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雑記

 昨年秋頃、アメリカ南部へ旅に出た。ミズーリ州セントルイス、テネシー州ナッシュビル、アラバマ州フローレンス、バーミンガム、ミシシッピー州メンフィス、ジョージア州アトランタ、ルイジアナ州ニューオーリンズを回ってきたが、途中の恵比寿で、ピーター・バラカンの講演に出向いた。
 ピーターは、1900〜60年頭までのアメリカン・ミュージックを、実際に音を聴かせながら説明していったわけだけれど、その時の音源が音楽研究家ハリー・スミスの編纂による6枚組オムニバスCD『Anthology』であった。
c0005419_12421567.jpgその中に収録されている曲は、個別にCD化されているため、即買いという決断はしなかったが、系統立てて一気に聴けるという意味では重宝するなと思ったし、なによりハリー・スミスのペンによる詳細なアメリカン・ルーツ・ミュージックのブックレット(と写真)がついているという。そこで、旅も取りあえず終わりに近付いた頃、amazonで購入するに至った。そろそろ到着するはずだ。

 自分は教養ある家庭で育ったわけではまったくないが、世俗にまみれた生活を送る一方で、幼少から中学に入るまでプロテスタントの教会に通っていたという聖の面も持ち合わせている。アメリカ風に言えば、ブルーズとゴスペルに分け隔てなく接していた、となるやもしれぬ。80年代の少年期はTVの歌謡曲全盛期で夜のヒットスタジオやベストテン、トップテンの類いは毎週欠かさず観ていたし、MTVという大波は小僧レベルにまで浸透していたので、ポップなイギリス、アメリカの現在進行形のロックやヒップホップも聴いていた。
 要するに、生活的にも精神的にも音楽の嗜好においても超雑種であって、意地悪な人からは節操がないと揶揄されることもしばしば。そういうわけで現在にいたっては、一部を除く演歌とヘヴィ・メタル、J−POP以外は何でも大好きで積極的に聴いているという次第だ。
 一点集中型でとにかく深い人がいる。一方、各々については浅いがとにかく好奇心旺盛で守備範囲はこの上なく広いという人がいる。前者は研究者、後者はビジネスマンに多いが、どちらにもさほど魅力を感じない。山に隠って禅の修業をするストイックさも、多くの人との接触を通して精神を磨き挙げていくフットワークの軽さも、どちらにしても同じことだと思える。人は、やはり、天使にして悪魔、通常平民という矛盾だらけの存在であるというのは疑いようのない事実だろうし、さらに神を「想像」しうるというおそるべき技をも兼ね備えている。そうした両極に触れ、かつ間をすべて満たすという居方(いかた)しか望まない。
 季節季節によって、何かに集中的にはまるというのは誰しも経験することだろう。ジャズに侵されたこともあるし、ブラジル、ラテンしか聴けなかった時期もある。そういやアフリカンなプリミティヴなリズムに喰らってしばらく痙攣していたこともあったっけ。そうした音楽的嗜好は、たとえば世界中を旅したいという欲求と同じかも知れない。旅人なら承知だろうが、旅の醍醐味とは、「あり得ない刺激」ではないか。齢を重ねるに連れて旅不精になるのは、あり得ないことが少なくなるのと、刺激に対する抵抗力が付き過ぎてしまうことにある。だが、そうした抵抗力を経験の深さと合点するのはとんだお門違いだ。むしろ、それは精神の鈍さの表れかもしれない。
 今は、アメリカ南部の音楽に夢中であるが、特にニューオーリーンズは相当にヤバい。というわけで、次回は、アメリカ南部の旅のハイライト、ニューオーリーンズ編を開陳してみたい。

by ichiro_ishikawa | 2005-05-26 12:48 | 音楽 | Comments(1)  

センスや演奏力、その先

 スタイリッシュでアーティー、短髪にスーツ、アンダーグラウンダーで、シニカルなジョーク・ユーモアに富んで、音はシャープでロッキンでひねくれたポップ、みたいなロックが好きだった。そもロック原体験はそうしたロック、殊にイギリスのロックだった。ということは以前に確認済みだけれど、最近は真逆に向かいつつある。
 泥臭く、いなたく、ボサボサ髪にほこりまみれのブルージーンズ、大らかなジョーク、アートやシーンに無頓着で、音はブルージーでハードロッキンで無造作、みたいなロックを好んで聴く。いわゆるスワンプでサザンなアメリカン・ロックだ。フォークやカントリーもいい。また、ジャグ・バンド、ジャンプ・ブルーズ、ブラック系スウィング・ジャズもいい。
 どうしてこういうことが起こっているのかを分析したい衝動に駆られたので、うまくいくとは到底思えないが、とりあえずやってみる、歩いてみる。
 月並みに年を取ったということだろう。だが、その答えはあまりにも稚拙にすぎる。というか答えになっていない。問いは、どうして年を取ったのかということなのだった。あるいは、年を取るとどうしてこうなるのか、という分析なのだった。

