カテゴリ:文学( 283 )

 

小林秀雄のジャンル


小林秀雄は研究者や高い教養のある読書家、インテリ層にとても評判が悪いやうで、実証的にそのダメさが多く指摘されてもゐる。
エピゴーネンの俺は、なるべく謙虚に無私の精神を持つてそれらを読むやうにしてゐるが、それでもやはり的外れなものが多いと思はれる。
要するに、それらは「研究論文」「評論文」として小林の著作は瑕疵だらけといふ批判なのだ。
しかし小林の文章はロックンロールであり、つまりポップであり、「常識」を基盤とした個人の情熱であつて、「研究論文」や「評論文」ではない。さういふ意味で的外れなわけだ。「近代批評の確立者」といふレッテルが微妙なのだ。正確には「孤高のロック文士」(でもこれだとアカデミックに残らない、正史に記録されないので俗称にとどめん)。

小林の愛読者がまさしく眺めるものは無私なる(ゆゑに極めて個性的な)小林の情熱であり、その情熱に動かされるのであつて、その「客観的な妥当性」にではない。かつ、小林に認める凄さとは、その情熱の方が客観的な妥当性よりも大事だといふ事に気づかせてくれるところだ。研究や評論に価値がないといふ事では勿論ない。それとは別次元の、原始的な、人間にとつて大事なもの、といふジャンルがあるといふ事で、小林秀雄はそこに属する。そのジャンルにはほかに池田晶子がゐる。その二人しかゐない。

by ichiro_ishikawa | 2017-03-10 12:49 | 文学 | Comments(0)  

真珠湾

真珠湾を思うとき常に頭をよぎる言葉がこれだ。

 空は美しく晴れ、眼の下には広々と海が輝いていた。漁船が行く、藍色の海の面に白い水脈を曵いて。さうだ、漁船の代りに魚雷が走れば、あれは雷跡だ、といふ事になるのだ。海水は同じ様に運動し、同じ様に美しく見えるであらう。さういふふとした思ひ付きが、まるで藍色の僕の頭に眞つ白な水脈を曵く様に鮮やかに浮かんだ。真珠湾に輝いていたのもあの同じ太陽なのだし、あの同じ冷たい青い塩辛い水が、魚雷の命中により、嘗て物理学者が子細に観察したそのままの波紋を作つて拡がつたのだ。そしふさういふ光景は、爆撃機上の勇士達の眼にも美しいと映らなかつた筈はあるまい。いや、雑念邪念を拭い去つた彼等の心には、あるが儘の光や海の姿は、沁み付く様に美しく映つたに違ひない。彼等は生涯それを忘れる事が出来まい。そんな風に想像する事が、何故だか僕には楽しかつた。太陽は輝き、海は青い、いつもさうだ、戰の時も平和の時も、さう念ずる様に思ひ、それが強く思索している事の様に思はれた。
 僕は冩眞を見乍ら考へつづけた。冩眞は、次第に本当の意味を僕に打ち明ける様に見えた。何もかもはつきりしているのではないか。はつきりと当たり前ではないか。戰に關する理論も文學も、戰ふ者の眼を曇らせる事は出来まい。これは、トルストイが、「戰争と平和」を書いた時に彼の剛毅な心が洞察したぎりぎりのものではなかつたか。戰争と平和とは同じものだ、といふ恐ろしい思想ではなかつたか。近代人は、犯罪心理學といふ様なものを思い付いた伝で、戰争心理學といふ様なものを拵へ上げてしまつた。戰は好戰派といふ様な人間が居るから起こるのではない。人生がもともと戰だから起こるのである。
(小林秀雄「戦争と平和」より)

by ichiro_ishikawa | 2016-12-29 10:33 | 文学 | Comments(0)  

【資料】小林秀雄著作の整理


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小林秀雄はその著作名が「感想」「文學」など、ぶつきらぼうで、また「ドストエフスキイ」「ゴッホ」「本居宣長」のやうに対象名そのままだつたり、かつそれらがいろいろな版元から様々なる仕様で再販されてゐるものだから、蔵書整理に悩まされる。
そこで今回は、同タイトルで複数版元・仕様で出てゐるものを以下にまとめん。
 (★)=現刊行(それ以外は絶版)



