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ボブ・ディラン自伝

 ティーンエイジャーの頃は、実はディランはそんなに好きではなかった。巨人とされているので取り合えずレコードは買ったものの、一度聞いたきり棚にしまい込んで取り出さないでいる時期がけっこう長く続いた。とはいえ下取りに出さなかったのは、後で良さが分かる時が来るやもしれぬと感じていたからではある。
 20代も半分折り返しかかった頃、その時はやってきた。新たに魅力を発見したわけではなく、あのダミ声、単調で淡々としたメロディー、極めて文学的な詩といったディランをディランたらしめていてそれがゆえに嫌いだった要素が、そのまま好きな要素に転じた。

 ボブ・ディランの自伝が出た、アメリカでは50万部を超えたというニュースが最近気になってはいたが、即買い、とはならなかった。あの膨大な作品群でディランのことは重々分かっていると思っていたし、楽曲において詩才というか文学の才が見えるからといって、自伝が面白いとは限らない(正確には、詩を超えられないので相対的につまらなく思えてしまう)ということは往々にしてある。
 ところが、週刊新潮で、福田“意外と分かってる”和也が、誉めてた。福田は批判するにせよ賞賛するにせよ、説得力があるし、何より文章が面白い(もっとも大事なことだ)ので信用しているのだけれど、それで買うことにした。よく見たら値段も1800円とボリュームの割に安価だし、ソフトバンク・パブリッシングというソフトバンクの出版手腕がどんなものかも知りたかった、などなど下らない理由も作用し、購入に至った。容易く購入するといろいろなところが図に乗るからなるべく慎重に動くようにしている。やっぱり下らない本は売れてほしくない。微力とは知りつつも、出版界正常化・常識化を目指し尽力している。
 
 この自伝は、ディランが思いつくまま、まさに筆に随せて綴った随筆風なので、必ずしも時系列で物事が語られるのではないが、やはりディランが音楽を始めたころの話が中心に書かれている。
 てめえがどんなミュージシャンや作家、画家といった人々に憧れ、敬意を払ってきたかといった己のルーツ探訪と、音楽界の20世紀旗手として祭り上げられることへの違和感、この2つを中心に独白している。自伝学(?)的には後者が重要で、心理学や社会学を好む向きには興味深いかもしれないが、自分としては“音楽好きボブ・ディラン”はどのように形成され、どんな音楽的邂逅を経てきたのか、という前者の部分が刺激的だった。
 ディラン自身の祖国アメリカに憧れて音楽を始めたビートルズやストーンズなどイギリスのミュージシャンへの的確な批評、自分とシーンは違えど当時のメインストリームを席巻していたブリル・ビルディング職人たちへの称賛、RUN-DMCやパブリック・エナミーが築いたヒップホップという新しい形態に対しての先見の明など、他者や世界に毒づくのではなく、基本的に「すげえすげえ」と感嘆しているボブ・ディランの姿というのが実に感動的だ。ケルアックやバルザック、ディケンズなど文学への物言いも、音楽家ならではの視点で、とても瑞々しい描写がなされている。そうした一連の「批評」からは、やはり嗅覚の鋭さ、詩の才覚はもちろん、ボブ・ディランという人間的な深みが感じられる。
 また、己とその背景を語ることで結果的に、音楽をメインの切り口とした「20世紀アメリカ史」となっていることも素晴らしい。ピーター・バラカンのようなイギリス人から見たアメリカ物語や、研究者による分析も面白いけれど、40年代から今までをリアルに生きた当事者によるアメリカ物語というのはまた、ストレートに生々しく、アメリカというものを感じるに十分である。
 いずれにせよ、とても面白い本だ。

