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歌手ザベストテン

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 あえて歌手と言う。シンガーと言っても同義だが、この外来語はいささか乙に構えすぎている節がある。あえて歌手と言うことで、より、声そのものと歌唱の魅力という点に照準を絞れる気がする。
 黒人をあげていったらきりがないので、除かざるを得なかった。レイ・チャールズ、サム・クック、オーティス・レディング、ドニー・ハザウェイ、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダーと、やはりきりがない。また、黒人とそれ以外を同じ土俵でランク付けするのに抵抗を感じたことも除去した一因。このカウントダウンの裏テーマは、黒人にも匹敵する歌手たち、であるやもしれぬ。
 また、奇しくも、カラオケで一番歌っては行けない歌手リストにもなっている。女性も省いた。ややこしくなるから。女性については近日公開「女とロック」で、詳しく触れる。


13.グレン・ティルブルック(SQUEEZE〜ソロ)
c0005419_21193795.jpgいきなりマニアックだが、レノン/マッカートニー、スティング、コステロと肩を並べるすげえシンガー/ソングライター。実は1位といってもいい。とにかくすげえいい声。
「グレン・ティルブルックは、僕が今まで聴いたなかで最も素晴しく、最もメロディックなソングライターであり、 素晴しいシンガーだ」(ロン・セクスミス)



12.長渕剛
c0005419_1703961.gif透き通るような美声時代(1978〜1980)に始まり、年代を追うごとに声質、歌い方を変えていった長渕。地声に近い声域でのささやき歌唱から、かなりのハイトーンで歌い上げるものまで、長渕は、その歌のうまさこそ特筆されるべきことなのだ。近年のしゃがれた歌い回しはいささかいただけないけれど、1990年頃までは、どれもすごい。シャウトの説得力は、歌にかける覚悟の違いを、凡百のミュージシャンに見せつけている。



11.ミック・ジャガー(The Rolling Stones)
  レイ・デイヴィス(The Kinks)

c0005419_1702127.jpgc0005419_1783345.jpg1960年代のスウィンギン・ロンドンを牽引した40年代生まれのイギリス人は、黒人ブルース、R&Bの物まねから入った。いかに黒人のように歌うかに賭けていた。ストーンズとキンクスだけが今なお現役なのは、このフロントを務めるソウル歌手のカリスマ性によるところが大きい。



10.ヴァン・モリスン(Them〜ソロ)
c0005419_1659548.jpg世界の白人の中で最も黒人なヴァン・モリスン。作品ごとに様々な音楽的アプローチを見せるが、そのソウルフルな歌声は通奏低音として不変。『Astral Weeks』を聴いているとなぜか涙が止まらない。



9.ボノ(U2)
c0005419_16594366.jpgアイルランド人というのは、ヨーロッパの黒人と言われるほど、根本的にブラックなフィーリングを持つ人が多い。前述のヴァン・モリスンに続き、またしてもアイリッシュの登場だ。ボノは、歌が抜群にうまい。低音のセクシーさ、ハイトーンのシャウト、ロックンロールからゴスペルまで、付け入る隙がない完璧さ。そして、その驚くべき声量も特筆に値する。そういや、モリッシーもコステロもレノンも、みなアイリッシュ系なのだった。



8.大滝詠一(はっぴぃえんど〜ソロ)
c0005419_16593146.jpgはっぴぃえんど的な黒人、ロック的なアプローチと、『A Long Vacation』などに見られる純粋な歌手としての歌唱、どちらも素晴らしい。ソングライターとしての評価が高いが、実は何よりも歌手としての才能がずば抜けていることに気づくのはいいことだ。プレスリーから始めた人なのだ。また、ルイ・アームストロング風もとんでもない。



7.モリッシー(The Smiths〜ソロ)
c0005419_16591981.jpgこのリストの中で、最も黒人から遠く離れた歌手。ヨーデル調の歌唱が特徴だが、腹を抉るような絞り出すような呻き唱法もいい。変態歌手は基本的に好みじゃないのになぜモリッシー?という向きもあるようだが、モリッシーは変態じゃない。言動は変態だが、歌唱、すなわち精神はロック。ただ、「Still Ill」ではあるだけだ。兎にも角にも、最も言わなければならないのは、モリッシーの歌声は、優しい、ということだ。




