがBOØWYであつた。
100%布袋を聴きたければ布袋ソロ、100%氷室を聴きたければ氷室ソロを聴くことで存分に純度100%のそれぞれを堪能できる。
氷室と布袋といふ今となつては還らない奇跡の一瞬が捉えられたBOØWYを聴きたければBOØWYを聴けばよい。当たり前のことだが。


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# by ichiro_ishikawa | 2017-05-11 20:04 | 音楽 | Comments(0)  

キャプテンビーフハートとモリッシー


Apple Musicで数万曲の全曲シャッフルをしてゐるのに、なぜか執拗にキャプテンビーフハートとモリッシーだけが交互にかかるというバグ(?)が発生。さすがに気持ちが悪くなつてとめた。

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# by ichiro_ishikawa | 2017-05-08 22:41 | 音楽 | Comments(0)  

サイバーエージェント藤田晋


サイバーエージェント藤田氏は、
いつ見ても麻雀打つてるな。
Abema TVの麻雀は意外とレベルが高く、
ついずつと観てしまふが、
ほんと時間の無駄で迷惑だ。得るもの無し。

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ツモが悪くイラつく藤田氏。

# by ichiro_ishikawa | 2017-05-08 22:26 | 日々の泡 | Comments(0)  

日常観察報告


電気代節約のために片つ端から電気を消す習慣のある俺は、部屋を出るときには必ず電気を消す癖が染みついゐて、会社の喫煙室を出るときにもつい消してしまふことがままあるのだが、消されると大抵みな「おっ?」と顔をあげる。




# by ichiro_ishikawa | 2017-05-08 17:42 | 日々の泡 | Comments(0)  

ハニートーストと俺


飲食店で注文をすると90%の確率で「はい?」と聞き返される俺だが、この日は、某茶店にて、現場の騒音状況を加味しながら滑舌と音量を若干意識した上で「ハニートースト」と発語。聞き返されることもなく見事一発で通した。
しかし数分後、運ばれてきたのは「ハムトースト」であつた。以上。



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注文してないハムトーストを黙つて食す


# by ichiro_ishikawa | 2017-05-08 13:26 | 日々の泡 | Comments(0)  

80年代アイドル歌手の再評価


とんねるずやリリー・フランキー、池田晶子、川上未映子の例を挙げるまでもなく、デビュー時からツバをつける「先見の明」で食つてゐる俺でもミスはある。

ピンクレディー、小泉今日子、中山美穂は、デビューから1989年まで一貫して好きだつたが、その裏で、「リアルタイムではピンと来なかつたが、齢45の今みるとピンと来る」歌手、といふのが實は結構ゐる。以下、そのベスト5。

キャンディーズ
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70年代の幼少期、キャンディーズはその解散が、我が歌手初体験のピンクレディーのデビューと同時期といふ印象で(実際は数年かぶる)、つまり登場が(俺にとつて)早すぎたために見逃してゐた、といふ例。
ある時、GOOSE HOUSEといふグループが「年下の男の子」をカバーしてゐるのをYouTubeで観て、オリジナルを改めて聴いてみたところどハマりし、レコードコレクターズの特集号まで古書店にて買い求めてしまつたといふ次第だ。
スーは元々好きだつたが、ミキもよい。そして何と言つても蘭がすげえ。白眉は振り付け込みでやはり「年下の男の子」。




松田聖子
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デビューが小3(俺が)であつたため、やはり早すぎた例。当時ツッパリだつた俺にとつては、聖子のいはゆる「ぶりつ子」はソリが合はなかつた。
しかし、今みると「圧倒的に可愛い」ことがわかる。声も歌い方も素晴らしい。日本一のアイドル歌手といつてよい。聖子が出てきて日本はパーッと明るくなつた。


中森明菜
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当時は聖子に比して、「キャピキャピしてない芸風の打ち出し」が、尺に触り、なんか暗くて嫌だつた(それにしても少年といふのは好みの幅が狭く、厳しい)。中山美穂(より数年前のデビューだが)同様のツッパリ路線も、美穂のポップ感(BE-BOP HIGH SCHOOL)に比し、70年代テイストを引き摺つた場末歌謡的ダークネスが古めかしく感じた。
しかし今みると、歌は上手いし色気がものすげえ。表情や振り付けもよい。
但し今みても「難破船」以降は良くない。


早見優
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当時はなんか大人しすぎる地味な印象でピンと来ず。彼女がゲスト出演した「少年ジャンプ大博覧会」(1982年)を観に行つた時も何の感慨もなかつた。「絵に描いたような美少女」なところも「特徴がない」として素通りしてしまつてゐたし、また「脚が綺麗」といふマニアックな視点は当時小学生の俺には持つ術がなかつた。
しかし2年前の「風街レジェンド」に彼女が登場した時に、およそ30年ぶりに生で「誘惑光線クラッ!」を聴いて、俺のハートに火がついたのだつた。
また、氷室が1986年の夜ヒットのメドレーで早見の「パッション」を歌つてゐるのをYouTubeで繰り返し見るにつけ、よい曲だなと思ひ直して原曲を辿つたところ、オリジナルも素晴らしい事が漸く判明。目下の最ヘビーローテーションとなつてゐる。
なんといつても「誘惑光線クラッ!」といふ楽曲がとんでもない。





# by ichiro_ishikawa | 2017-05-04 00:43 | 音楽 | Comments(0)