 若い時分に、ジャズ好きの友人と口論になったことがある。当方の当時のロック参考文献はロッキノン、先方は特にナシ、強いていうならば『ギター・マガジン』『プレイヤー』。当方は、ハード・ロック、ジェフ・ベックからイングヴェイ・マルムスティーン、長髪マッチョ袖無しベストに革パン系ミュージシャンに対して毒づき、楽器はヘタでも関係ない、要はセンスだ、みたいなことを主張。逆に彼はロッキノン系ミュージシャンを嫌悪。曰く「楽器もろくに弾けないくせに、センスはいい、なんて虫酸が走る」。
 というような双方の主張の元、激論が交わされ、結局気が付くと私の拳は血まみれ、バーカウンターの向こう側では死んだようにのぴた友人がいた。以来、彼とは会っていない。
 センスというのは曲者だ。センスがいいミュージシャンはなぜか楽器が下手。楽器がうまいミュージシャンはなぜかセンスがない、みたいな公式は、結構あたっている。演奏のうまい下手は、客観的な尺度がありそうだ。ただしセンスの善し悪しとは——。要は個人の趣味じゃないか。好きずきを他者と議論することほど不毛なものはない。だがやはり、好きずきを超えたセンスというものはあるのだった。それは何か。

ここで私は小林秀雄の言葉を思い出す。

 好きずきで評するのも、一定の尺度に従って評するのも、どちらにせよ同じように容易いことだ。生き生きとした嗜好と瑞々しい尺度を常に有することだけが容易ではないのである。嗜好と尺度は2つのことではない。

 齢を重ねた今はじめて、この言葉がスッとはまるのを感じる。「楽器は下手だがセンスがいい」や「楽器は上手いがセンスが悪い」という現象はない。「いい音楽」「悪い音楽」だけが存在する。センスを売り物にしているミュージシャンほどセンスと頭が悪いというのは不思議だ。黙っているミュージシャンほどセンスがいい。最近お気に入りの、スワンプでサザンなアメリカン・ロックは、とってもセンスがよく演奏も上手い。というか、少なくともセンス云々、演奏力云々などは、本人たちは意識したこともないはずだ。ジャンルやシーンなどにも皆目眼中になく、ただ愛する音楽に没頭している、その姿が今の自分には心地よい。

 生き生きとした嗜好と瑞々しい尺度を常に有する精神だけが、センスや演奏の上手い下手を超えた、いい、悪いを判断しうる。

by ichiro_ishikawa | 2005-05-25 16:02 | 音楽 | Comments(0)  

ホワイト・ブルーズ

 ホワイト・ブルーズ、ブルーズを直接ベースとしたロックというのは、これまで避けてきた音楽のひとつだ。いわゆる“泣き”のギターがあまり好きではないし、「7th系3コード」という形式が古典的に過ぎると感じていたし、インプロヴィゼーションのマスターベーション的悦入り感が気持ち悪かった。長髪にほこりまみれのブルージーンズ(ベルボトム)というなぜか彼らに共通の出立ちも、あまりに男性的で、かつ極端な懐古主義と映った、ということも遠ざかった理由かも知れぬ。
 U2、ジョンスペンサー・ブルーズ・エクスプロージョンやベック(・ハンセン)といったブルーズをベースとしながらも独自の解釈の元、新しい音を鳴らしているものでなければ、聴く気が起きなった。いわゆる3大ギタリストの中でも、ジミー・ペイジのポップ/ファンク、リフ系リズムギターに魅力を感じたし(音に呼応するギターの構えの低さも然り)、明らさまなブルーズリスペクトを標榜するエリック・クラプトン、技巧に走るあまりフュージョン化したジェフ・ベックからは距離を置いていた。
 ところが、アメリカン・ルーツ・ミージックを繙くうちに、そうした白人ギタリストの“ブルーズ愛”がとても腑に落ちるようになってきた。彼らは必ずしも懐古主義ではなく、温故知新なのだった。
 ピーター・バラカンが絶賛するジョン・メイオール&ブルーズ・ブレイカーズ(with エリック・クラプトン)をきっかけに、ヤードバーズ、クリーム、ブラインド・フェイスとクラプトンの変化を辿り、デレク&ザ・ドミノスの『レイラ』でのデュアン・オールマンとのギター・バトルまで聞き込むにつけ、その魅力は一層輝きだす。ポール・バターフィールド・ブルーズ・バンドのマイク・ブルームフィールド、ブルームフィールドとスティーヴン・スティルズ、アル・クーパーのスーパー・セッション……。今までなぜ避けてきたか俺、とてめえを訝った。こうなると、逆に鳴海頁のギターがなんだか間抜けな感じに聴こえてくるから不思議だ。