今週のスポットライト
福島康之(バンバンバザール)
c0005419_1727783.jpg94年デビューなので、まだサンプルが少ないため同じ俎上には乗せなかった。より黒人ブルース色を強めてきた近年の掠れ声も素敵だ。口上も素晴らしく、ライヴ盤でもそれは聴ける。詳しくはバンバンマガザンで書くからここでは書けないのが残念。



6.鈴木雅之(シャネルズ〜RATS & STAR〜ソロ)
c0005419_1659792.jpg歌手というのは俺が最も憧れる職業だ。それは、「左の本格派(本格左腕/サウスポー)」以上である。ロックロックといいながら、歌謡曲が音楽原体験の俺は、「歌もの」に滅法弱いのである。ロックには必ずしも「歌」はなくてもよく、演奏に主眼があるものがすげえ好きである一方、「歌もの」も決して看過できない存在、というか、そっちの方が好きなのかも知れぬ。アルバムよりシングル、なのやもしれぬ。だからi-podsをシャッフルで聴くのが好きなのやも知れぬ。
マーチンこと鈴木雅之は、テレビのザベストテンでシャネルズとして聴いていたから、今回のリストの中で最も早くてめえの人生に登場してきた歌手である。当時の歌手としては、沢田研ニという惜しくも13位で、ランクから外れてしまった人もいるが、ダントツでシャネルズがよかった。単に曲が良かったのだけれど、氷室が89年に雑誌pia music complexで「好きなんだよな、こういう声」と言っていたことで再注目したのだが、大人になってから改めて接するに、シャネルズ〜ラッツは、何より鈴木雅之の声がすげえのだということが明らかになった。俺には黒人と鈴木雅之の声の区別ができぬ。黒人のように歌えるという意味ではイエローモンキー1である。このテの地声が低い人が出すハイトーンはやはり特権と思わざるを得ないのだが、そのセクシーなことといったら! そりゃ大滝詠一も認めるだろうよ。この声はとんでもない。特にシャネルズ〜RATS & STAR時代の太く低い声質で歌い上げるテノールには、しびれる。ハイトーンで掠れるハスキーな響きも秀逸。ずっと聴いていたい。日本人で一番黒人。



5.マイケル・スタイプ(R.E.M.)
c0005419_16585629.jpgR.E.M.は曲がいいのか、ギターがいいのか、ボーカルがいいのか、はっきり言えないところがある。もちろん全ていいのは言わずもがなだが、あえて個人的な見解を述べれば、声、となる。ボリス・ヴィアンの台詞を引用して「電話帳を読み上げても泣かせる声」と、自ら自覚、豪語しているその声は、黒人とも伝統的な歌手とも違う、実にロック的というか詩的というか、誤解を恐れずに言えば文学的なものだ。文学とは文で成り立つが故、音声を文学的などというと比喩を弄しているようで恐縮だが、いまはそうとしか言えぬ。



4.エルヴィス・プレスリー
c0005419_16584578.jpgセクシーだ。ベタベタな感はあるけれど、それはエルヴィスのヴォーカルを何ら損なうものではない。激しいロックンロール、甘いバラード、シャウト、ヴィヴラート、ロック・ヴォーカルのすべてがある。やはり、はじめにエルヴィスありきだ。



3.エルヴィス・コステロ
c0005419_19283040.jpg一番好きな類いの声。歌というのは基本的に地声をオクターブ上げて歌うものだが、「基本的に〜というもの」というものに常に抗う属性のあるロックにおいては、そうしたことが往々にして破られるけれど、ポップに重きをおいているミュージシャンは、形式や伝統に比較的忠実に、ある意味、その枠内で、あらゆる可能性を求める。コステロはそうしたロックミュージシャンだ。コステロを初めて聴いたときは、反骨、前衛、ミュージシャンズ・ミュージシャンなどという事前情報を見事に裏切る、歌謡曲すれすれのポップなロックだったことに面喰らったのを覚えている。
コステロの歌はどこを切ってもとんでもないけれど、際たる魅力のひとつは、ハイトーンだ。俺はハードロック、メタル系の金切り声、女性j-popperの、あのキンキン声、高音、というやつが凄く苦手なのだが、音域的にはコステロも同じぐらいのところのはずだが、コステロのハイトーンは、黒人っぽいフィーリングがあり、そこがすげえいい。それは地声が凄く低く太いということが大きいかも知れない。「低く太いハイトーン」というのが、いいのだろう。掠れ具合もいい。またコステロは、声量も大きい。数年前、NHKホールでアカペラで歌った「she」は震えた。大歌手である。



