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ピーター・バラカンの黒人音楽ライブ


 ブラック・ミュージックを特集したピーター・バラカンのトーキング・ライブが、2007年8月25日(土)17:00から池袋マイルス・カフェで行なわれた。40年代からかけ始めたが、ソウルが誕生する50年代半ばでタイムリミットとなってしまい、あとはランダムに、アル・グリーンやリー・ドーシー、アリーサ・フランクリンらの激レア映像を流した。もう凄まじいラインナップで、ピーターのコメントも冴え渡り、パート2の開催を予告して幕を閉じた。早速自宅の書斎で、本日のプレイリストを作って聴いているが、やっぱりとんでもねえ。
 最後に、「今」のミュージシャン、Amy WinehouseのRehabのPVが登場。これがすげえ良かった。さすがピーター・バラカン。
 以下、当日のセットリスト。

Nat King Cole "Straighten Up And Fly Right"
Charles Brown "Driftin' Blues"
T-Bone Walker "Stormy Monday"
Louis Jordan "Saturday Night Fish Fry"
Roy Brown "Good Rockin' Tonight"
Fats Domino "The Fat Man"
Professor Longhair "Mardi Gras In New Orleans"
Stick McGhee " Drinking Wine Spo-dee O-dee"
Percy Mayfield " Please Send Someone to Love"
The Dominoes "Sixty Minute Man"
Hank Ballard "Work With Me Annie"
Etta James "Dance With Me Henry"
Jackie Brenston "Rocket 88"
Jimmy Reed "Baby What You Want Me To Do"
John Lee Hooker "Boogie Chillen"
Clovers "One Mint Julep"
Drifters "Money Honey"
Lloyd Price "Lawdy Miss Clawdy"
Ruth Brown "Mama He Treats Your Daughter Mean"
Big Mama Thornton "Hound Dog" (DVD)
Coasters "Riot In Cell Block #9"
Ray Charles "I Got A Woman"
Bill Doggett "Honky Tonk"
Al Green "Let's Stay Together" (DVD)
Lee Dorsey " Ride Your Pony" (DVD)
Aretha Franklin " Say A Little Prayer" (DVD)
Aretha Franklin "Natural Woman" (DVD)
Aretha Franklin "Call Me" (DVD)
Sam And Dave "Soul Man" (DVD)
Sly & The Family Stone "I Want To Take You Higher" (DVD)
Amy Winehouse "Rehab" (DVD)

by ichiro_ishikawa | 2007-08-26 23:54 | 音楽 | Comments(0)  

黒光り礼賛


月刊PLAYBOYで黒汁特集

 ロックンロール・ブックとうたいつつ、ジャズとかブラック・ミュージックばかり取り上げているが、実のところ、最近、ロックでガツンとやられることが殆どなくなってしまっている。文を書くモチベーション、根本の理由は、「分からないから考える」であって、クワッとくる感動や衝撃を、言葉に整えて形を与えるというのも、「分からないから考える」ことの具体例に過ぎない。
 ロックンロールは相変わらず自分の核であり、揺らぎはまったく無いのだけれど、それがもたらす感動や衝撃は長年の付き合いということもあり、「考える」までもなく自明のこととして心に常にあり続けている。
 2007年になり、「90年代」というものが少しずつ対象化できるようになった昨今、レディオヘッドやベックまでを、ビートルズ、ストーンズなどに代表される「ロック・クラシック」という同じ俎上に乗せてみる。つまり30年後の視点でロックを眺めてみると、傑出してくるのは、月並みな、極めて想定内の結果だが、ザ・ローリング・ストーンズ(60〜70s)だ。その辺のことは別の機会で改めて検証していきたい。

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 現在発売中の『月刊PLAYBOY』9月号を購入した。『月刊PLAYBOY』は、ちょくちょく音楽特集をやっていて、その中身も、ライフスタイルやファッションとしてのそれでなく、音楽そのものにスポットを当てているのがいいし、また、ウッディ・アレンやピーター・バラカンの連載を持ち、数あるオッサン雑誌の中でも、相対的に秀でた質を保っていると日頃からやや感じていたが、所詮、一般誌、通り一遍のことしか書いていないので、購入することはこれまでなかった。

 話はずれるが、昨今のオヤジ雑誌のダメぶりはどうだ。「モテるための」を露骨にうたうことが画期的と思い込み、「ちょい不良(ワル)」に代表される低級なキャッチコピーに悦に入り、オヤジのカッコ良さについて完全に誤ったというか、80年代のマガジンハウスブームから一切変わっていない、最低にカッコ悪いカッコ良さを追求しているメディアのなんと多いことよ。やや若者向けだが『Rolling Stone日本版』にも弱る。米バックナンバーのインタビューなどは当たり前に秀逸なものも多いが、日本版独自の特集がひどすぎる。ロックをなめているとしか言いようが無い。
 「オヤジ」自体が、そもカッコいいものじゃないので、どうやったってカッコ良く見せるのは困難なのかもしれない。オッサンと若者、どちらがカッコいいかといったら若者に決まっているじゃないか。オッサンのカッコ良さとは、渋みとかいぶし銀とか、知性、ユーモアといったところだろうが、それらはすべて内面、精神の成熟であって、そうしたものを打ち出すならば、ファッションやライフスタイルではなくて、文学や映画、音楽などの芸術、哲学に向うはずだ。タチが悪いのは、そういうものも「これを読んでいると、知っているとモテる」というカッコ悪い手つきで扱っていることだ。
 また、40代とかになると、「自分のため」から「人のため」に、考え方がシフトして来るから、そうなるとここで初めて政治や国際関係、医療・福祉など生活に関わる問題意識も本来の意味で目覚めて来るので、そこら辺への切り込み方も問題になって来る。
 そうしたところをクリアしている秀逸なオッサン・メディアは『en-taxi』、『SIGHT』だと思う。やはり作り手の覚悟の問題だろう。「モテる」と「考える」、どちらが重要か。人それぞれと言えばそれまでだし、並列に考えることがそもおかしい、問いの立て方が粗雑なのかもしれないが、いい年かっぱらって「こうすればモテる」みたいなことを追いかけている様は醜悪で見るに耐えない。というか、「どうすればモテるか」をそんな年で考えているようでは絶対モテない。10〜20代に考え尽くされるべき命題だろう。何ごとにも時機というものがある。

 ちょっと寄り道するつもりが思わず長くなったが戻す。
 現在発売中の『月刊PLAYBOY』9月号、決死の購入に至ったのは、ピーター・バラカンのナイル・ロジャースへのインタビューが至極秀逸なのと、付録でピーター・バラカンが選ぶブラック・ミュージック100選という冊子がついているのが決め手だった。c0005419_143857.jpgピーター・バラカンは自著「魂(ソウル)のゆくえ」をはじめ各所で散々、そういうことをやっていて、ここでも同じことをやっているに過ぎないが、CDというのは古いものでも、時が経つとベストが出たり、未発表トラックが発掘されたり、あるいは廃盤になったりで、ディスクガイドというのはある程度の年ごとに改訂する必要があるのだが、今回の付録は「黒皿名盤 最新市場情報」という意味で重宝する。惜しいのは、すべての解説をバラカンがこなしているわけではないこと。ジャズが省かれていること。あとやはり、媒体の特色上、ブラック・ミュージックの経験値があまり高くない人向けに作られていることで、プラスアルファに乏しい。まあこれはしょうがない。
 とはいえ、この媒体ならではのことでいえば、金を惜しまずバンバン通信社から買っている写真がいい。紙もいい。さらに、鮎川誠、鈴木雅之へのインタビューも載っている。大出版社がやることは派手でいい。が、何度も言うが当たり障りが無い。ブルース・インターアクションズあたりに巨額の資金を預けて作らせたら、とんでもないことになるだろうに。でもそうすると部数が激減するし、タグホイヤーの広告も絶対入らないから、やはりその辺りの採算合わせのバランスは難しい。