c0005419_1182419.jpgc0005419_1185099.jpgc0005419_11927.jpgc0005419_1192153.jpg




 とまれ、ホワイト・ブルーズというのは、モノホンの黒人のブルーズと明らかに音が違う。黒人のブルーズはやはり悲しみという感情の発露だが、ホワイティらのそれは、その形式の模倣であり、発現しているものは哀しみの感情ではなく、もっとアーティスティックなものだ。そこには、黒人のようには弾けないし、そもてめえは白人という自覚から来る批評精神が働いている。だから、優れたホワイト・ブルーズマンの奏でるブルーズは聴けるのだった。
 表現というのは、感情に端を発しているにしろ、その感情を整える作業が必ず付きまとう。その作業が内省であり、結果、精緻に整えられた感情は極めて個人的でありながら普遍に達し得る。ただの泣き声は表現とは言えないし、つらさや哀しみをそのまま吐露されても、身内でもなければとても受け止められたものではない。そうした、非常に抑制の利いた「シャウト」というものは、白人でならではの魅力だと感じる。
 ことロックの世界だけでも、まだまだ知らない世界は多い。ほかにもフォーク、カントリーなどまだまだ未知の森はそこにある。ハリー・スミス編集によるアメリカン・ルーツ・ミュージックの『アンソロジー』を今入手せんとしている。そこから帰ってきてのロックにもまた新しい輝きを見い出すことになる思うと心が弾むし、「とりあえず夏までは生きていよう」という気にもなる。
 だが、こんなことしてる場合じゃない。

by ichiro_ishikawa | 2005-05-18 20:52 | 音楽 | Comments(7)  

音楽巡礼

 80年代の洋楽というと、視野が半径3mの中高生にとって、マドンナとジャイケル・マクソン、そしてLAメタルとボン・ジョビといったアメリカン・ロック勢によって完全に視界を遮られていた。
 「俺はロックなんだが、いわゆるロックを標榜している輩はどうにもロックぢゃねえ」と独り言を呟いていた人間にとって、たまたま出会ったU2、ザ・スミスというイギリス(U2はアイルランド)系バンドは、格好の隠れみの、自己正当化の象徴として祭り上げるに十分な文学性と反コマーシャリズム、アンチ・マッチョ・テイストを持っていた。
 当時、冒頭に挙げたようなLAメタルやボン・ジョビに対抗していて、イギリス寄りだった音楽雑誌が『rockin'on』であり、シリアスな音楽をシリアスに文学的に語らんと息巻いていた評論家は渋谷陽一であった。視野を半径3mから必死に広げようとしていた自分は、すっかり渋谷の虜になり、『rockin'on』には赤線を引っ張り、著作をすべて熟読し、相次いで創刊された『JAPAN』『cut』に息づく渋谷イズムを吸収し、理論武装していた。
 「鎧というものは安全ではあろうが、随分重たいものだろうと思うばかりだ」。小林秀雄ならそう訝るだろう。
 ただ、『rockin'on』はイギリス寄りとはいえ、ソニックユース、R.E.M.を始め、ガンズンローゼズ、ダイナソーJr.、ピクシーズ、ニルヴァーナ、P.J.ハーヴェイといった本格的アメリカン・ロックに関してはかなりプッシュしていたから、必ずしも“月刊ブリティッシュ・ロック”ではなかった。
 今思えば、イギリス寄りを標榜する渋谷のやり口は、アンチ既存の音楽誌というビジネス的戦略に過ぎず(イギリスにはシリアスなミュージシャンが多く渋谷自身の批評の拠り所が、プログレを始めとするインテリ・バンドの批評性と合致していたというところから出発しているにせよ)、アメリカ、イギリスという区分けではなかったようだ。競合誌として、『ミュージックライフ』は言わずもがな、さらに明確な標的は中村とうよう率いるややアメリカ寄りの、同じ批評誌『ミュージック・マガジン』であった。渋谷は、積極的に中村とうように論戦を仕掛けては粉砕している。結果、経済的な側面においてミュージック・マガジンを蹴散らした。渋谷のビジネス戦略/イデオロギーを思想と取り違えていた渋谷派の自分としては、快哉を叫んだし、中村とうようはロックの敵と見なすまでになった。