2.ジョン・レノン(The Beatles〜ソロ)
c0005419_19305723.jpgジョン・レノンを語るには実にいろいろな切り口がある。語るに余りあるいろいろな重要な要素で満ちている所以だろうが、ということは、どれを語っても何かが語り落ちるということで、それが俺がレノンをあまり語らない理由になっている。俺がレノンをあまり語らないことなど知らんだろうが。それでも何かを言うならば、そして家に戻って「また嘘をついっちった」と落ち込まないとするならば、それは、声、なのだった。レノンは、何をおいてもまず、歌手として凄いのだ。それが、レノンの全てとさえ言いたい衝動に駆られる。世界をひっくり返したのは、その声だ。ああ、すげえ。



1. 氷室京介(BOφWY〜ソロ)
c0005419_1658470.jpgそんなレノンを凌駕するのが氷室だ。まあ、異論はあるだろう。あるいは個人の趣味だからとただ看過する冷静な知識人もいるだろう。が、声ということでいえば、申し訳ないが、レノンを上回るというのは厳然たる事実だ。現実を直視したくないのは、俺も夢想で食っているので重々わかるが、事実は悲しいかな事実だ。いや、別に悲しくはない。いずれにせよ、比較は止めよう。このカウントダウンは、順位づけに主眼はない。カウントダウンのワクワク感を出したいがために、便宜上順位付けているだけで、日替わりなのだ。ただ、そんなでかい変動はないけれど。
氷室も、長いキャリアを持つミュージシャンの御多分に洩れず、唱法、声質に変遷があるけれど、最もすごいのは「Only You」を頂点とするBoφWY中後期だ。初期の荒々しいとんがりまくったパンクな感じもいい。ソロの「艶」を強調した感じもいい。でも、BoφWY中後期の、荒々しく暴力的ながらも甘く優しくセクシーであるという奇跡が起こっているヴォーカルは、本当にヤバい。地声はそんなに低くはないけれど、根っこはコステロや鈴木雅之の系統で、黒人の臭いムンムンのソウルフルな声質である。だからハイトーンは艶やかで、ややハスキーだ。低音というやつは、結構誰が出してもセクシー足りうるのだが、セクシーの次元が違う。ソウル、ブルースのそれである。あるいはやくざのドスが効いている、といってもよい。また、93年から歌詞を職業作家に委ねているので、単純に音として声に対峙できるというのも都合がいい。ただ、ソロはギターの音が良くないのが残念だ。ずっと声だけ聴いていたい。

by ichiro_ishikawa | 2005-11-24 11:00 | 音楽 | Comments(1)  

新企画「カウントダウン・マガジン」vol.1

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c0005419_22362413.jpg 最も誤解しないはずの人たちが、惜しくも誤ってしまいがちなのが、長渕剛の評価である。

「いいかい、男はどんな時でも浮気のひとつくらい、誰でも持っているものさ。わからないだろうが」(「俺らの家まで」78年)とデビューした長渕。

「女の夢は、男の夢を応援する事であってほしい」(NHKの87年のインタビュー)と豪語する男、長渕。

「そんなことより俺はお前をベッドに引きずり込み、素っ裸のお前の胸にしゃぶりつく」(「I Love You」)長渕。

 レスラーばりの筋肉を誇示し、素肌に革のベスト、変なアップリケ付きスリムジーンズの長渕。

 長渕は、神経質で気難しくわがままで完璧主義で武骨ですぐ人を殴る蹴る、そして、蹴る蹴る蹴る。

 中身や心といったって、それは、外見や肩書きと同じくらい表層的な事でしかないので、人は見た目がほとんどすべてだといっても強(あなが)ち、間違いではない。
 その見た目、印象で、大抵の良識ある人たちは、長渕には用がないはずだ。
 確かに、90年代以降の名声を獲得したあとの長渕がファースト・コンタクトだったら、そうなるであろう。
 
 だが、あの頃の長渕はすげえカッコよかった。今では信じられないだろうが、ものすげえカッコよかったのである。


長渕クロニクル

第1期「フォーク」1978 - 1980
(孤高の黎明期、あるいは若き確信)

c0005419_2232517.jpg 長渕は1956年9月7日生まれだ。痩せっぽちで、長髪で、透き通るようなきれいな声で、人生の悲哀を紡いでいたフォーク時代(1978〜80年)。とは言え、「神田川」やチューリップの湿っぽく、情けないフォークではない。吉田拓郎、友部正人直系の、ブルーズ〜ロックと表裏一体の、眼光鋭いフォークである。ディラン、ニール・ヤングである。新人のくせに生意気だと、くそのような業界からはじかれながらも、うんこでいっぱいの世間に逆流してでも、かたくなに自分の表現というものを信じ、生きた。世間的なヒット曲、「巡恋歌」「順子」「乾杯」。