様々なる意匠・Xへの手紙・私小説論

『様々なる意匠』
・改造社 昭和9年5月20日

『私小説論』
・作品社 昭和10年11月8日 ※装幀:青山二郎。函入。古書価格31,320円〜(2014.8.15)
・作品社 昭和11年10月29日 ※菊半截判
・作品社(上製版)昭和13年6月30日
・作品社(普及版)昭和13年6月30日
・創元文庫 昭和26年10月25日 ※「私小説論」を全編にわたり加筆修正

『Xへの手紙』
・野田書房 昭和11年1月20日 ※限定360部/函入。古書価格26,250円〜(2014.8.15)
・芝書店 昭和24年7月30日
・角川文庫 昭和29年5月10日

『Xへの手紙・私小説論』
・新潮文庫 昭和37年4月12日(★)

『様々なる意匠・Xへの手紙』
・角川文庫(改版) 昭和43年11月10日



ドストエフスキイ

『ドストエフスキイ』
・アテネ文庫(弘文堂)昭和23年9月15日講談社 昭和41年6月10日特製300部
・講談社(名著シリーズ) 昭和41年6月10日

『ドストエフスキイの生活』
・創元社 昭和14年5月20日 装幀:青山二郎
・創元文庫 昭和26年9月25日 解説:河上徹太郎
・角川文庫 昭和31年8月20日
・新潮文庫 昭和39年12月20日 解説:江藤淳(★)
・角川文庫(改版) 昭和43年10月28日 解説:吉田生
・創元選書 昭和50年12月10日
・東京創元社 昭和50年12月25日 純白総皮上製/限定600部

『ドストエフスキイ全論考』
・講談社 昭和56年11月25日

『ドストエフスキイの文学 「白痴」について他』
・角川選書 昭和43年10月20日



無常といふ事・モオツァルト

『無常といふ事』
・創元選書 昭和21年2月25日
・花文庫(創元社) 昭和21年9月15日
・創元社 昭和24年1月30日 ※装幀:青山二郎<
・創元文庫 昭和27年8月5日 ※解説:河盛好蔵
・角川文庫 昭和29年9月20日 ※解説:河盛好蔵
・槐書房 昭和48年11月15日 ※限定版

『無常という事』
・角川文庫改版 昭和43年5月20日 ※解説:佐古純一郎

『モオツァルト』
・百花文庫(創元社) 昭和22年7月15日 ※初出誌にある母への献詞を省く
・日産書房 昭和24年4月15日 ※初出誌にある母への献詞を復活
・角川文庫 昭和34年8月10日 ※解説:河上徹太郎
・角川文庫(第11刷改版) 昭和44年8月10日 ※解説:河上徹太郎/座談「小林秀雄とのとある午後」は12刷以降省かれる
・槐書房 昭和50年11月30日 ※限定A版155部
・槐書房 昭和50年11月30日 ※限定B版212部
・槐書房 昭和50年11月30日 ※限定著者版26部

『モオツァルト・他』
・創元文庫 昭和28年1月15日 ※解説:河上徹太郎

『モオツァルト・無常といふ事』
・新潮文庫 昭和36年5月15日(★)

『モーツァルト』
・集英社文庫 平成3年4月25日




ゴッホ、近代絵画

『ゴッホの手紙 書簡による伝記』 
・新潮社 昭和27年6月15日
・角川文庫 昭和32年10月30日
・角川文庫(改版) 昭和43年8月26日

『芸術随想』 
・新潮社 昭和41年12月10日
・新潮社 昭和42年1月18日 ※限定1000部

『近代絵画』
・人文書院 昭和33年4月15日 ※豪華版 ジャケット附B5上製函入
・新潮社 昭和33年12月5日
・新潮文庫 昭和43年11月30日(★)





文芸評論

『文芸評論』
・白水社 昭和6年7月10日 ※装幀:青山二郎。古書価格30,000円〜(2014.8.15)
・日産書房 昭和23年6月15日
・日本近代文学館 昭和44年9月10日 ※白水社版の完全復刻

