カテゴリ:音楽( 431 )

 

福島康之の音楽教養講座(実演付き)


c0005419_15210658.jpg


下北沢に住居と仕事場を構える友人の粋な計らいで「空飛ぶこぶたや」での福島康之ギグ「福島 丸山のライブ【実家に帰らさせていただきます 下北沢編」】」を滑り込み鑑賞。
今回は丸山朝光(vo.Banjo/ハチャトリアン楽団)とのデュオ。
「ロニー・ジョンソン&エルマー・スノーデンのアルバムをなるべく再現する」といふ隠れテーマで、様々なるジャズ、ブルーズのスタンダードナンバーを、ロニー・ジョンソン&エルマー・スノーデン的解釈で奏でるといふ激シブ・マニアックな試みであり、キャパ10数人の小屋ならではの、好きな曲を勝手に演奏してみるといふ、ツアーの仕込み風、自宅セッション的ギグであつた。

「大抵どの曲も同じコード進行なので間奏で何の曲かわからなくなるシリーズ」の開陳や、「Beneath」や「Dawn」といつた語彙の斡旋の妙、好きだ云々よりハードストーキングやDV、君からの手紙のつもりで自分で自分に手紙を書くといつた、過ぎた行為の歌詞の魅力の解説などなど、結果的に、福島康之の音楽教養講座(実演付き)の様相を呈した。
MCでの福島節も全開で、その場に居ないメンバーや元メンバーいじりを含め、書き残せない発言も多数。「Bring It On Home To Me​」は、渋谷B.Y.G.(since 1969)店主のために用意して居たが、彼が曜日を間違へて幕張に居るため聴かせられなかつたといふ曰く付き。

なお、ロニー・ジョンソンは戦前ジャズ、ブルーズ界のカリスマギタリストで、戦後は第一線から姿を消し、ビルの掃除夫として働いてゐたところ、60年代の「フォーク・リヴァイバル」ブームで「再発見」された人物。エルマー・スノーデンは、1900年生まれのバンジョー奏者。
「再発見」の際、招聘サイドは、ロニーにはギターを録音してもらひたかつたが、「そのころはすつかり、歌しか歌はねえ、といふことになつてゐた」。だがその歌がまたものすげえといふことで、音楽マニアだつた福島康之は齢21で漸くギターを手にし、バンドを結成していくことになつたとのこと。

ロニー・ジョンソン&エルマー・スノーデン
c0005419_02053561.jpg


[第1部]
​1. ​​Lazy River
(Hoagy Carmichael​​​, Sidney Arodin, 1930)

​​2. ​​​​Sweet Sue, Just You
​(Victor Young, Will J. Harris, 1928)

3. ​​Memories of You
​(Andy Razaf, Eubie Blake, 1930)

4. ​​Sunny Side of the Street (version A)
(Jimmy McHugh, Dorothy Fields, 1930)

​5. Slow Boat to China
(​Frank Loesser​, 1948​​)
​​​​
​​6. It's A Sin​ ​to Tell A​ ​Lie
​(Billy Mayhew, 1936)

​​7. All​ ​of Me
​(Gerald Marks, Seymour Simons, 1931)​

​​​​8. I'm Gonna Sit Right Down and Write Myself a Letter
​(Fred E. Ahlert, Joe Young, 1935)​
​​
​9. ​シンシア​(​よしだたくろうとかまやつひろし​)​
​(​吉田拓郎, 1974​)

10. ​Bring It On Home To Me​
(Sam Cooke, 1962)

[第2部]
1. The Song Is Ended (but the Melody Lingers On)
(Irving Berlin, 1927)

2. I've Got world On a String
(Harold Arlen,Ted Koehler, 1932)

3. Jesus On The Main Line
(Mississippi Fred McDowell, 1969)

4. St.Louis Blues
(William Christopher Handy, 1914)

5. Georgia On My Mind
(Hoagy Carmichael, Stuart Gorrell, 1930)

6. Please Don't Talk About Me When I'm Gone
(Sam H. Stept, Sidney Clare, 1930)

7. 待ち合わせ(友部正人)
(友部正人, 1993)

8. You Always Hurt the One You Love
(Doris Fisher, Allan Roberts, 1944)

9. 曲名不明、情報求む(おこりんぼう)

10. あの頃~Ano Koro~(ハチャトゥリアン楽団)
(ハチャトゥリアン楽団, 2013)