第2期「ポップ、ロック化」1981 - 1984
(模索期、あるいは他者との折り合い)

c0005419_22342068.jpg ニューウェーブという時代性の影響下、フォークというアンダーグランドの聖典に必ずしも拘泥しなくなり、ポップ性、ロック性を増していった1981〜84年。“やつら”と同じ土俵で勝負すべく奮闘した。テレビに出ることもよしとした。ついには俳優としての表現にも挑戦。外部の作詞家ともコラボレーションを始める。それまでの透き通った美声を捨て、アルコールをのどにぶっかけて荒らして、しわのある、しゃがれた声を求めるように。世間的なヒット曲、「Goodbye青春」(ドラマ「家族ゲーム」主題歌)。


第3期「ロック期」1985
(完成前夜、あるいはロックスターの悲劇)

 ポップ、ロック化の集大成として、『Hungry』をリリースした1985年。ここからはじまるのさ。世間的なヒット曲、「孤独なハート」(ドラマ「家族ゲーム2」主題歌)。


第4期「長渕剛」1986 - 1987
(完成期、あるいはジャンル“長渕”の金字塔)

 フォークだ、ポップだ、ロックだ、芸能人だ、アーティストだ、チンピラだ、ラーメン屋だ。そんなことはどうでもいい。要は、“なに歌ってんの”ということ。実験的に背負い込んできた色々なものを、全部捨てた。残ったのは、ギターと己が声。『Stay Dream』(1986年)『License』(1987年)で、誰にも似てない、どこにも属さない、誰もなしえなかった、“長渕の音楽”を創造した。世間的なヒット曲、「Super Star」(ドラマ「親子ゲーム」主題歌)、「ろくなもんじゃねえ」(ドラマ「親子ジグザグ」主題歌)。


第5期「とんぼ」1988 - 1992
(とんぼ期、あるいはとんぼ)

c0005419_22364510.jpg  「ろくなもんじゃねえ」がチャートの1位、『親子ジグザグ』が高視聴率を記録したことで、実質的に、目に見える形で、圧倒的なポピュラリティを獲得。“俺流”が世間で認められたことで、『Stay Dream』『License』の世界が、若干、違った立場(社会的追い風)で、ややハードに押し進められていった。それは「とんぼ」で確立された。ものすごい存在感でぶっちぎっていく。世間的なヒット曲、「とんぼ」(ドラマ「とんぼ」主題歌)、「しゃぼん玉」(ドラマ「しゃぼん玉」主題歌)「RUN」(ドラマ「RUN」主題歌)。

 

 プライベートにせよオフィシャルにせよ、その言動からうかがい知れる事など瑣末なものだ。そのカッコよさは、何よりも作品において、わかる。
 かつてデイヴィッド・ボウイの奥さんは言った。デイヴィッドと共にふだん生活をしたり、ひざを突き合わせてじっくり語り合うよりも、彼の作品や1時間のステージと向き合う方が、彼の本質を知る事ができる。
 作品でみる、ものすげえカッコいい長渕ベストテン。


ドラマ編

第5位
「家族ゲ−ム2」(1984年、TBS系)

c0005419_22405146.jpg 長渕は、三流大学に何年も通う家庭教師・吉本にふんし、落ちこぼれ中学生と、マザコン高校生の兄弟に、活を与える。


第4位
「家族ゲ−ム」(1983年、TBS系)

c0005419_22405734.jpg 長渕は、三流大学に何年も通う家庭教師・吉本にふんし、落ちこぼれ中学生と、陰を持つエリート高校生の兄弟に、活を与える。


第3位
「親子ゲーム」(1985年、TBS系)

c0005419_224216.jpg 長渕は、元暴走族で女好きなラーメン屋の雇われ店長・保(たもつ)にふんし、捨て子のマリオとグワッとかかわっていく。


第2位
「家族ジグザグ」(1987年、TBS系)

c0005419_22423563.jpg 長渕は、元暴走族で女好きな定食屋の雇われ店長・下別府(しもべっぷ)勇二にふんし、元恋人との間に生まれていた子・勇と再会。勇とオニババな母とグワッとかかわっていく。