『続文芸評論』
・白水社 昭和7年11月1日装幀青山二郎
・日産書房 昭和23年11月15日

『続々文芸評論』
・芝書店 昭和9年4月15日 装幀青山二郎
・日産書房 昭和24年6月10日

『文芸評論集』
・改造社 昭和11年7月10日

『文学』
・創元選書 昭和13年12月15日

『文学2』
・創元選書 昭和15年5月20日

『文学・芸術論集』
・白凰社 昭和45年12月10日

『文芸評論 上巻』
・筑摩叢書 昭和49年5月25日

『文芸評論 下巻』
・筑摩叢書 昭和49年9月5日

『小林秀雄初期文芸論集』
・岩波文庫 昭和55年4月16日
・岩波クラシックス 昭和58年3月28日

『小林秀雄全文芸時評集 上』
講談社文芸文庫 2011年7月9日

『小林秀雄全文芸時評集 下』
講談社文芸文庫 2011年8月11日



対談

『文壇よもやま話 上巻』日本放送協会
・青蛙房 昭和36年4月15日
・中公文庫 平成22年10月25日 ※全集に未収録

『歴史よもやま話 日本篇 下』 池島 信平
・文藝春秋 昭和41年8月1日
・文春文庫 昭和57年3月25日

『対話 人間の建設』 岡潔・小林秀雄
・新潮社 昭和40年10月20日
・新潮社 昭和53年3月20日

『人間の建設』 岡潔・小林秀雄
・新潮文庫平成22年3月1日(★)

『小林秀雄対話集』
・講談社 昭和41年1月20日
・講談社(名著シリーズ) 昭和41年8月10日
・講談社文芸文庫 平成17年9月10日(★)

『小林秀雄対談集 歴史について』
・文藝春秋 昭和47年4月20日
・文春文庫 昭和53年12月25日

『文学と人生について 小林秀雄対談集Ⅲ』
・文春文庫 昭和57年12月25日



ヴァレリイ、ジイド、アラン、サント・ブウヴ (翻訳)

『テスト氏Ⅰ』 ポオル・ヴァレリイ
日本放送協会江川書房 昭和7年4月20日装幀小林秀雄。限定400部。

『テスト氏』 ポオル・ヴァレリイ
・野田書房 昭和9年10月15日 装幀青山二郎
・野田書房(普及版) 昭和11年9月17日

『パリュウド』 アンドレ・ジイド
・岩波文庫 昭和10年9月30日

『パリュウド 鎖を離れプロメテ』 アンドレ・ジイド
・新潮文庫 昭和27年8月15日

『精神と情熱とに関する八十一章』 アラン
・創元社 昭和11年12月14日
・創元選書 昭和15年9月25日 ※時局下の理由で第五部中の「暴力」の章を省く旨の新「後記」を添えた。
・角川文庫 昭和33年1月30日 ※訳・後記ともに創元文庫に同じ。
・東京創元社 昭和35年5月30日 ※訳・後記ともに創元文庫に同じ。上製函入
・創元選書 昭和53年12月20日 ※訳は創元文庫に同じ。後記は新稿。あとがきが加えられた。
・創元ライブラリー 平成9年4月25日(★)

『わが毒』 サント・ブウヴ
・青木書店 昭和14年5月25日
・養徳叢書 昭和22年2月15日
・創元文庫 昭和27年2月20日
・角川文庫 昭和30年8月15日




その他

『私の人生観』
・創元社 昭和24年10月20日 ※特製200部・上製函入・上製(創元選書)の三種同時刊行
・創元文庫 昭和26年11月30日
・創元社 昭和29年4月30日 ※普及版
・角川文庫 昭和29年9月15日
・角川文庫(第23刷改版) 昭和42年2月20日
・大和出版 昭和58年10月10日

『真贋』
・新潮社 昭和26年4月5日
・創元文庫 昭和27年4月30日
・世界文化社 平成12年10月25日 ※備前徳利が全集未収録

『作家の顔』
・角川文庫 昭和33年11月10日
・新潮文庫 昭和36年8月20日(★)
・角川文庫(改版) 昭和44年6月10日

『感想』
東京創元社 昭和34年7月30日
新潮社 昭和54年4月11日

『無私の精神』
・文治堂書店 昭和38年4月30日 ※同年6月30日に限定版特製40部/総革上製
・文藝春秋 昭和42年7月1日
・文藝春秋 昭和60年3月1日 ※新装版

『常識について 小林秀雄講演集』
・筑摩叢書 昭和41年7月20日

『常識について』
・角川文庫 昭和43年11月30日

『古典と伝統について』
・講談社(名著シリーズ) 昭和43年12月20日 ※普及版
・講談社文庫 昭和46年7月1日(★)