ロックのゴッドファーザー、黒人

 己がブラック・ミュージック初体験は、シャネルズ/ラッツ&スター(80〜)だ。音楽的には歌謡曲、ポップスなのかもしれないが、ブラック・ミュージックというのは基本的にポップスだろう。何より鈴木雅之のボーカルはブラックだ。洋楽ではマイケル・ジャクソンの『スリラー』(83)、プリンスの『パープル・レイン』(83)で、白人ロックと同時に、一緒くたにして聴いていた。つまり白人と黒人を分けて聴くことが無かった。自分がローティーンだったせいもあろうが、時代性もあろう。マイケル・ジャクソンとプリンス以外は、好んで聴いていたのは大抵白人なわけだが、白人を選んでいた訳ではなく、耳に入ってくるのが白人が多かったに過ぎない。前述の2作も、プリンスはともかく黒光り度は弱い。
 そんな中、黒人音楽に意識的になったのは、まず、自分が好きなロックの傾向というものを、分析というと大げさだが、少し自分の嗜好を対象化してみたくなったときだ。
 80年代やや後半、高校時分にLAメタルが大ブームで、周囲のロック野郎にはハード・ロックやヘヴィ・メタル好きが多く、きゃつらに対して、俺がそれらを嫌いな理由を論理的に(心の中で)述べる必要に迫られた。
 「黒くない」という答えを発見した時は悦に入ったものだ。俺が好きになるロックの共通点は、黒光りしていることだった。その直感の裏取り作業の中で、黒汁音楽にどでかい影響を受け、それでも黒人のようにはやれない白人の葛藤から生まれたのがロックだったという事実に行き着いた時は、「リンゴが落ちるとは何ごとか」→「万有引力の発見」という、ニュートンの気持ちが少しわかったし、「ユーレカ!」と叫んで息絶えそうになった。
 ロックの陰に常に黒汁出しまくりの黒人がいることは、ジャガーやレノンを筆頭に白人ミュージシャンのフェイバリット・リストを眺めれば一目瞭然で、特にイギリス人に多い。今回のPLAYBOYの記事でも大鷹俊一が書いているようにモッズはその代表で、ザ・フーやスモール・フェイセズ、ポール・ウェラーを絞ると、黒汁がどんどん溢れ出してくることとなり、彼等こそ俺の黒汁案内人であった。
 ピーター・バラカンもその一人だ。60年代のロンドンで少年期を過ごしたバラカンは、当時のロンドン子のご多分に漏れず黒光り音楽に夢中になった。そうした説得力が日本人の批評家と違うところで、彼の書く黒汁本やテレビ、ラジオ番組、講演は、至極秀逸なのであった。ロックの渋谷陽一、ブラックのバラカンというのが、音楽批評界における俺の指針であった(ロックに関しては、渋谷離れ、ロッキング・オンからミュージック・マガジンへのシフトが最近は進んでいるが、これも別の機会にまとめる)。

c0005419_14373549.jpg そんなピーター・バラカンが8月25日(土)に、池袋の「マイルス・カフェ」で、今回のPLAYBOYの特集を受けたトークショーを行なうので、これは行かざるを得ない。

 また、先日、「アトランティック・レコード:60年の軌跡」という秀逸なDVDも出たので、買わざるを得ない。アトランティックについては、本ブログのココに詳しい。

by ichiro_ishikawa | 2007-07-27 13:19 | 音楽 | Comments(0)  

ジャズと俺

 ジャズはたまに聴く音楽だった。

 ルイ・マル『死刑台のエレベーター』のマイルズ・デイヴィス、ジョン・カサヴェテス『アメリカの影』のチャールズ・ミンガス、チャーリー・パーカーの伝記『バード』、ジャズフェスティバルのドキュメント『真夏の夜のジャズ』など、映画から入った。
 つまりサウンド・トラックだ。劇中で流れる音楽の秀逸さは認められたが、それよりも、それらを散りばめた監督あるいは映画そのものの方が重要で、ジャズがジャズそのものとして胸に刻まれたわけではなかった。ロックが生き方そのものに圧倒的な影響を及ぼしてきたのに対し、ジャズはやっぱり環境音楽、趣味の音楽に過ぎなかった。ロックは文学や映画と同様、どう生きるかにかかってきていたが、ジャズは衣食住、つまり生活の糧でしかなかった。

 それがここ数ヶ月、ジャズしか聴いていないのはなぜか。
 いよいよおっさんになったのか。
 元々、ジャズの気配は常に気になっていた。マイルズの『ビッチェズ・ブリュー』『ジャック・ジョンソン』などエレクトリック・マイルズは十分ロックの耳にも響いたし、ヒップホップに引用されるファンキー・ジャズ、ソウル・ジャズの類い、ソニック・ユースの流れでのフリー・ジャズも、ロックとして聴けた。普通に、カッコいい、と。
 また、バンバンバザールの影響で、ジャイヴ、ジャンプ、スウィング、ジャズコーラスの類いもルーツ・ミュージック的に、ロックの魂には容易に響いた。ただ、前述した通り、たまに聴いて「うん、いいじゃん」という程度で、「でも俺はロックだけどね」という注釈が常にあった。
 だが今の、ブームを超えて、自分の核となりつつあるジャズは、いわゆるストレート・アヘッドな4ビートのモダン・ジャズ、とりわけビ・バップ、ハード・バップである。バラッドはちょっとかったるく甘っちょろい気はいまだするが、アップテンポのビ・バップは、非常にスリリングで奥が深く、「鑑賞」に長く耐え得るものだ。このスリルと高揚感、奥深さは、ロックとは明らかに異なる質のものである。ティーンエイジャーでこの世界にハマってしまうと、ジャズ一辺倒になるのは凄く分かる。

 ドラム。ロック・ドラムを中上健次が「太鼓ドンドン」と揶揄したように、ジャズのドラミングは、リズムを支える一方で、まるでメロディを奏でんとしているかのように心地よく面持ちを変えながら、繊細に鳴り続ける。ベースは、ひたすら4ビートで、ウォーキング・ラインを刻み続ける。縁の下の力持ちに徹するそのストイシズムがいい。そのラインはロック・ベースではちょっと考えつかない不思議なものだ。クロマティック・スケールというやつなのか知らんが、とにかく一聴して掴みきれるものではない。その上に乗るのが、ピアノやサックス、トランペット、ギターだが、オーソドックスなビ・バップ・ジャズでは、まずテーマが全体で演奏され、あとは、あるコード進行に乗っ取って楽器ごとにソロ回しが行なわれる。時に応じて、ソロを取っていないときの楽器は、ソリストに間の手を入れたり、フレイズの応酬が繰り広げられる。それらは無論、アドリブであり、ライブはもちろん、スタジオレコーディンクでもテイク毎に全部違う。その、メロディ、コードの崩しや、相手の出方や己が気分によって瞬間瞬間に如何様にも表現されるその演奏は、本当にスリリングなのだが、何と言っても、そのメロディというか、音のラインが素晴らしいのだった。
 ドラムとベースをベースに、その上を自由に泳ぐウワモノは、ロック(ポップス)のプロデューサーは絶対許さないであろう、耳慣れないフレイズを連打していく。そのおかしなメロディ・ラインと分かりにくい構成、一定のアクセントの無いドラムとベースが、ロック/ポップス・ファンを遠ざける理由であろうが、ここの気持ちよさにピタッとハマるとそれが一気に反転して、これぞジャズ!という、興奮が沸き立ってくるのであった。そうなると、人間の歌声や、ロック/ポップスのありきたりなメロディとか音色、リズムが、まるで童謡のように感じられ、まったく聴く気がしなくなってしまう。
 