 本書には、人名や楽曲など固有名詞がズラズラと登場する。音楽に不案内な人には逆にこの部分が退屈かも知れない。それらを説明的にいろいろ語ることは多くないからだ。ただ、いいとだけ言う。だが、ある程度それらの固有名詞に接点がある者ならば、無駄口を叩かないそのシンプルさに、グッと心に重くのしかかる目方がかかっていることを直覚するはずだ。
 U2のボノがディランの自宅にやってきて、いろいろとアメリカン・ミュージックについて語り合うくだりがある。ボノはこの頃、名盤『ジョシュア・トゥリー』を発表した頃で、アメリカン・ルーツ・ミュージックに深く傾倒していたボノが、実際に作品においても生活においても、伝統的アメリカン・ミュージックをストレートに追い求めていた時期だ。ボノは、アメリカ巡礼の旅を行っており、ディラン邸訪問もその一環だったのだろう。このとき、ボノはディランから、最初のアメリカ人がいた地の話など、アメリカについていろいろ面白い話を聞き出す。さらに、この会合でボノはディランにプロデューサーとしてのダニエル・ラノアを紹介し、89年にリリースされるアルバム『オー・マーシー』への制作に結びつく長い逸話が、その後に細かく描かれることになる。

 訳者後書きによれば、版元とは3部作の契約ということで、次作以降のリリース時期は未定だが、着々と進行はしているようだ。次作のタイトルは「ブリンギン・イット・バック・ホーム」というから、ヤバい。いよいよ、あの黄金期が第2部で詳らかにならんとしている。

 というわけで、すげえディラン、ベスト5

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『The Freewheelin'』(1963)
2作目。なんと言ってもディランの代名詞とも言える不滅の名曲「Blowin' In The Wind (風に吹かれて)」がいい。当時のアメリカでは、フォーク・ソングが公民権運動や反戦運動と結びついていて社会的なプロテスト・ソングが流行し、ディランのこの曲はそのアンセムのように語られることが多いが、そんなことはどこ吹く風(←うまい)、ただ純粋に音楽として自立している。自伝の中でディランはそうした動きのプリンスとして祭り上げられることに閉口している。最高のジャケットの女性はディランの当時の恋人スーズ・ロトロ。自伝にも当然登場する。




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『Bringing It Back Home』(1965)
5枚目。「Subterranean Homesick Blues」が最高。この曲のビデオにはアレン・ギンズバーグも登場する。また、ザ・バーズの出世作「Mr. Tambourine Man」は、これがオリジナル。明らかにビートルズの影響が。伝統的なフォーク・ミュージックのスタイルがロック色を強めた名盤。「It's All Over Now, Baby Blue」も名曲。




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『Highway 61 Reviseted』(1965)
6作目。マイク・ブルームフィールド(g)、アル・クーパー(org,p)参加のロックの金字塔。必殺「Like A Rolling Stone」のオルガンは、アル・クーパーが、突然録音スタジオに呼ばれ即興で弾いたと言われる。Cから順番に上がっていくだけのコードでこんだけとんでもなくなるというロックンロールの魔法がここに。




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『Blonde On Blonde』(1966)
ロックンローラー・ディランの最高傑作の7枚目。ロビー・ロバートソン(g)、アル・クーパーなどのミュージシャンが参加。「Rainy Day Women」「I Want You」「I Want You」が素晴らしい。ジャケの髪型、すげえいい。












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『The Bootleg Series Vol.4 BOB DYLAN LIVE 1966 The "Royal Albert Hall" Concert』(1998)
社会派フォークシンガーからシュールなエレクトリック派詩人への跳躍を遂げた瞬間を記録。後にザ・バンドと改名するホークスを従えての、1966年のライヴ。長く海賊盤で出回っていたが、98年にオフィシャル・ブートとしてリリースされた。エレキギターで登場したディランに対し、ある熱心なフォークファンが観客席から「ユダめ!」と叫ぶと、他の客も野次を飛ばしはじめる。怒ったディランは「僕は君らを信じない。君らは大うそつきだ」とやり返す。そして「Like a Rolling Stone」のイントロが流れ始めると、「デカい音で!」とかけ声をかける。この記録だけでも一聴の価値あり。




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『Blood On The Tracks(血の轍)』(1975)
アコースティック・サウンドの金字塔。「Tangled Up In Blue(ブルーにこんがらがって)」はヤバイ。詩がとんでもない。




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『Desire』(1976)
アメリカ建国200年を迎え、ディランは1975年秋から約半年かけて、ビジネス志向が強くなってきたロックミュージックへのアンチテーゼとして「ローリング・サンダー・レヴュー」なる流動的で自由な雰囲気のツアーを決行。それと平行して制作されたアルバムだ。とにかく「Hurricane」がいい。ボーカル、ギター、素晴らしい。スカーレット・リヴェラのバイオリンがいい。