『信ずることと知ること』
・槐書房 昭和53年3月30日 ※限定著者版26部・限定市販版179部 ※4万円台
・彌生書房 平成3年6月30日

『栗の樹 現代日本のエッセイ』 
・毎日新聞社 昭和49年9月25日
・講談社文芸文庫 平成2年3月10日




考へるヒント

『考へるヒント』
・文藝春秋新社 昭和39年5月10日

『考えるヒント』
・文春文庫 2004年8月(★) ※「言葉」「花見」を増補

『考へるヒント2』
・文藝春秋 昭和49年12月10日

『考えるヒント2』
・文春文庫 2007年9月4日(★)

『考えるヒント3』
・文春文庫 2012年9月20日

『考えるヒント3〈新装版〉』
・文春文庫 2013年5月10日(★)

『考えるヒント4 ランボオ・中原中也』
・文春文庫 2012年9月20日

『合本 考えるヒント(1)~(4)』

・文春e-Books(Kindle版) 2015年3月27日 (★) 




本居宣長

『本居宣長―「物のあはれ」の説について』
・新潮社 昭和35年7月10日 ※日本文化研究第八巻中の一分冊

『本居宣長』
・新潮社 昭和52年10月30日
・新潮社 昭和54年4月11日 ※限定著者版26部/著者の喜寿記念寿版

『本居宣長補記』
・新潮社 昭和57年4月11日

『本居宣長 上巻』
・新潮文庫 平成4年5月25日(★)

『本居宣長 下巻』
・新潮文庫 平成4年5月25日(★) ※「本居宣長」をめぐって(対談 江藤淳)が全集未収録?

by ichiro_ishikawa | 2016-11-24 00:04 | 文学 | Comments(0)  

鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄』の衝撃


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鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄』(朝日新聞出版)は、小林秀雄ファンにとって極めてショッキングな本である。
「ドーダ」といふ概念を軸に、彼を読んだ人も、読んでない人でさへも、日本の知性の最高峰、偉い、凄い人と認知してゐる小林秀雄といふ大批評家が、いかに大したことないかを、極めて緻密に高等な知性でもって証明してゐるのである。

ドーダといふのは、簡単に云へば、いわゆる「クワッ」であり、ドヤ顔の「ドヤ」である、と俺は理解した(あとで詳しく引用して、正確に書いておきたい)。

大抵小林秀雄批判と云ふのは、印象批評に過ぎないとか、緻密な考証抜きに感覚でモノを言つてゐるだけとか、ことに研究者筋からの、本質を読めてゐないものが殆どで、取るに足らないものだが、本書は違う。小林秀雄の本質、方法、表現の核をキチンと捉えた上で、それこそが大したことない所以であることを見事に証明しきつているのである。

本書を読んで、似非小林秀雄ファンはムキーッとなるだらうが、俺は小林秀雄全集を少なくとも3回は精読し、文庫に至つてはそれぞれ100回、いや200回は読んでをり、かつ全文書き取りをライフワークとしてゐるばかりでなく、詳細な年譜、全著作の初出、掲載書籍、文庫、全集巻などをエクセルでデータベース化してをり、さらに全単行本を蒐集してゐる、筋金入りのエピゴーネンであり、誰よりも小林秀雄を理解し、愛してゐる男であるからして、ムキーッとはならない。
本書の著者は、小林秀雄の正鵠を射てゐるからである。小林秀雄の本質を読めてゐる。

とはいへ、てめえの神あるいは親がバカにされてゐるといふのに、なぜムキーッとならないか。

その前に、著者、鹿島茂が本書で小林秀雄を、どうバカにしてゐるかを説明する。
この本はきわめて知性的なため、二、三度の精読を要するものだが、一読した段階で掴んだ骨子を、換骨奪胎、我田引水の誹りを免れない事を承知で、俺流にグワッと要約すると以下のやうになる。

小林秀雄は日本の知性の最高峰、大批評家なぞではない。単なるロックの人、ロックンローラーである。

そう。つまり俺と同じ考へなのである。
俺が小林秀雄を愛しているのは、彼が日本の知性の最高峰、大批評家だからではなく、ロックだからである。だから、小林秀雄をバカにしている本書を読んでも、バカにされている感じは受けず、むしろ、よくぞ本質をきわめて知性的に分析してくれた、そうそう、そうなんだよと、いちいち納得しながら読了したのである。

つまりバカにしている、といふのは、日本の知性の最高峰、大批評家なんかではない、といふ点に於いてなのであり、「小林秀雄はロックの人に過ぎない」と、要はロック性を知性より下に見ているだけの話である。