11. 夏だったのかなあ(バンバンバザール)
(福島康之, 1999)

12. ニューオリンズにて(バンバンバザール)
(福島康之, 1994)

13. 早稲田通り(バンバンバザール)
(福島康之, 2005)

14. 俺とタシロと校庭で(バンバンバザール)
(福島康之, 2010)

15. バーボンストリートブルース(高田渡&ヒルトップ・ストリングス・バンド)
(Assunto Frank, Fred and Jac, 高田渡, 1977)

16. On the Sunny Side of the Street (version B)
(Jimmy McHugh, Dorothy Fields, 1930)





by ichiro_ishikawa | 2017-07-25 01:26 | 音楽 | Comments(0)  

1981年の明るさ


1985〜86で日本の歌謡界がロック一色に染まる前夜の1980〜84はアイドルポップスが大爆発した時代で、ビートルズ前夜のブリルビルポップを彷彿させるわけだが、紛れもなくその先駆けは松田聖子のデビューであつた。
その後、河合奈保子か追随し、中森明菜、早見優、小泉今日子といつた才能が続々登場して、黄金期を作り上げることになる。ここでは1981年の明るさを象徴する2曲にスポットを当てたい。

松田聖子
「夏の扉」
c0005419_14325695.jpg



河合奈保子
大ヒット「スマイル・フォー・ミー」
c0005419_14325792.jpg

レコード版、ブリッジの「♪あなただけよ他には何も見えないの もつとそばにゐさせて 肩が触れ合ふくらい」の時のベースとギターもいい。
作詞の竜真知子は、矢沢ファミリーで、初期吉川をも手がけたNOBODY相沢行夫の妻。


共演 松田聖子×河合奈保子
「ふりむかないで」
c0005419_23040258.jpg




by ichiro_ishikawa | 2017-07-23 13:01 | 音楽 | Comments(0)  

1986年の長渕

STANCE
この大阪城ホールはヤバい。
c0005419_22330530.jpg



Super Star
元気?の言い方がすげえいい。頑張って、もよい。
その二言及び行間にものすごいものが詰まつてゐる。
別れを乗り越えた男のギラギラした目がロック。
c0005419_22343565.jpg



Don't Cry My Love
c0005419_22381811.jpg



Stay Dream
c0005419_22411710.jpg



ボウイ
ONLY YOU
c0005419_23054882.jpg




1987年
ろくなもんじゃねえ

何の矛盾もない
c0005419_23314822.jpg


1988年
とんぼ

1989年
天河大弁財天社シークレットギグ
c0005419_23001841.jpg


1990年
巡恋歌

カラス、JEEP




by ichiro_ishikawa | 2017-07-20 22:15 | 音楽 | Comments(0)  

あの頃の長渕の後期がApple Music入り


なんとApple Musicに『Live '89』以降のアルバムとシングルが入つた。
これまでなぜか1996年『家族』以降(大麻以降)のカタログしかなかつたのが、なぜかここに来て「あの頃の長渕」の後期が全部入つた。もちろん『Captain of the Ship』もである。
シングル「Run」B面の「愛してるのに」('93大阪城ホール)、シングル「巡恋歌 '92」なども嬉しい。また、シングル「JEEP」B面の「女よ、ごめん」は、アルバムとは全く違ふアコギバージョン(アルバムより先にリリース)で、25年ぶりに聴いた。

c0005419_23134770.jpg


今朝は早速「じめじめと暗く腐った憂鬱な人生を俺は憎んでばかりいた」で始まる「Captain of the Ship」を聴きながら電車通勤。武蔵小金井から荻窪までかかつた。フリージャズなみ。


今後順次遡つてファースト『風は南から』まで、西武球場でのライブアルバムやシングルも含め、全カタログが入ることを願はん。

by ichiro_ishikawa | 2017-07-11 00:26 | 音楽 | Comments(0)  

1985年の挫折


長渕剛といへば1978〜1991年(+『Captain of the Ship』)で、特に1986〜87にその頂点を見るが、その前年、1985年といふのは特異な年である。ターニングポイントといつてもよい。

1984年までにドラマ「家族ゲーム」「家族ゲーム2」を終了させ、フォークからポップへと転身していた長渕は、MTVの常態化もあつて日本の歌謡界が空前のロックブームにあつた中で、「弾き語りに限界を感じ」(1986年のラジオでの発言)、まづ3月30日に「久しぶりに俺は泣いたんだ」、7月22日に「勇次」といふ2枚のシングルをリリースし、8月22日に、ロックサウンドに完全にシフトしたアルバム『Hungry』をリリースする。
その文体変革の実験は、8月26日の千葉県文化会館を皮切りに、Band of Spiritsを率いた全国コンサートツアー「LIVE'85 - '86 HUNGRY」にて遂行されていく。