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『Hard Rain』(1976)
「ローリング・サンダー・レヴュー」の一環として行われたコロラドとテキサスのライブ演奏を収録。ラフな演奏がが心地いい。これぞパンクの神髄。




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『The Bootleg Series Vol.5 BOB DYLAN LIVE 1975  The Rolling Thunder Revue』(2002)
70年代ボブ・ディランの最高潮。75年11月と12月に行われた「ローリング・サンダー・レビュー」の4回の公演から選りすぐったライヴ盤。これがあれば『『Desire』と『Hard Rain』は実はいらないがそれは結果論。デヴィッド・ボウイのバンドの元ギタリストだったミック・ロンソンも効いている。


by ichiro_ishikawa | 2005-08-30 18:19 | 文学と音楽 | Comments(4)  

特別寄稿:サマーソニック05リポート

文・写真= 石川三四郎

サマーソニック2005(2005年8月13、14日)

 終わってしまった。
 ロックンロールな2日間が・・・
 朝の9時からビールを飲み、一歩歩くごとにいろんなバンドがロックンロールを鳴らしている。海辺に行けばまた別のロックンロールが。
 サマーソニック2005は僕にとって常に後ろ髪ひかれながらのものだった。なにしろマリンスタジアムとメッセが以外と遠いのだ。だからあきらめざるを得ないところがけっこうある。

 1日目は、ストーン・ローゼズの曲をやるイアン・ブラウン、80% スウェードなTears、これだけは絶対観なければならない。そうするとRootsやQ-tip、ディープ・パープルやナイン・インチ・ネイルズは無理だ。これがまたフェスのせつなさ。しかたがない。
 Tearsは出だしで満足である。ブレット・アンダースン(vo)とバーナード・バトラー(g)が同じステージにいる。それだけで興奮する。もちろんブレットのボイスはすごいんだが、やはりバーナードの腰をクネクネさせながらのギタープレイが凄まじい。アームを駆使しながら爆音で鳴らすその様は凄まじい。
 イアン・ブラウンはローゼズの曲を4曲やった。1曲目の「I wanna be adored」は涙がやまなかった。
 全然知らなかったバンドではアーケイドファイヤがダントツでよっかった。どこかフレイミングリップスを思わせるアクションやメロウさは曲を知らなくても楽しめる唯一のバンドであった。

 問題の2日目。この日はラーズ(!!!!)及びティーンネイジ・ファンクラブと、オエイシス及びウィーザーと、パブリック・エナミーがかぶっている。殺人的なタイムテーブルだ。残酷すぎる。
 この日について仲間とは何十回と話し合ったあげく、やはりスタジアムでやるオエイシス及びウィーザーに絞る(僕らは一日目スタジアムでは何も観ていない)ことにしてあった。ラーズは次の日(15日)の渋谷AXでの単独公演に行くからいい。
 そしてウィーザーの演奏が始まったころドラマは起きたのです。
ウィーザーの「perfect situation」(新作『ビバリーヒルズ』収録)という曲を聴きにぼくはウィーザーに決めたわけなのですが、始まって10分後、ぼくはメッセに向かって走っていました。そう、ラーズが待つソニックステージへ向かっていたのです。そしたらなんとマリンから「perfect situation」が流れてくるじゃないか。夕暮れのなか、涙と鼻水を垂れ流し、「perfect situation」を歌いながら僕はラーズの元へ向かった。
 汗と涙でびちゃびちゃになりながらステージにたどり着くと、スティーヴィー・ワンダーが大音量でかかっていた。デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」が鳴り止むと、ついにラーズの登場です。「Son Of A Gun」で幕が開け、「Feelin'」で踊り狂い、「Timeless Melody」で泣きじゃくり、「There She Goes」で大合唱!! ロックンロール以前のリズムとアコギのザラザラと、リー・メイヴァースのダミ声がもう完璧な世界一のバンドでした。
 急いでマリン・ステイジウムに駆けていき、オエイシス観戦。ノエルもラーズを観ていたらしく(推測)かなり開演が遅れていたので、最初から観れた。1st、2nd、新作からしかやらんかった。最高! 最後は「My Generation」で花火がどかんどっかん!!