俺は知性よりロックを上に見てゐる、といふか大事にしてゐるものだから、それは価値観の違ひであつて、どうかういふ類のものでない。

而して本書は、小林秀雄はロックである、
といふことを分析的な言語で証明してくれた、
超良書である。




















by ichiro_ishikawa | 2016-11-05 02:50 | 文学 | Comments(0)  

小林秀雄「戦争と平和」より抜粋


 空は美しく晴れ、眼の下には広々と海が輝いていた。漁船が行く、藍色の海の面に白い水脈を曵いて。さうだ、漁船の代りに魚雷が走れば、あれは雷跡だ、といふ事になるのだ。海水は同じ様に運動し、同じ様に美しく見えるであらう。さういふふとした思ひ付きが、まるで藍色の僕の頭に眞つ白な水脈を曵く様に鮮やかに浮かんだ。真珠湾に輝いていたのもあの同じ太陽なのだし、あの同じ冷たい青い塩辛い水が、魚雷の命中により、嘗て物理学者が子細に観察したそのままの波紋を作つて拡がつたのだ。そしふさういふ光景は、爆撃機上の勇士達の眼にも美しいと映らなかつた筈はあるまい。いや、雑念邪念を拭い去つた彼等の心には、あるが儘の光や海の姿は、沁み付く様に美しく映つたに違ひない。彼等は生涯それを忘れる事が出来まい。そんな風に想像する事が、何故だか僕には楽しかつた。太陽は輝き、海は青い、いつもさうだ、戰の時も平和の時も、さう念ずる様に思ひ、それが強く思索している事の様に思はれた。
 僕は冩眞を見乍ら考へつづけた。冩眞は、次第に本当の意味を僕に打ち明ける様に見えた。何もかもはつきりしているのではないか。はつきりと当たり前ではないか。戰に關する理論も文學も、戰ふ者の眼を曇らせる事は出来まい。これは、トルストイが、「戰争と平和」を書いた時に彼の剛毅な心が洞察したぎりぎりのものではなかつたか。戰争と平和とは同じものだ、といふ恐ろしい思想ではなかつたか。近代人は、犯罪心理學といふ様なものを思い付いた伝で、戰争心理學といふ様なものを拵へ上げてしまつた。戰は好戰派といふ様な人間が居るから起こるのではない。人生がもともと戰だから起こるのである。

by ichiro_ishikawa | 2016-07-29 00:07 | 文学 | Comments(0)  

書くといふ行為

健康な奴は文を書かない、書く必要がない。
文を書くといふ不自然な行為に及ぶのは不健康の証左。
かうしたブログひとつとっても、更新が多い時、筆者はおよそ病んでいる。更新がないといふのは、調子がいいときだ。すべからく執筆といふ行為はガス抜きだらう。

by ichiro_ishikawa | 2016-07-20 09:44 | 文学 | Comments(0)  

変はり者とは


どんな人も変はつている部分を少なからず持っていて、さういふ意味では誰もが変はり者なのだが、世に変はり者として流通するかどうかは、
てめえの中のその特異な部分をどの程度出すか隠すか、さじ加減次第、つまり演出に関わる。

10代の頃は得体の知れない不満から来る反抗心、20代の頃は何者でもない事の不安の裏返しとしての虚栄心から、その特異な部分を隠さない、むしろ積極的にアッピール、ないし全うしようとするから、世には変はり者が多く現れる事になる。

つまり変はり者の大半は実は凡庸なる人である。
モノホンの変はり者、それは、必死に普通を全うしていながらその実、どこか世間の規範とズレてしまふ人間の事である。反抗も虚栄もない。むしろ同和をこそ強く志向する者である。

いづれにせよ、反抗や虚栄、不満や不安といふものは、てめえのことばかり考へていることから来る。
己を犠牲にして他人に尽くす。
さうすると人のことであまりにも忙しく、てめえを顧みる暇はないから不満も不安も生まれない。
さういふ人間は翻つて人に尽くされるし、
さういふ人間こそがモノホンの文化を生む。



by ichiro_ishikawa | 2016-07-05 09:27 | 文学 | Comments(0)  

パンと俺

人は切羽詰ると非寛容になるな。

金の切れ目が縁の切れ目、金持ち喧嘩せず。
切羽詰まった人間が、やさぐれ、偽悪を全うし、人を騙し、殺す。
庶民の日常から国家外交においてまで、
数多、数多、数多みてきた。