しかしながら、この悲痛な実験は失敗に終はる。「あの頃の長渕」において、唯一の失敗である。
弾き語りに限界を感じ、時代のロックの流れに身体が反応したこのツアーでは、「愛してるのに」など既発曲のアレンジが、とてもひどいのであつた。
特異な年といふのはこの点においてである。
メロディを外してトーキングブルーズ調にアレンジするのはよいが、ブルーズでなく、トーキングロックになつてしまつてゐて、トーキングロックといふのはありえないので、実にひどいしろものなのであつた(そもロック調で創られた『Hungry』収録曲はとてもよい)。

おそらく、このひどさは、長渕がキャリアで初めて、自分を失くしてしまつたことからくる。
そして、この「無理」に、身体が答へを出した。

1986年1月22日の日本武道館公演を最後に、過労によりダウン。重度の鬱状態のため残り全ての公演をキャンセルしたのであつた。

しかし、このダウンにより長渕は、ポップ、ロックを通過して原点回帰を果たした、「レース」をはじめとする「弾き語り名曲」群を大量に創りあげ、それは『Stay Dream』として結実することになる。

c0005419_19375149.jpg

そして、11月11日には大阪城ホールより『LIVE'86〜'87 STAY DREAM』がスタート。1987年2月25の、再びの大阪城ホールでの「伝説の」追加公演が『LAST CRIME』と題して開催され、見事すぎる復活を遂げた。

さらに、4月10日には主演4作目の連続ドラマ『親子ジグザグ』(TBS系列)が放映開始、8月5日、最高傑作アルバム『LICENSE』をリリース。同年末の第29回日本レコード大賞で、アルバム大賞を獲得する。




by ichiro_ishikawa | 2017-07-09 20:43 | 音楽 | Comments(0)  

名曲「エイリアンズ」

聴けば聴くほどじわじわきて、何度聴いても飽くことがないといふ名曲が世にはあつて、この「エイリアンズ」はその代表で、ある一季節の空気をも運んできて、切ない。


Goose house
c0005419_01444521.jpg


ORIGINAL LOVE
c0005419_01444583.jpg



c0005419_01444552.jpg


キリンジ(当人)
c0005419_01444656.jpg





by ichiro_ishikawa | 2017-07-09 01:25 | 音楽 | Comments(0)  

長渕剛 バラッドベスト5


9. 花菱にて
(『LICENSE』1987)29.45〜


8.
(『JEEP』1990)


7. シェリー
(『昭和』1989)


6.
(『JAPAN』1991)



5. 俺たちのキャスティング・ミス
(『STAY DREAM』1986)


4. PLEASE AGAIN
(『LICENSE』1987)4.38〜


3. パークハウス 701 in 1985
(『LICENSE』1987)10.04〜


2. Time Goes Around
(『HOLD YOUR LAST CHANCE』1984)9.37〜


1. 何の矛盾もない
(『LICENSE』1987)42.23〜


by ichiro_ishikawa | 2017-07-08 18:51 | 音楽 | Comments(0)  

BOØWYファン分布図


アンチBOØWY、もしくはBOØWY興味なし世代といふのも存在していて、分類すると以下のやうになる。

・BOØWY全盛期の1986〜87年、および1988年のラストギグズから90年代半ば(氷室LA移住、布袋「スリル」でお茶の間に登場する前、主にコンプレックス、ギタリズム期まで)においてすでに25歳を超えていた(すでにいい大人)層
=1969年以前生まれの人間

・氷室=ナルシスト、布袋=強面アニキといふ各ソロ中期以降のキャラ時に初めて氷室と布袋を知つた層
=1980年以降生まれの人間

・インテリゲンチャ

・80年代において洋楽志向のロックファン

・そもクラシックファン

・そもジャズファン

・ハイブロウなサブカルファン
・ロッキングオン系

・女性



では逆にどの層がBOØWYファンかといふと、

・1970年代生まれ(現在38〜47歳)及びその子供(21世紀生まれ、現在ティーン)
・上記のうち地方及び都市郊外在住者
・上記のうち不良
・上記のうち男
・上記のうち歌謡曲ファン