 97年、あるジャズ評論の大家に、今のロックの凄さを見せつけようと、当時お気に入りだったレディオヘッドの『OKコンピューター』を聴かせたことがあったが、氏曰く「ビートルズみたいだ」と一蹴された。その時自分は、「ビートルズはそりゃ根本にはあるが、そこからかなり深化している」と思っており、氏の年齢から来る頭(耳)の硬直化に飽きれていたのだが、今思うと、氏の「ジャズ」をベースにすると、なるほど、ロックが全部ビートルズに聴こえるというのは真実に思えるのであった。あれは耳、感性の問題ではなく、単なる音楽的な事実だった。逆にロックの耳からすると、ジャズは全部同じに聴こえるのではないか。
 ロックとジャズは、同じポップ・ミュージックとはいえ、何もかもが逆を向いているのだ。リズム、メロディ、ハーモニーといった音楽的要素から、ミュージシャンの態度まで、まったく逆だ。同じブルースを父に持つ、(モダン・)ジャズとロック(R&B、ソウル)は、生き別れた兄弟であり、まったく違う道を歩んでいる。
 
 オッサンになったとは人に言われるまでもなく自分でも感じるが、36には36でしか味わえないものが確実にあり、ここをよりよく味わうことが、今はスリリングで楽しい。逆に今、ジャズが分かってしまった耳で聴く、秀逸なロックは、さらに一層輝きを増して眼前に迫ってきていることもまた事実なわけで、俺はいま実は、アーチー・ベル&ザ・ドレルズの「Tighten Up」で腰をくねらせながら、これを書いている。


マイ・今のヘビー・ローテーション・ジャズ、この10枚(年代順)

c0005419_23111834.jpgNow's The Time / Charlie Parker 1949年
チャーリー・パーカー(as)、ハンク・ジョーンズ(p)、アル・ヘイグ(p)、テディ・コティック(b)、パーシー・ヒース(b)、マックス・ローチ(ds)

ビ・バップの祖、バードことパーカーの代表作。ディジー・ガレスピーとの『バード&ディズ』と並ぶ名盤で、もの凄い勢いで繰り出されるビ・バップ・フレイズの連弾がすげえカッコいい。

c0005419_23281896.jpgGroovy / Red Garland Trio 1957年
レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)

今春、小樽を旅した時、ふと入ったジャズ喫茶の名は「Groovy」。言わずと知れた名盤だが、その喫茶店のすげえいいスピーカーで聴いた4ビート・ジャズがすげえ良くて、俺のジャズ・ハートに火をつけたのだった。

c0005419_23275640.jpgWay Out West / Sonny Rollins 1957年
ソニー・ロリンズ(ts)、レイ・ブラウン(b)、シェリー・マン(ds)

ロリンズの明るさが俺は好きだ。ジャズは難しい顔をせず笑顔で楽しく聴きたい。1曲目の「俺は老カウボーイ」は、バンバンバザールのカバーでもお馴染み。

c0005419_23273188.jpgGiant Steps / John Coltrane 1959年
ジョン・コルトレーン(ts)、トミー・フラナガン(p)、ウイントン・ケリー(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)、ジミー・コブ(ds)

コルトレーンはモードやフリーよりもマイルズとやっていた頃や、ストレートアヘッドの頃が実はいい。本作は非常に黒く楽しい。

c0005419_23134410.jpgFull House / Wes Montgomery 1962年
ウェス・モンゴメリー (g)、ジョニー・グリフィン (ts)、ウィントン・ケリー (p)、ポール・チェンバース (b)、ジミー・コブ (ds)

まさかあれほど蔑視していたジャズ・ギターを聴くことになるとは。本作はライブ盤で、全演奏者がすげえいい。聴きながら「ほれ次お前ソロやれ」と渡されたらどうしようと、いつも緊張してしまう。

by ichiro_ishikawa | 2007-07-21 22:25 | 音楽 | Comments(0)  

バンバンバザール live at まとい亭

 4月14日(土)、千葉市の「くつろぎ処 まとい亭」というカフェエで、世紀の楽団バンバンバザールがライブを行った。JR千葉駅から、より人気(ひとけ)の無い方、無い方へ徒歩5分の所にある「まとい亭」という店は、そばでラジオが甘い歌を優しく歌ってたがお茶とお菓子を前にして一言もしゃべらぬカップルがただ黙って向き合っているような、シャイで素朴であたたかい、小さな喫茶店だ。

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ライブ前の待合室でアメリカに思いを馳せる福島康之

 ライブをやるのはその喫茶店、初の試みだという。普段は数席のテーブル席があるだけの、立ち見も含めて40人ほどしか入らない、こぢんまりとしたスペースに設けられたステージに、まずはオープニングアクトとして、「四人楽団マイナス・イザワイルド・アット・ハート」が登場。四街道で生まれたアリョーシャ・カラマーゾフ、といった風情のボーカル&ヤイリギター、アポロの如き肉体で江頭2:50然とした動きをするフェンダー・ジャズベース、「ごめんなさい」が口癖の少女のような優男カホーンの3人(4人目のギブソンES-335、イザワイルド・マグノリアスはギターをもっと泥臭くせんと米国シリコンバレーで修行中のため欠席とのこと)。そんな彼等が、ジャイブ・トークとは最も遠いたどたどしい前説、正直素人感がまだ拭えない歌と演奏で、ステージを温めた。歌は未熟だし曲もあか抜けないが、バンバンバザールの前座という、神をも恐れぬ愚行とも言われかねない役割を、純粋にストレートにこなしたのは立派だ。もしかしたら大化けするやも知れぬ、とは思わないが、好きなことを続けるがいい。そのうち自信と実力は雪が積もるように静かにそっとついてくるのではないか。

 そして真打ち登場、バンバンバザール。空気を読むのが抜群にうまいバンバンバザールは、その「まとい亭」でしか出来ないライブを作り上げていった。口上10分・曲4分のセットで、全2部+アンコール。愛と笑いと音楽は、こちらの笑顔が追いつかない速度で、疾走した。千葉の片田舎の小さな喫茶店でのそれはまさにプライベートライブといった趣で、かといって演奏がぬるくなるのではない、実に濃密な空間がそこに出来上がった。
 アンコールでは、アコギのピックアップをはぎ取り、マイクをどけ、前代未聞、奇跡の完全アクースティック・ライブを繰り広げたのだった。

以下、超レアなセットリスト

【第1部】
●SWEET SUE
●彼女待ってただけなのさ
●10ドルの恋(憂歌団)

●カカオ ! カカオ ! カカオ !
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

卒業写真(荒井由実)※サビのみ
卒業(斉藤由貴)※サビのみ
贈る言葉(海援隊)※サビのみ
●さくら(森山直太朗)※サビのみ
●今日の日はさようなら(森山良子)※サビのみ

ラップに挑戦したがトーキングブルースどまり、あるいはラップ調フォーク
●ハミーゴ ! NO アミーゴ !!
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

リストラされたおやじが、ゴールデンウィークで休めると喜んでたのにどっちにしろ休みじゃねえか、という歌
●Lonesome G.W. Blues
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

千葉出身の洋楽アーティスト八馬くん(ハッチ・ハッチェル)の曲に日本語詩をつけたという
●Sunday Dog Sunset
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

デカ犬・富士丸の日常を追った人気プログの作者からFAXで依頼を受け作ったという
富士丸チャチャチャ ※さわりだけ

エリックさん特集
チェンジ・ザ・ワールド ※さわりだけ
ワンダフル・トゥナイト ※さわりだけ
ティアーズ・イン・ヘヴン ※さわりだけ
レイラ(デレク&ザ・ドミノズ version) ※さわりだけ
レイラ(エリック・アンプラグド version) ※さわりだけ
富やんのツラと姿勢、そしてアウトロも秀逸な
レイラ(バンバンオリジナル・カントリー version)

【第2部】
●When You're Smilin'(君微笑めば)
●ニューオリンズにて
●ハッとして!GOOD
●恋はねずみ色
●ドライフルーツ・オブ・サマー
海の見える街(魔女の宅急便より)