第1位
「とんぼ」(1988年、TBS系)

c0005419_22443367.jpg ハメられて組織を追われそうなヤクザ・小川英二にふんし、舎弟のツネ(哀川翔)とともに、しがねえ世の中に逆流していく。途中、チンピラ(寺島進)の耳をそぎ落とし、金八先生のプロデューサーでもある番組プロデューサーと確執。
これまで、強くもねえのに粋がってる気難しい若造だったのが、このドラマ以降、暴力的な資質は昔から変わっていないにもかかわらず、本人の社会的な地位が向上してしまったため、「マジでこええ人」と認知されるように。



アルバム・カウントダウン

第10位
「Bye Bye」(1981年)


c0005419_173898.jpg 4作目にして、フォークという、若き自分を根っこから支えてきた音楽の形態に別れを告げたことで、いっそうフォークが輝きだした。「碑」「二人歩記」「さよなら列車」「道」である。そう、フォークとはブルーズであった。「プア・ボーイズ・ブルース」「賞金めあての宝さがし」「銀色の涙とタバコの煙」「ほこりまみれのブルージーンズ」と、フォーク/ブルーズの佳曲が並ぶ。「Bye Bye忘れてしまうしかない悲しみに」は、友部正人への別れのラブレターともいえよう。

ベストトラック
「Bye Bye忘れてしまうしかない悲しみに」
ハイライトトラック
「碑」「二人歩記」「さよなら列車」「道」「プア・ボーイズ・ブルース」「賞金めあての宝さがし」「銀色の涙とタバコの煙」「ほこりまみれのブルージーンズ」




第9位
「時代は僕らに雨を降らしてる」(1982年)


c0005419_10488.jpg ポップさをグンと増した。なんと言っても、「交差点」「愛してるのに」のラブソング2連打はやばい。これはやばい。いよいよやばい。「どしゃぶりレイニー・デイ」「夢破れて」と、名曲ぞろい。

ベストトラック
「愛してるのに」
ハイライトトラック
「時代は僕らに雨を降らしてる」「どしゃぶりレイニー・デイ」「交差点」「夢破れて」




第8位
「JAPAN」(1991年)


c0005419_102546.jpg 長渕35歳。紅白歌合戦に初出場し、ベルリンのフランス聖堂から、前代未聞の3曲熱唱。サブちゃんを怒らせた。NHKのスタッフを“たこ”呼ばわりし、NHKと袂を分かつ。MCの松平アナの質問に全く答えず(86年の徹子の部屋でもそうだったが)、段取り無視。松平アナは帰りに荒れ、タクシーの運ちゃんの後頭部を蹴った。「アイ・ラヴ・ユー」は、バブルで浮かれる女の前で三つ指をつき舌の先を転がすような玩具のような男、及びその女への痛烈な批判ナンバー。

ベストトラック
「炎」
ハイライトトラック
「俺の太陽」「しゃぼん玉」「炎」「アイ・ラヴ・ユー」「何ボの者(もん)じゃい! 」「親知らず」「ベイ・ブリッジ」「シリアス」「東京青春朝焼物語」「マザー」




第7位
「JEEP」(1990年)


c0005419_122791.jpg 苦節11年、89年の「昭和」で、ついに誰もが認めるNo.1になった長渕が、まだまだ有り余るパワーで作り上げた傑作。全曲超名曲。「お家へかえろう」のヒットスタジオでの熱唱はすごかった。「西新宿の親父の唄」は、「北の国から」でおなじみ“やるなら今しかねえ”。「浦安の黒ちゃん」は、長渕のドラマを支えた脚本家・黒土三男へのラブレター。

ベストトラック
「海」
ハイライトトラック
「女よ,GOMEN」「流れもの」「友だちが いなくなっちゃった」「電信柱にひっかけた夢」「海」「カラス」「お家へかえろう」「しょっぱい三日月の夜」「浦安の黒ちゃん」「西新宿の親父の唄」「ジープ」「マイセルフ」




第6位
「ヘビー・ゲージ」(1983年)


c0005419_165755.jpg このあたりから、長渕はテレビへ進出する。フォーク・シンガーとして硬派、純潔を守り、メインストリームとは一線を隠して活動してきた長渕だったが、結局はたからみりゃ、あんたもあたいもミソクソ芸能人。十把一からげ。ならば、俺は俺のやり方を変えずに、やつらと同じ土俵に上って勝負してやろう。そういうことではなかったか。