つまり結構限定的である。
しかし各年200万人超えの団塊ジュニア(1971〜74生まれ)を擁する分厚いボリュームゾーンでもある。

団塊世代を擁する1940年代生まれをリアルタイムのコア層とするビートルズに近い。
活動時期も、ビートルズがポップ黄金時代の60年代、かたやBOØWYがバブル80年代といふ、時代の空気も近い。
活動期間もほぼ6年と近い。絶頂期に解散し、メンバーがソロとしても第一線で活躍中といふのも同じ。

違ふ点は、ビートルズは、インテリゲンチャや、洋楽志向のロックファン(ビートルズ自体がそも洋楽だ)、そもクラシックファン、そもジャズファン、ハイブロウなサブカルファン、ロッキングオン系(社長からして超フリークだ)、そして女性からも支持されてゐるところだらう。つまりビートルズはアンチや興味なし層がゐない。これはすげえ。

しかし、アンチがゐると余計に力が高まる(=政治の専売特許、といふか本質)といふこともあるやうに、ファンは選民意識も抱いてゐる。といふのがBOØWYファンが熱狂的であり衰へない理由でもある。
以上。




by ichiro_ishikawa | 2017-06-13 09:50 | 音楽 | Comments(0)  

1986年の位置関係



1986年、俺は中3なわけだが、そのとき他の連中がどういふ位置にあつたのか、検証する。

中3
(夏の総合体育大会 地区予選 第二回戦敗退)

おニャン子クラブ 高校生

中山美穂 16歳
「色・ホワイトブレンド」「クローズ・アップ」「JINGI・愛してもらいます」「ツイてるねノッてるね」「WAKU WAKUさせて」

荻野目洋子 18歳
「フラミンゴ in パラダイス」「Dance Beatは夜明けまで」「六本木純情派」

小泉今日子 20歳
「100%男女交際」「夜明けのMEW」「木枯しに抱かれて」

中森明菜 21歳
「DESIRE -情熱-」

吉川晃司 21歳
「キャンドルの瞳」「MODERN TIME」「すべてはこの夜に」

松田聖子 24歳
(長女出産)

とんねるず 25歳
「歌謡曲」「やぶさかでない」「寝た子も起きる子守唄」「人情岬」

布袋寅泰 24歳
『JUST A HERO』『BEAT EMOTION』(BOØWY)

氷室京介 26歳
『JUST A HERO』『BEAT EMOTION』(BOØWY)

モリッシー 26歳
『Queen Is Dead』(The Smith)

ボノ 26歳
『The Joshua Tree』(U2)録音

マイケル・スタイプ 26歳
『Lifes Rich Pageant』(R.E.M.)

山下久美子 27歳
『1986』

サーストン・ムーア 28歳
『EVOL』(Sonic Youth)

長渕剛 30歳
『STAY DREAM』

エルヴィス・コステロ 32歳
『King of America』『Blood and Chocolate』

忌野清志郎 35歳
『the TEARS OF a CLOWN』(RCサクセション)

デイヴィッド・ボウイ 39歳
『Never Let Me Down』録音

ミック・ジャガー、キース・リチャーズ 43歳
『Dirty Work』(The Rolling Stones)

ポール・マッカートニー 44歳
『Press to Play』

ボブ・ディラン 45歳
『Knocked Out Loaded』

母 46歳
ジョン・レノン 46歳(生きてゐれば)

父 51歳
エルヴィス・プレスリー 51歳(生きてゐれば)



考察

・今の俺は上記の誰よりも年上
・ツッパリの中山美穂、たかだか一個上ちけ
・中森明菜、吉川晃司はすげえ上と思つてゐたがまだ21歳だつたちけ
・氷室、スタイプ、モリッシー、ボノは黄金の1960年生まれ組でロックシンガー当たり年
・この時の氷室と布袋の映像を46歳のいま見ても20個下とは到底思えない。10個上に見える。




by ichiro_ishikawa | 2017-06-13 09:22 | 音楽 | Comments(0)  

偶然ヒムロック

MacBook AirでYouTube自動再生をしたまま風呂に入り、
上がつて見ると当然まだ再生され続けてゐたので、
うぜえと思つてストップを押したら偶然この画像。
(CASE OF HIMURO 15th Anniversary Special Live Disc3)

c0005419_23100211.jpg

by ichiro_ishikawa | 2017-06-13 01:08 | 音楽 | Comments(0)