前座を務めた四人楽団のカホーニスト、カーツ・マッタートニーによる厨房からのリクエスト
●4時間座っていたけれど

●マリアッチ
featuring テキーラ!マルガリータ!トルティーヤ!ハラペーニョ!ナチョスチップス!タコース!タコライース!コロナビーア!ハラペーニョ!ハバネーロ!ミル・マスカラース!ドスカラース!チャボ・ゲレーロ!エディ・ゲレーロ!ルチャ・リブレ!グラン浜田!ペネロペ・クルース!アントニオ・バンデラス!ジェニファー・ロペス!グロリア・エステファンカルロス・サンタナ!マルカーノ!マラドーナカカペレフジモリ大統ー領、フジモリ大統ー領!エル・プレジテンテ!アニータ・アルバラード!、アニータさん、青森住宅供給公社、千田容疑者、消えた14億円、アニータの豪邸、山形刑務所、突然の来日、あの人を愛しているのはわたしだけ

●夏だったのかなあ
●FRIDAY NIGHT エビフライ
●明るい表通りで

【アンコール(完全アクースティック)】
●家庭教師2003
●9月の小雨
見上げてごらん夜の星を(坂本九)
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写真提供:杏中里奈(映画批評家)

by ichiro_ishikawa | 2007-04-21 05:33 | 音楽 | Comments(5)  

俺とディラン

他のすべてを忘れて、キーツやメルヴィルを読んだり、
ウッディ・ガスリーやロバート・ジョンソンを
聴いた方がいい。(ボブ・ディラン)

ボブ・ディランがやっとわかった。
ディランは天才詩人なのだった。

何を今更と訝る向きもあろうが、はたして本当に今更か。

まず天才というのは、詩人にかかる形容ではない。
詩人だが、詩才が特に凄いわけではない。
いや凄いは凄いが、モリッシーやマイケル・スタイプの方がよほど凄い。
つまり、天才で、詩人なのだ、ディランは。

ディランは詩に重きを置くミュージシャンではない。
ずば抜けて歌とギターがうまい詩人なのだ。
実は、歌わなくても、ギターが無くてもいい。本人にとっては。
瞬間的にキラッと輝くが、とりたててアレンジもフックも無い単調な音楽で、
これといった抑揚も無く、8番ぐらいまで歌うディラン。
それは詩こそがすべてだからだ。

天才は、歌とギターと作曲にある。
ディランはすべて直感で創造している。
知的なアーティストというのが、そも誤解であった。
インテリではない。むしろバカなのやもしれぬ。
あれら諸作はすべて思いつきなのだった。鼻歌がそのまま名曲になっちまうのだった。
コンセプトなどない。ジャケットなども適当だ。

そのようにディランを思うと、
すっとディランが己が脳髄だが心だかになじんで来るのが感じられた。

地味で朴訥としてシンプルで、きらびやかなメロディも何の抑揚もない音楽だのに、ぐわっとハートをわしづかみにするとてつもない旋律。何の変哲も無いただのストロークだのに、ざらざらと疾走していくギター、しゃがれた汚いダミ声なのに、きらきらと美しいボーカル。それは戦前の黒人ブルースマンの身も蓋もない直截性、アメリカン・ルーツ・ミュージックの生の肌触りを彷彿とさせるばかりではなく、今にも何処かに駆け出していきそうな性急さと、どこにも行けないという焦燥が混ぜこぜになった、これぞロックという輝きがあるのである。ビートルズやコステロのようなメロディー・メイカーとは確実に違う種類の、作曲家、ギタリスト、そしてシンガーとしての恐るべき才能に、ディランは溢れている。

というわけで、ディラン名曲名演、ベスト5。

13.
Desolation Row
Recorded Aug 2, 1965
from Highway 61 Revisited ; Released Aug 30, 1965

c0005419_216212.jpg『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』から始まるロック化3部作の第2弾『追憶のハイウェイ61』のラストを飾る名曲。10番まである大作だ。邦題は「廃墟の街」。ニョーヨークの街を走るタクシーの中で書いたという。ディランの詩、ボーカルとハーモニカ、どれもすさまじく、リリカル。さらに特筆すべきは、マイク・ブルームフィールドのギターだ。当時ポール・バタフィールド・ブルース・バンドの一員だったブルームフィールドは、このアルバムで大活躍を見せるが、ディランから誘われたツアーへの参加は固辞。「みんな大スターになるんだろうな。でも僕はただブルースをやりたいだけなんだよ……」と言い残して去ったという。ブルームフィールドについてはこのサイトに詳しい。


12.
Love Minus Zero/No Limit
Recorded Jan 14, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgロック化3部作の第1弾『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』収録。これまで言わば「一元的な」歌を歌ってきたが、今回は「三次元的な」ものにしようと思い、象徴的な表現も多く使って多層的な歌を書いたとは、本人の弁。美しく切ない珠玉のラブ・ソングだ。



11.
Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again
Recorded Feb 16, 1966
from Blonde on Blonde ; Released May 16, 1966

c0005419_2141886.jpgロック化3部作の第3弾にして、ロック史上初の2枚組アルバムにして、名盤中の名盤と名高い『ブロンド・オン・ブロンド』収録。このジャケットのディランの髪形に誰もが憧れたが、日本人には無理だった。1-6-4-5のコード進行の中、1のCsus4、5のG 11thが効いたすげえナンバー。ひとつのパターンを繰り返すだけのギター、ボーカルがとんでもない。


10.
Mr. Tambourine Man
Recorded Jan 15, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgバーズによるカバー・ヴァージョンの方が有名な傑作。天然のディランは、バーズのカバーを聴いて、「お、きゃつらもいい曲作るな」と言ったとか言わなかったとか。


9.
One of Us Must Know (Sooner or Later)
Recorded Jan 25, 1966
from Blonde on Blonde ; Released May 16, 1966

c0005419_2141886.jpgバックはザ・バンド(当時はホークス/ドラムは、ミッキー・ジョーンズ)。


8.
It's All Over Now, Baby Blue
Recorded Jan 15, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgアクースティック・ギターとハーモニカによる弾き語りに、アクセントでさりげなく入るエレクトリック・ギターがいい。とてつもないハーモニカを聴かせるブートレグvol.4『ライブ・アット・ロイヤル・アルバートホール(Live 1966)』(実際はマンチェスターのフリー・トレード・ホールの公演)でのバージョンもいい。


7.
All Along the Watchtower...
Recorded Nov 6, 1967
from John Wesley Harding ; Released Dec 27, 1967

c0005419_216515.jpgジミ・ヘンドリックスによるカバー・ヴァージョンも有名な傑作。ジミヘンのカバーを聴いて、「お、奴もいい曲作るな」と言ったとか言わなかったとか。前述の「タンブリンマン」といい、いずれもカバーの方がいいのだが、とすると、ディランは名デモ・テープ家ともいえる。ザ・バンドとの共演アルバム『Before The Flood』でのバージョンは、ロビー・ロバートソンの疾駆ギター、リヴォン・ヘルムの踊るドラミングが素晴らしい。


6.
Blowin' In The Wind
Recorded: Jul 9, 1963
from The Freewheelin' Bob Dylan ; Released: May 27, 1963

c0005419_2155926.jpgシンプル・イズ・ベストの代表的名曲。これだけで一生食える。「答えは風の中」というサビのフレーズも、そんな大したフレーズではないが、ゴロがいいのが何より。「Yes'n〜」というのは、「そう、で」と訳すといい。前述したザ・バンドとの共演アルバム『Before The Flood』でのアップ・バージョンも秀逸。