 だが今年に入って間もなく、'86年から愛読し精神的支柱ともなっていた『rockin' on』を買わないことが決定した。単純に自分が年を取り、“てめえより若いバンド”に興味が持てなくなったためだ。シーンがつまらない、雑誌がつまらないということではない(つまらないが、それは趣味の問題で、そういう意味で言えば'98年からすでにつまらない)。また、音楽への熱も冷めたわけではなく、むしろ再燃し始めている。というか、違うベクトルで、かなり中庸なスタンス(中庸はスタンスと相容れないがないが便宜上、あえて使う)で、音楽と向き合うようになっている。音楽関連の本にも一層触れるようになってきている。
 今、お気に入りの音楽関連の作家は、中村とうようだ。中村とうようは、研究熱心でいい。渋谷は直感力に優れ批評力は抜群、時代の動きに敏感だからビジネス界でも成り上がったし、その能力を否定するものではないが、ビジネスはしょせんビジネス、数取り合戦であって、数より質と思いたい人間にとって、中村とうようは、この期に及ぶとより魅力的に見えだした。『JAPAN』『H』がポップ化、『cut』までもが女子供に媚びを売り始めた昨今のrockin' on社とは対照的に、中村とうようは、未だにまず売れないだろう研究本をたくさん書いている。中村とうようは性格は悪いし権力的らしいので(あくまで噂)一緒に仕事はしたくないけれど、読者として接している分にはそんなことは関係ない。彼は音楽に対して学究的にアプローチすることを得意としているため、今後、ある分野を掘り下げてこうという段になると、すこぶる彼の著作は重宝する。さすが、京大出身だけあって、資料集めや文献の参照力は信頼がおける。音楽を聞き分ける力が身に付いた30過ぎの男にとって、必要なのは批評ではない。データなのだった。
 データを契機として、そこから世界を自分なりに切り開いていく。今は、戦前のブルースを始め、フォーク、カントリーといったアメリカン・ルーツ・ミュージックから、R&B、ソウル、ジャンプ、ジャイヴ、ビ・バップといったロックンロール黎明期までの「新たな」世界が眼前に煌めいている。先人の魂がおのが魂と共鳴し、精神が瑞々しく躍動するのを覚える。その上で聴く、ベック・ハンセン、レディオヘッド、バンバンバザールは、これまでとまた違った味を醸し出してくる。そんな素敵なミュージックライフを過ごしている今日この頃。
 だが、こんなことをしてる場合じゃない。

by ichiro_ishikawa | 2005-05-10 13:46 | 音楽 | Comments(4)  

なんだか絶句もできなくなり、ほとんど発狂した感じです

 〈「あるものは、その対立物と同一である」。ですから、本当のことは嘘のことになり、絶対に肯定されず、絶対に否定もされない。それは絶対と相対の対立すら超えている。ではなんなのだといわれると、僕は、「それはこれだ」と答えることにしています。(略)それは「言葉そのもの」であると同時に、「言葉」でなく「沈黙」であるとも思えます。それらすらもスッポリ包んでしまうあるもの、僕はこれをある時フッと得たのです。以来僕は「普通の」暮らしがどうしてもできなくなりました。「それはこれ」、すべてが一つであって、0が∞、僕が彼なのです。なんだか絶句もできなくなり、ほとんど発狂した感じです〉

 以上は、c0005419_17591863.gif『週刊新潮』最新号における連載コラム「人間自身」の中で、筆者の池田晶子が引用した、池田の著書『14歳からの哲学』の読者から池田に届いた手紙の一節だ。『週刊新潮』という、何十万もの読者がいるに違いない極めてポピュラーな“オッサン雑誌”の中で、やはり、このページだけ、とんでもないことになっている。不穏といえば不穏、神々しいといえば神々しい、いずれにしろ、ただならぬオーラが発せられている。

 その読者とは17歳の高校生。14〜17歳というのは、人生でもっとも精神が瑞々しく躍動している季節で、誰しも上述のような「経験」は共有しているにもかかわらず、年を重ねて社会性を獲得していくその代償として、それは、忘却の彼方に追いやられる。   
 
 この、「存在」の謎の「説明」は、これ以上明瞭に言えないというほど明瞭なのだけれど、はたして一般に通じるか、はなはだ疑わしい。
 この真理が「分かる」と、小林秀雄の作品群の中でも最も晦渋な部分——批評が詩に転じてしまう瞬間——が明らかになる。
 当の池田晶子は、数多くの著作の中で、基本的にこの1点しか言っていないのだけれど、ごくごく一部の人にしか伝わっていないというのが実情ではないか。分かる人には、分かる。ただし、分かる人にはもはや池田晶子の言葉は必要無いのだから、分からない人に向けて発語される必要がある。この「結論」を言うための、間の言葉が必要だ。
 日常生活に端を発する『ソクラテスにきけ』『残酷人生論』の2作が、比較的、間の言葉を言っている方だが、それでも結論には一足飛びに行き着いてしまっている感は否めないし、否まない。いつか「池田晶子との対話」を敢行、上梓したいところだ。あるいは誰かしてくれ。
 この「真理」が当たり前に人口に膾炙すれば、もう少し生きやすくなる。

by ichiro_ishikawa | 2005-05-09 18:12 | 文学 | Comments(1)