 一生忘れられない最高の2日間が終わりました。


The La's(渋谷AX 2005年8月15日)

 ノエルがいた。田中宗一郎もいた。
 基本的には前日と一緒だったので、また「Son Of A Gun」で幕が開け、「Feelin'」で踊り狂い、「Timeless Melody」で泣きじゃくり、「There She Goes」で大合唱!! ロックンロール以前のリズムとアコギのザラザラと、リー・メイヴァースのダミ声がもう完璧な世界一のバンドでした。
 違ったのはアンコール。
1.「There She Goes」(この日、2度目)
2. 「My Generation」(!!!! )

 もう感無量。MC一切なしの超速ギグ。
 セカンド出さねえかな。

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2日連続でラーズ見て、家でラーズかけながらラーズTシャツ作って、ラーズ聴きながら会社に行く。

by ichiro_ishikawa | 2005-08-19 14:33 | 音楽 | Comments(3)  

池田晶子「人間自身」最新号について

 『週刊新潮』での池田晶子の連載「人間自身」、最新号(8月11・18夏期特大号)の内容が波紋を呼んでいる。がんで亡くなったある青年の闘病生活、最期の生きざまに迫ったテレビドキュメンタリーを受けての文章だ。
 勝手に要約する。
 
 青年は、「死ぬことよりも忘れられることが怖い」と言い、死ぬ間際まで「見て見て、俺を見て」とやっていた。これでは生き切ったとは言えない、生き損なったのではないだろうか。
 
 相変わらずストレートである。そして、まっとうな考え方だと感じた。
 この青年の人生はこの青年のものだから、どう生きようがその点においては青年の自由だし、本人がまっとうしたと思っていたとしたら、それは文句なくまっとうしたのであり、他人がとやかく言う筋合いのものではない。
 池田晶子はそんなことは百も承知の上で書いている。
 青年は生前、とてもいい仕事をしたのかもしれない。多くの人に勇気や希望、感動を与えたのも事実だろう。悪い人では全然ないし、むしろ圧倒的にいい人の部類に入る。その点については、池田は何も言っていない。問題としていない。
 池田は、人に見られることを生き甲斐とする、その心性に、人間の小ささ、はっきり言ってしまえば、醜さを見たに過ぎない。
 青年を支持する人が大勢いる一方、青年に対して「何だか可哀想だな」と感じた人もまた大勢いたことは事実だ。ただ、「死んだ人のことは悪く言わない」という人間の生活上の礼儀で、各々、そういう思いは心の奥にしまい、口を噤んだ。
 犯罪者でもない限り、やはり死んだ人の、ましてやがんに冒されて死を覚悟しながら生き、ついに亡くなった人に対して、その人の生きざまについてとやかく言う、まして「生き損なった」と言うのは、確かに常軌を逸している。
 だが、池田は、言葉を扱っているということの「覚悟」について、常に注意を払っている人だ。そして、常に「常識」というもの、人類普遍の土台からものを言う人だ。
 私は、池田晶子は、書かざるを得なかったのだ、と感じる。ああした心性が、手放しに賞賛されることの居心地の悪さ、感情に流されて本質を見えなくしてしまうことの危なさ、そうしたものに対する注意を促したのではないか。
 冷たいと言えば冷たいのだろう。ただし、論旨は明解で何の矛盾もない。「悪口」でもない。そして、根本的には愛すら感じる。

追記
(mixiの池田晶子コミュで、shuposhuproという方が池田晶子のいう「生き損なう」について説明をしていて、実に的確だと思ったので抜粋し補足とします)

彼女が言う「生きる」というのは「考える」つまり、自分と世界の存在について、生と死について考えることに他ならないわけで、それをしないで生きていることは彼女に言わせれば「生き損なっている」。ほとんどすべての人が生き損なっていることになりますね。奥山という人だけではない。

by ichiro_ishikawa | 2005-08-09 17:32 | 日々の泡 | Comments(1)