5.
Subterranean Homesick Blues
Recorded Jan 14, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgビデオクリップも秀逸な元祖ラップ。


4.
Hurricane
Recorded Oct 24, 1975
from Desire ; Released Jan 16, 1976

c0005419_2134752.jpgディラン一流のパンク・ロック。ニューヨーク・パンク、ピストルズが爆発する直前に、ローリング・サンダー・レビューと並行して、ディランはこのパンクを放っている。8分34秒、11連の詩からなる大作で、最初は、1975年11月にシングルのA面 、B面に分けてリリースされた。ディランの鬼気迫る叩きつけるようなボーカル、かき鳴らすギター、これまた攻撃的なスカーレット・リヴェラの飛び交うバイオリン。1966年6月17日に起こった殺人事件の容疑者として逮捕された、黒人プロボクサーのルービン・ハリケーン・カーターの冤罪を主張した歌だ。アコースティックギターのカッティングではじまり、リズムセクションが加わり、ジプシー・ヴァイオリンの哀調を帯びたメロディーが絡んでくるといよいよこれはただ事ではなくなる。


3.
Tangled Up In Blue
Recorded Dec 30, 1974
from Blood on the Tracks ; released Jan 20, 1975

c0005419_2145629.jpg邦題「ブルーにこんがらがって」は名訳。シンプルな力強さに満ちている。


2.
Like a Rolling Stone
Recorded Jun 16, 1965
from Highway 61 Revisited ; Released Aug 30, 1965

c0005419_216212.jpgアル・クーパーの偶然のオルガンが、何か素晴らしいことが起こるという胸騒ぎを掻き立てる。C-D-E-F-Gというだんだんと上がっていくコード展開も、高揚感を誘う。「Rollin' Stone」という言葉は、マディ・ウォーターズの曲が初出のようだが、それを拝借してバンド名に冠したストーンズ、そしてこのボブ・ディラン、さらにカウンター・カルチャー誌として出発したヤン・ウェナーの雑誌のタイトルとなり、もはやロックの代名詞となったが、この曲ではむしろ「How Does It Feel ?」の方が重要だ。マーティン・スコセッシは、この曲が爆発する瞬間をハイライトにした長尺ドキュメンタリー『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』を2005年に作った。


1.
I Want You
Recorded Mar 9, 1966
from Blonde on Blonde ; Released May 16, 1966

c0005419_2141886.jpg1-3-6-5-1の黄金のコード進行でギターリフが展開していくポップチューン。だがそんなコード進行を意に介さないボーカルライン。この組み合わせが単なるポップソングに括られない、ロックの輝きを放つ。「傷つけたりけなしたりすることでなく、勇気の出るようなことを言ってくれ」というディランらしく、不穏なボーカルながら音楽全体がキラキラしていて素晴らしい。

by ichiro_ishikawa | 2007-04-11 02:21 | 音楽 | Comments(0)  

アトランティックR&B 後編(1960-72)

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ソウルの時代 スタックス&マッスル・ショールズ

 レイ・チャールズのメジャーABCパラマウントへの移籍、ビートルズを初めとするロックの台頭などを受け、ビジネス的にも目敏いアーテガンは、白人アーティストの獲得、育成に力を注ぎ出す。
 そんなアーティガンに対し、ウェクスラーは黒い音にこだわり続けた。メンフィスでカーラ・トーマスの「Cause I Love You」が流行っていることを知り、その制作レーベル、スタックスに近づき、全国配給の契約を申し出る。その後、同じく南部のマッスル・ショールズとも契約を交わし、ソウル・ミュージック全盛期を生み出す事になる。60年代アトランティックR&Bとは、イコール、スタックス、マッスル・ショールズR&B、ソウルである。

7.
「Green Onions」Booker T. & The MG's
(Jones-Dropper-Jackson-Steinberg 1962)

c0005419_1823335.jpgスタックスの録音のほとんどのバックバンドを務めたのが、ブッカー・T & The MG's(M.G.'sとはメンフィス・グループの略)で、その最初のヒット曲が、映画『さらば青春の光』でもお馴染みの「グリーン・オニオンズ」。メンバーはブッカー・T・ジョーンズ(key)、スティーヴ・クロッパー(g)、ドナルド“ダック”ダン(b)、アル・ジャクソン(dr)の白人黒人混成グループだ。


8.
「Mercy, Mercy」Don Covay
(Covay & Miller 1964)

c0005419_18241429.jpg 黒いミック・ジャガー、というか、ミック・ジャガーが強い影響を受けたのがこのドン・コヴェイ。コヴェイはアトランティックのソウル・シンガーたちに楽曲提供もしていたソングライターでもある。ローリング・ストーンズがカバーした「Mercy,Mercy」を筆頭に、スモール・フェイセズもカバーした「Take This Hurt Off Me」や、グルーヴィな「See-Saw」「Sookie Sookie」など傑作ぞろい。グルーヴィR&Bの最高峰。


9.
「I've Been Loving You Too Long」Otis Redding
(Redding & Butler1965)

c0005419_18244573.jpgスタックス最大のスターにして、ソウル・ミュージックというものの体現者、ソウルの代名詞とも言えるのがオーティス・レディング。26歳で航空機事故で急逝するまで、とんでもないソウルを連発した。ピーター・バラカンも言う通り、アップのノリの良さ、バラードの説得力、どれをとってもいう事なしだ。サム・クックと並ぶソウルの横綱。


10.
「When A Man Loves A Woman」Percy Sledge
(Lewis & Wright 1965)

c0005419_18251738.jpgスタックスと双璧を成す南部のR&B/ソウルレーベルがマッスル・ショールズのフェイムで、ダン・ペンやスプーナー・オールダムといった黒人大好き白人ミュージシャンを作家陣にもつ。誰もが知っているこの傑作ソウルバラードは、マッスル・ショールズ録音だが、1%のキックバックで経営者のリック・ホールがアトランティックからの発売にこぎ着け、南部にマッスル・ショールズありと知らしめた。


11.
「Land Of 1000 Dances」Wilson Pickett
(Kenner & Domino, Jr 1966)

c0005419_18255819.jpg不世出のソウル・シンガー、ウィルソン・ピケット。60年代初頭に数々のスター・シンガーを輩出した名門グループ、ファルコンズのリード・シンガーを務め、その後ソロに転向し、Double-Lでシングルを出した後、アトランティック入りした。当初はヒットに恵まれず、スタックスに詣で、「In The Midnight Hour」という傑作を生み出す。だが、ピケットとスタックスの面々は、性格的にソリが合わなかったらしく、ピケットはマッスル・ショールズへ出向く。そこで、Chris Kennerのいまいち冴えない曲をエキサイティングに仕上げたこの「ダンス天国」や、「634-5789」等の珠玉のミディアムなどを連発したのだった。


12.
「Soul Man」Sam & Dave
(Hayes & Porter 1967)

c0005419_18263326.jpg「これぞStax!!」なパワフル・ソウル・デュオ、サム&デイヴは、アトランティック側からスタックスに送り込まれた最強の刺客。高音担当のサム・ムーアは昨年新作をリリースし、ダイナマイトぶり健在!を見せつけた。この「魂男」のほか、「ちょっと待って、今行くから」など大ヒット曲多数。ディープ/サザン・ソウルを語る上で外せないデュオだ。また、サム&デイヴの曲は、映画『黒いジャガー(シャフト)』でお馴染みのアイザック・ヘイズと、デイヴィッド・ポーターが主に手掛けているという事も知っておく必要、大アリだ。


13.
「I Never Loved A Man (The Way I Love You)」(Ronnie Shannon 1967)
「Do Right Woman, Do Right Man」(Moman, Penn 1967)
Aretha Franklin

c0005419_1827161.jpg いわずもがなのソウル・クイーン、アリーサ・フランクリン。ゴスペルあがりのその歌唱は、まさにソウルフル。ものすげえ。アトランティックは66年に大手コロムビアから契約を買い取り、ウィルソン・ピケットに続いてこのアリーサをマッスル・ショールズに送り込んだ。マッスル・ショールズの田舎者の面々はアリーサなんて知らなかったが、黒人音楽フリークのダン・ペンは流石にアリーサに眼をつけており、仲間たちに「凄いのが来るから覚悟しとけよ」と言っていたという。アリーサはマッスル・ショールズで数曲傑作を残すが、現場のミュージシャンによる「アリーサのケツ触り事件」を機に、マッスル・ショールズを離れる。こうしたブラックミュージック裏話やスタックス、マッスル・ショールズ設立〜終焉までのストーリーは極めて面白い。それらは、「リズム&ブルーズの死」(ネルソン・ジョージ)、「スウィート・ソウル・ミュージック」(ピーター・ギュラルニック)、「魂(ソウル)の行方」(ピーター・バラカン)に詳しい。