やはり衣食足りて礼節を知るのだな。

Meat and cloth makes the man.
Well fed, well bred.
だな。

しかし、バイブル曰く、

人はパンのみにて生きる者にあらず人はヱホバの口より出る言によりて生きる者なり
モーゼ
(旧約聖書 申命記8:3)

これは、モーゼがエジプトで奴隷生活を強いられてきたイスラエルの民をエジプトから脱出させ、約束の地に連れて行く、その道中でやっと食料にありつけた民たちに説いた言葉だ。

餓死寸前の民に、神が食料を与へた。
神を信ずるものは救はれるのだ、
さういふ意味である。

これは、「餓死しそうな民に言った」、
といふことが重要だ。

また、「人の生くるはパンのみに由るにあらず、神の口より出づる凡ての言に由る
キリストによる上記モーゼ(旧約聖書)の言葉の引用
(新約聖書 マタイによる福音書4:4)

これは40日の断食の末、サタンに、石ころをパンに変えてみろと言はれたキリストが、サタンに言い放った言葉。
「さう(聖書に)書いてある」と続く。
つまり、モーゼの言葉を引いて、
改めて、パンより神の言葉だ、と言っているわけだ。

これも、「40日の断食の末の」言葉であった、
といふことが重要だ。

つまり、切羽詰まった、生存の危機迫る状況下においてなほ、
さう言ひ放った、といふ事が重要なのだ。

衣食足りた人がさう言ふのは簡単だ。
衣食足りた人は、さもありなむ、と容易く納得するだらう。
屋根の下でワインでも飲みながら。

しかし、衣食足りてない人が聞いたら、
背に腹は変へられねえ、
寝言は寝て言へ、
こちとら餓死寸前、神の言葉よりもパンだろ。
金だろ。金でやってるわけだから。
屹度さう言ふはずだ。

確認だが、モーゼもキリストも、
パンも大事だが言葉、精神がもっと重要だ、
と言ったのではない。

なるほど人はパンがなければ生きられないが、
パンを食ったからと言っても、
神の言葉に従うことなしには、
本当に生きた事にはならないぜ、
と言ったのではない。

衣食足りてもそれだけではダメで、
精神が豊かである必要もある、
と言ったのではない。

逆に、
パンは重要じゃない、
という事でもない。

キリストは、
餓死がなんだ、神の言葉があれば生きられる、
と言ったのだった。

これは、綺麗事か?高邁な理想、机上の空論か?

知らぬ。

ひとつ確実に言へることは、
これを実践したキリストという人がいた、といふ事だ。

より正確に言へば、
かうした人物を、我々は伝へ続け、
その信念を、保存してきた、
といふ事だ。

by ichiro_ishikawa | 2016-06-30 10:10 | 文学 | Comments(0)  

俺と旧かな、ときどき旧字


何故旧かなに惹かれたかと言へば、
短歌や俳句は現代でも旧かな(歴史的仮名遣い)か殆どで、
その美しさと共に、何か表記上の自然さを感じるからだ。
戦後採用された新かな(現代仮名遣い)は、
やはりどこか無理矢理感がする。
戦後教育を受けた身だが、
常に心は古典の世界、万葉集から敗戦までの1300年に寄せているものだから、旧かなが実にしっくりくるのだった。
1300年の伝統に改良が加へられて70年。
どうしてもまだ慣れない。

ちなみに俺が旧かな旧字に明るいのは、
香港映画の原題や人名に幼少〜少年期に頻繁に接していたことと、
2001〜2002年の2年間に第5次小林秀雄全集を繰り返し読み、かつ全文書き取りをしていたからだ。
旧字旧かなの小林秀雄は、美そのものだ。



by ichiro_ishikawa | 2016-05-29 01:50 | 文学 | Comments(0)  

今を生きるといふ意味


ある著名な歌人が、
悩んでいる人は過去と未来ばかり見ている。
子供は今しか生きていない。
だから生き生きとしている。
といふ主旨のことを言っていた。

よく聞く、「今を生きる」といふ意味が
やっとわかった。

岡潔は、
赤ん坊は自然とてめえが一体化していて、それで充足しているから常に微笑んでいる。
といふ意味のことをどこかで言っていた。

大人になると、さうはいかない。
やうに思へるが、さう生きるしかない。

だから俺はYouTubeで過去を振り返らないし、退職金や年金の計算なぞもしないし、住宅ローンの繰上げ返済もしない。


by ichiro_ishikawa | 2016-05-26 18:43 | 文学 | Comments(0)