14.
「Soul Finger」The Bar-Kays
(King-Jones-Cunningham-Caldwell-Alexander-Cauley-Christian 1967)

c0005419_18272965.jpg バーケイズの傑作パーティー・チューン「ソウル・フィンガー」。バーケイズは、スタックスのハウス・バンドとしてそのキャリアをスタートさせ、オーティス・レディングのバックなどで活躍していたが、67年12月9日、そのオーティスを乗せた航空機がマディソン州モンタナ湖に墜落。同乗していたバーケイズも6人中4人のメンバーを失った。ソウル史上、最悪の悲劇である。


15.
「Tighten Up」Archie Bell & The Drells
(Bell-Butler 1967)

c0005419_18275392.jpg Y.M.O.のカバーでもお馴染みの、フロア・クラッシックとして名高い名曲「ッタイヌナッ」。激烈にカッコいい。


16.
「Sweet Soul Music」Arthur Conley
(Conley, Redding, Cooke 1967)

c0005419_18282724.jpg オーティス・レディングによって見出されたシンガー、アーサー・コンリー。このオーティスのペンによるサザンソウルの名作「スウィート・ソウル・ミュージック」は、ワクワクさせられるイントロのホーンに始まり、熱いボーカル、タイトにビートを刻むバックの演奏と、全てが完璧。


17.
「The Ghetto」Donny Hathaway
(Hathaway-Hutson1969)

c0005419_18285217.jpg 60年代後半から70年代は、キング牧師の暗殺、公民権運動、泥沼化するベトナム戦争といった社会的な影響によって、ソウル・ミュージックが変容を遂げていった過渡期である。ノーザン・ソウルの雄、モータウンからはスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイがシリアスな傑作を連発し、アトランティックからは、このドニー・ハサウェイがいわゆる“ニュー・ソウル"を発展させる。ジャズ上がりの知的さを備えるが、グルーヴィでフォンキィなリズム、ソウルフルなヴォーカル、随所で美しい旋律を奏でるエレピ、どれをとっても素晴らしい。


18.
「Clean Up Woman」Betty Wright
(Clarence Reid/Willie Clark 1971)

c0005419_18291439.jpg68年、若干13歳でデビューしたベティ・ゥライト。「ソウル・マン」風のこの「Clean Up Woman」、そして語りも良い「Tonight The Night」といった傑作も外せない。


19.
「Killing Me Softly With His Song」Roberta Flack
(Fox/Gimbel 1972)

c0005419_18293542.jpg ドニー・ハサウェイとの共演も素晴らしいロバータ・フラック。アリーサや、アーマ・トーマス、グラディス・ナイトといったソウルはないけれど、内省的で、ブルース/ジャズ/ゴスペル/フォーク/クラシックの要素を独自のクールな視点で昇華させたテイストは、すごくいい。


 この辺りを最後に、アトランティックのリズム&ブルーズ/ソウルは、死んでいく。それに取って代わるのが、アーテガンが押し進めて来たロック路線で、クリーム、エリック・クラプトン、イエスといったイギリス勢、バッファロー・スプリングィールド、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、そしてレッド・ツェツッペリンでばく進し、遂にはローリング・ストーンズを獲得、『メインストリートのならず者』をリリースするのであった。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-13 05:30 | 音楽 | Comments(0)  

アトランティックR&B 前編(1947-60)

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 池田晶子さん急逝のショックで悲しみに明け暮れているが、いつまでも喪に服しているわけにもいかない。前々回の原稿を機に異様に盛り上がってしまったアトランティック熱がいまだ収まりきらないので、私なりの鎮魂歌として、そのベストテンを、今回はカウントダウン方式でなくクロニクルとしてレーベルの歴史とともに述べていこうと思う。
※1955年からのジャズ部門、60年代後半からのロック部門は省き、R&Bに特化して記述。

1.「Mardi Gras In New Orleans」Professor Longhair
(Professor Longhair 1949)

c0005419_2391537.jpg1949年、南部への旅
 アトランティック・レコードは、1947年10月、在米トルコ大使を父に持つアーメット・アーテガンが、ナショナル・レコードのプロデューサーであったハーブ・エイブラムスンとともにニューヨークで設立した。アーテガンは、父親がヨーロッパ在任中に、生で聴いたキャブ・キャロウェイやデューク・エリントンに感動し、兄のネスヒ・アーテガン(L.A.でのレコード店経営を経て、アトランティックに参加、ジャズ部門を支える)と共にアメリカの黒人音楽に夢中になっていったのだった。
 設立から2、3年の間はヒットが出なかったが、その間、アーテガンは相棒のエイブラムスン、作曲家のジェシー・ストーンと、よりダウン・トゥ・アースな音を求め南部巡礼を行なっており、49年、ニューオーリンズで、このプロフェッサー・ロングヘアー(1918-1980)を見い出し、録音した。そのうちの最高傑作がこの「Mardi Gras In New Orleans」。左手でへヴィなシンコペーションを叩き出し、右手がその間を縫うように跳ね回るニューオーリンズ・ピアノがすごい。長髪教授はその後、心臓発作や肝硬変といった度重なる病気のため一時、音楽活動から離れざるを得なくなり、遂にはレコード店の掃除夫で生計を立てるまでになったが、71年「第2回ニューオーリンズ・ジャズ・アンド・ヘリテッジ・フェスティバル」への出演を機に、再評価の嵐が吹き荒れる。アーニー・K・ドゥ、アラン・トゥーサン、ファッツ・ドミノ、ヒューイ・ピアノ・スミス、ドクター・ジョン、ネヴィル・ブラザースへ、その血は受け継がれている。


2.「Daddy Daddy」Ruth Brown
(Rudy Toombs 1952)

c0005419_2394019.jpg 初期アトランティックを支えたのが、このルース・ブラウン(1928- 2006)。1948年にアーテガンとエイブラムソンはニューヨークから自動車でワシントンに出向き、ナイトクラブで歌う彼女の歌を聴いて契約を決めた。ルースの歌う曲はたいてい大衆的なバラッドが中心だったが、アーテガンはR&Bへの転向を彼女に説得した。
 ルース・ブラウンは、1949年「So Long」でデビュー。ヒットとなり、1950年にリリースしたルディ・トゥームズ作曲の「Teardrops from My Eyes」は、「ビルボード」誌のR&Bヒットチャートの1位を11週連続で占め、R&B歌手として地位を確立した。彼女のレコードは、1949年から55年にかけてR&Bレコードチャートトップ10に149週間にわたりチャートイン。それら16曲のうち5曲は1位を記録。ルースはアトランティック・レコードの看板歌手として活躍し、社のビルは「ルース御殿」とまで呼ばれた。R&BとはRuth Brownの頭文字から取られた! とまで言う大げさな輩も。


3.「Mess Around」Ray Charles
(A. Nugetre 1953)

c0005419_2310455.jpg 黒い音楽を追求するため、南部を巡り、ハーレムに通い続けていたアーメットと仲間たちは、52年、レイ・チャールズを獲得した。映画『Ray』によると、ナット・キング・コール風の甘いピアノ弾き語りを得意としていたレイに、強烈なR&Bビートを吹き込んだのは、アーテガンのようだ。この「Mess Around」の作者名は、アーテガンのペンネーム(Ertegunの綴りを逆さにしたもの)で、まさにキング・オブ・R&B、レイ・チャールズの生みの親と言っていい。
 レイはその後、「I Got A Woman」(Ray Charles 1954)「Hallelujah, I Love Her So」 (Ray Charles 1955)、「What'd I Say (Parts 1&2)」 (Ray Charles 1959)と名曲を連発し、結果、米大手ABCに引き抜かれてしまうが、レイのキャリアの音楽的黄金期はアトランティック・イヤーズであろう。


4.「Money Honey」Clyde McPhatter & The Drifters
(Stone 1953)

c0005419_23101933.jpgジェリー・ウェクスラー登場
 1953年は、アトランティックの第一の転機だ。アーテガンの片腕ハーブ・エイブラムソンが陸軍召集で経営から一時離脱。そこで経営陣に加わったのが、「ビルボード」誌の記者だったユダヤ系青年ジェリー・ウェクスラーだ。ウェクスラーは、黒人音楽を指す差別的な呼称「レイス・レコード」を「リズム&ブルース」に変えた人物とされる。彼が最初期に育てたのが、このクライド・マクファーター率いるザ・ドリフターズだ。この頃から、ピアニスト兼アレンジャーのジェシ・ストーン、エンジニアのトム・ダウドといったアトランティックの黄金スタッフによる大全盛期が始まる事になる。


5.「Yakety Yak」The Coasters
(Leiber - Stoller 1958)

c0005419_23103359.jpgリーバー&ストーラー登場
 アトランティックの歴史で絶対に外せないのが、コースターズ、ドリフターズと言った黒人コーラス・グループの存在で、その裏には、ジェリー・リーバー&マイク・ストーラーといった黒人音楽大好きの白人名ソングライティング・コンビがいた。55年、アーティストが増えすべてに手が回らなくなったアーテガンとウェクスラーは、スパーク・レコードからこの2人を引き抜く。ブラックの粘っこいノリに白人のポップな感性をまぶしたリーバー&ストーラーの楽曲群は、まさにアーテガンが求めていた音楽だった。コースターズ by リーバー&ストーラーは、この「Yakety Yak」の他にも、「Searchin'」 (1957)、「Young Blood」 (1958)、「Charlie Brown」 (1958)、「Poison Ivy」 (1959)と、珠玉のポップ・ナンバーを連発する。ちなみに、リーバー&ストーラーの下で見習いで働いていたのが、後に大プロデューサーとなるフィル・スペクターである。


6. 「Save The Last Dance For Me」The Drifters
(Pomus-Shuman 1960)
「Stand By Me」Ben E. King
(King & Glick 1960)

c0005419_23105492.jpg 1958年、クライド・マクファターに代わり、ベン・E・キング(1938-)がドリフターズに加入する。「Dance With Me」(1959)、「This Magic Moment」 (Pomus-Shuman 1960)などのヒットを輩出し、1960年、この必殺の「ラストダンスは私に」を放った。作詞作曲は、ブリル・ビル・ポップのドク・ポーマスとモート・シューマン。ベン・E・キングはこの曲を最後にドリフターズを脱退しソロ歌手に転向。すぐさま傑作「スタンド・バイ・ミー」をリリースした。ジョン・レノン『ロックン・ロール』(75)でのカバーを出さずとも言わずもがなの名曲だ。


次回、後編は、いよいよアトランティックがあのスタックスに……!

by ichiro_ishikawa | 2007-03-04 23:29 | 音楽 | Comments(0)  

驚愕のアトランティック

 ロック好きで黒人音楽が嫌いな人はいないのだけれど、ロックという入り口から音楽の深い森にはまりこんでいった人間にとって黒人音楽の教科書は、ピーター・バラカンと、そして、アトランティック・レコード(スタックス、マッスル・ショールズや、アトコなどサブ・レーベル含む)のはずだ。
 昨年、鬼籍に入った偉大なるブロデューサー、アーメット・アーティガンへの追悼と、奇しくも創立60周年ということで、今、世界は、大アトランティック・ブームに沸いており、右を向いても左を向いても、どのチャンネルつけても、アトランティック一色なわけだが、さすがに『レコード・コレクターズ』も特集を組んで来た。
 記事は、アトランティックの歩みとアトランティック名盤200なのだが、この200枚は、R&B/ソウル/ジャズ/ロックの名盤200と、ほぼ一致してしまう事が発覚した。
 アトランティックは、今は実は終わっていて普通のメジャーレーベルだが、50〜70年代は恐ろしくとんでもなかった。R&B/ソウル/ジャズ/ロックの、まさに宝庫だ。実は本稿では、「アトランティック、この10枚」をやろうとしてペンを取ったのだが、選定前恒例の「i-Tunesプレイリスト作り」の段階で優に100曲を超えてしまったので、頓挫した(至福の時ではあった)。
 ざっと挙げてみると、
【ジャズ】
ジョン・コルトレーン『Giant Steps』『My Favorite Things』、チャールズ・ミンガス『直立猿人』、オーネット・コールマン『Free Jazz』『ジャズ、来るべきもの』、 ローランド・カーク『溢れ出る涙』、モダン・ジャズ・クァルテット
【ソウル/R&B】
レイ・チャールズ、ドリフターズ、コースターズ、オーティス・レディング、サム&デイヴ、アリーサ・フランクリン、アーチー・ベル&ザ・ドレルズ、アーサー・コンリー、ウィルソン・ピケット、ロバータ・フラック、ダニー・ハザウェイ
【ニュー・オーリーンズ】
プロフェッサー・ロングヘアー『Proffessor Longhair』、Dr.ジョン『Gumbo』
【ロック】
バッファロー・スプリングフィールド、CSN&Y、スティーブン・スティルス、マナサス、ラスカルズ、ローリング・ストーンズ『Exie on the Mainstreet』、ロクシー・ミュージック『Street Life』、デレク&ザ・ドミノス『Layla』、イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、レッド・ゼッペリン

 と、特に調べもせずにこれだけ名盤が溢れ出て来る。ちゃんと調べたら、どんだけ「名盤」が出てくるんだっていう。しかもジャケット写真と一言批評を添えなければならず、そうなるとどれだけ時間がかかるんだっていう。それなら本作るよっていう。

 レーベルの詳細は、現在発売中のレコード・コレクターズと、「スウィート・ソウル・ミュージック—リズム・アンド・ブルースと南部の自由への夢」 ピーター・ギュラルニック「魂(ソウル)のゆくえ」ピーター・バラカンオフィシャル・ウェッブサイウィキペディアに悔しいが譲る。
 そこで、一枚だけあげるとしたら、やはりこれだ。

『Atlantic Rhythm & Blues 1947-1974 [Box set] 』Various Artists
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 1枚とはいえ、8枚組。ジャズとロックは外れているが、これは、本当にすげえ。12,257円だが、1日か2日、日雇いをやれば買える。
 日雇いを強力に勧める。もとい、一聴を勧める。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-02 03:26 | 音楽 | Comments(0)  

バンバンバザール 地下鉄ライブ

バンバンバザール・ライブ
『メトロ・ミュージック・オアシス 10』

2007年1月19日(金) 東京メトロ銀座駅内コンコース「銀座のオアシス」

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 2004年から始まったというこの東京メトロ内・音楽ライブ企画は、これまで、ゴンザレス鈴木、矢堀孝一、菅沼孝三、新澤健一郎、音川英二、鼓童、西脇辰弥、土岐英史、高橋ゲタ夫率いるゲタイート・ジャズラティーノ、ゲタイート・デル・ソン、といったジャズ/フュージョン、ラテン、ブラジル、はたまたカントリーと、まあ、渋いというか地味なラインナップで来ていたところだが、これらのミュージシャンは「ジャズライフ」誌における常連アーティストたちで、例えば「ザテレビジョン」におけるSMAPみたいなものだということを知っておくのはいいことだ。
 それはさておき、10回目となる今回、バンバンバザールに白羽の矢が立ったわけだが、バンバンバザールは、何といっても根っこにジャイブ感覚があるわけで、下手な芸人よりよほど面白い話芸が見せ場の一つだった。そも一番最初にバンバンバザールを知った時、音楽よりも何よりもまず、MCというか、その「話芸」に惚れたのだった、ということを思い出させるに十分な粋なライブだった。ポカスカジャンも嫉妬する、そのベシャリは今回も冴え渡っていた。ハイライトは、「マリアッチ」の間奏、メキシコ関連単語50連発だったので、ここに羅列すべきなのだが、失念した。言い訳はするまい。メモを取るよりその場を楽しむ方を優先させた次第だ。録音なんて野暮なことも当然しておらん。
 今回のライブの特筆すべき点は、オーディエンスがバンバンバザールのファンとは限らないというところにあり、ファンでないところかライヴ客でもない、さらに通勤帰り、あるいはクライアント回りの最中といった、要するにバンバンライブとはまったく無関係な連中が相手というところだ。
 それに伴い、トーク内容と選曲が、一般大衆(a.k.a.ブタ野郎)向けになっているということだ。ファンに通じる、ある種マニアックなトーク、選曲を披露するということは、ある意味で易しい。気まぐれで、聞いてるのか聞いてないのか分からない、もっと言えば、バンドに関心を持っていない、さらに言えば、バンドを斜めから穿って見やがるような輩に向けて、トークや音楽を奏でるという状況ほど、厳しいものはない。
 そんな高いハードルを、バンバンバザールは易々とクリアしてしまう。「外タレか」という平均身長180cmにして、酸いも甘いもかみ分けた百戦錬磨の猛者であるバンバンバザールにとっては、ハードルですらなかったのやも知れぬ。
 ライブ後は、いす席の周りには、これまでバンバンとは縁の無かったような連中でごった返し、CDが飛ぶように売れ、サイン会も盛況。実に有意義なイベントであった。すわ、メジャーブレイクも間近か!? と思わせる、バンバンバザールにとってターニングポイントになるであろうライブであったことは間違いない。

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1st stage (16:20-17:10)

1.君微笑めば
('04年『夏はあきらめた』収録)
2.ニューオリンズにて
('94年『リサイクル』、'01年『スゲ・バン・バ!』収録)
3.月光値千金
('94年『リサイクル』収録)
4.恋はねずみ色
('05年『十』収録)
5.彼女待ってただけなのさ
('94年『リサイクル』、'99年『4』収録)
6.新宿駅で待ってた
('94年『できました』収録/'00年シングル)
7.ハッとして!GOOD
('80年 田原俊彦/作詞・作曲:宮下智/'04年『夏はあきらめた』収録)
8.小さな思い出
('67年サントリービールCM曲/作詞作曲:浜口庫之助)
9.明るい表通りで
('94年『リサイクル』、'05年『十』収録)
10.世紀の楽団
('94年『リサイクル』収録)

2nd stage (18:00-19:00)

11.スウィングしなけりゃ意味ないね
(bootleg収録)
12.プリーズ・ドント・トーク・アバウト・ミー
('97年『歌は廻る』収録)
13.スウィート・ハニー・ビー
('99年『4』収録)
14.シュラ
('01年『スゲ・バン・バ!』収録)
15.恋人よ我に帰れ
('95年『できました』収録)
16.セーラー服と機関銃
('81年 薬師丸ひろ子 作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:星勝)
17.銀座カンカン娘
('49年 高峰秀子 作詞:佐伯孝夫/作曲:服部良一/編曲:坂下滉)
18.家庭教師2003
('03年『ジェントルマン』収録)
19.マリアッチ featuring アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、ジェニファー・ロペス、中川政調会長、宗男、菅原道真
('05年『十』収録)
20.夏だったのかなあ
('99年『4』収録)
21.FRIDAY NIGHT エビフライ
('99年『4』収録)
22.明るい表通りで
('94年『リサイクル』、'05年『十』収録)

encore
23.<銀座駅長との茶番劇>
24.世紀の楽団
('94年『リサイクル』収録)

by ichiro_ishikawa | 2007-01-22 23:50 | 音楽 | Comments(1)  

カウントダウン・マガジン vol.7

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 ロックな女。というと語義矛盾を感じる程、ロックというのは男特有のものだ。言うまでもなく、ここでのロックとは、音楽の形態ではなく、“居方”を指す。世界を見渡してみて、やはり女性でロックは少ないという事実に面接した。
ロックな女の条件とは、1.セクシー 2.かっけえ 3.ドラッギー 4.アルコホリック 5.ケンカがつええ 6.退屈するとちゃんと浮気する 7.ダンサブル 8.気違い 9.堕天使 10.フリーダム 11.ノーパン
 以上すべてを満たしつつ、かつそんな理屈を軽々と乗り越えて、傍若無人、破天荒に、中指立てて突き進む、愛すべきロックンロール・ビッチ、この10人。


6.
Chara(1991〜97)

c0005419_15404745.jpgデビューから、ストリート・スライダーズ土屋公平との991/2、『Junior Sweet』、「Duca」あたりまでのCharaは凄まじい。浅野忠信と結婚してしばらくは、ロックだったが、子供が生まれてロックじゃなくなったのが残念。母性愛が目覚めるとロックは死ぬ。

5.
山下久美子(1980〜88)

c0005419_15405997.jpg布袋寅泰を見い出し結婚して2年間、最強にロックだった。その様は布袋と松井恒松、ルースターズ池畑潤二を従えたライヴアルバム『Act Less』『Stop Stop Rock’n’Roll』に凝縮されている。BOφWYの「ダウンタウン・シャッフル」(’86年『Beat Emotion』収録)の「Busy !」の声を聴いただけでもその凄さはわかろうというもの。

4.
キム・ゴードン(1981〜)

c0005419_15411262.jpgパティ・スミスと結婚するためにニューヨークに出てきたサーストン・ムーアがパティ・スミス以上に強烈なロック女を発見、結婚に至った、その人。もはやかなりの年にもかかわらずボディ・コンシャス的ミニを身に纏う姿も秀逸。デザイン方面に手を染めるなどサブカル的な動きをしても、ロックでいられるその居方はすげえ。

3.
ポーリー・ジーン・ハーヴェイ(1991〜)

c0005419_15412518.jpg素晴らしいギターを鳴らす希有な女。ブスなのに露出趣味高く、アーティスト的な位置に行ける実力がありながら、ロックで居続ける。リズム&ブルースの土感覚が根底にあり、情念的でありながらクール。なによりその音楽の精度の高さが、凡百のパンクねえちゃんと一線を画す。

2.
コートニー・ラヴ(1989〜)

c0005419_15413874.jpgカート・コベインが惚れた女。コベイン死後、娘・フランシスを女手一つで育てるが、愛情はともかく、やはりフランシスは2の次、ロックという性癖から逃れることは出来ていない。モニターに片足を引っかけ、ノーパンでギターをかき鳴らしながらうなり声をあげる姿に、世界は悲鳴をあげた。c0005419_17391087.jpg

1.
Lovefoxxx(2003〜)

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彗星のごとく現れたブラジル産ロックの女王。やっている音楽はエレクトロ・ポップであるが、そんなことはどうでもいい。一挙手一投足がロック、遂にコートニーを超えるロックな女が登場した。


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CSS (Cansei de Ser Sexi) live at Shibuya DUO
16th Jan. 2007

1.CSS SUXXX
2.ALALA
3.FUCK OFF IS NOT THE ONLY THING YOU HAVE TO SHOW
4.MEETING PARIS HILTON
5.THIS MONTH, DAY 10
6.ALCOHOL
7.ACHO UM POUCO BOM
8.OFF THE HOOK
9.ART BITCH
10.MUSIC IS MY HOT, HOT SEX
11.LET'S MAKE 'N' LISTEN TO DEATH FROM ABOVE

encore
1.PATINS
2.PRETEND WE'RE DEAD (cover song of L7)


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by ichiro_ishikawa | 2007-01-15 00:14 | 音楽 | Comments(1)