ベストトラック
「ドント・クライ・マイ・ラヴ」
ハイライト・トラック
「わがまま気まま流れるまま」「おいで僕のそばに」「すべてほんとだよ!! 」「いかさまだらけのルーレット」「—100°の冷たい街」「僕だけのメリークリスマス」「午前0時の向こう側」「僕のギターにはいつもHeavy Gauge」




第5位
「ホールド・ユア・ラスト・チャンス」(1984年)


c0005419_131166.jpg 80年代という浮かれたポップ化の波をいいように受け、とんでもない、長渕の音楽を完成させた。悲しみの権化、長渕、ここにあり。「SHA—LA—LA」は、ウッチャンナンチャンが劇団の名にした。

ベストトラック
「カム・バック・トゥ・マイ・ハート」
ハイライト・トラック
「SHA—LA—LA」「タイム・ゴーズ・アラウンド」「カム・バック・トゥ・マイ・ハート」「孤独なハート」「スローダウン」「ファイティングポーズ」「ホールド・ユア・ラスト・チャンス」




第4位
「昭和」(1989年)


c0005419_125910.jpg 「とんぼ」の大ヒットで、その地位は不動のものになった。64年も続いた昭和が終わり、長渕はこの世の無常を歌にした。

ベストトラック
「シェリー」
ハイライト・トラック
「とんぼ」「シェリー」「激愛」「ネヴァー・チェンジ」「裸足のまんまで」「明け方までにはケリがつく」「昭和」




第3位
「ハングリー」(1985年)


c0005419_114644.jpg 85年の音がする。この時期はニール・ヤングでさえ変な赤い肩の広いジャッケッツを着ていたぐらい、おかしな風潮に抗うのは無理だった。エコーのかかったスネアドラム、キラキラしたシンセが鳴り響く。とはいえ、そうした時代性を持ちながらも、すげえブルースロックが充溢しているところが本作の肝である。

ベストトラック
「明日へ向かって」
ハイライト・トラック
「ハングリー」「スタンス」「生意気なパートナー」「久しぶりに俺は泣いたんだ」「勇次」「逆転ブルース」「太陽へ続くハイウェイ」




第2位
「ステイドリーム」(1986年)


c0005419_12268.jpg 長渕が30歳にして遂に到達した頂がここに。全編アクースティックギター1本で紡がれたこれらの楽曲の尋常じゃない緊張感はどうだ。神経質ロックの金字塔である。主調低音は怒りではない。哀しみだ。いずれにせよ、この目だ。俺は、この目を信用している。

ベストトラック
「ステイ・ドリーム」
ハイライト・トラック
「レース」「だん・だん・だん」「風来坊」「俺たちのキャスティング・ミス」「ハロー悲しみよ」「少し気になったブレイクファスト」「ユー・チェンジド・ユア・マインド」「わがまま・友情・ドリーム&マネー」「ひとりぼっちかい? 」「スーパー・スター(LP特別ヴァージョン) 」




第1位
「ライセンス」(1987年)


c0005419_1404.jpg長渕とは、要は、悲しみだろう。悲しみ、を辞書で引くと、長渕とあってもおかしくない。長渕の悲しみは、愛が永遠のものではない、という悲しみだ。なぜ俺は君に別れを告げなくてはならないか。そこをこそ歌う。

ベストトラック
「パークハウス701 in 1985」
ハイライト・トラック
「泣いてチンピラ」「プリーズ・アゲイン」「ろくなもんじゃねえ」「He・la-He・la」「シッティング・ザ・レイン」「花菱にて」「ライセンス」「何の矛盾もない」




補記
 長渕を聴くことは、1993年以降、めっきりなくなった。けれど、深く傷ついたとき、悲しみに暮れた時、どんな励ましや、ポジティブ・シンキングも歯が立たないとき、長渕に手が伸びるのだった。この得体の知れない悲しみが、長渕にあってこそ、共有されていた、と知ることは、当時、の悲しみからの唯一の脱却であった。そんな、恩のある人を、作品が、言動がつまらなくなったから、ぐらいで見捨てる気にはなれないのである。

by ichiro_ishikawa | 2005-11-06 22:54 | 音楽 | Comments(10)  

「クイズ・えらい人の心中」第1回:伊藤仁斎の答え

 例えば、彼の心は、きっとこんな具合に動揺していたに違いない。
 論語が聖書である位なことは、誰でも知っている、子供でも知っている、だが、本当に知っているか。自分が、数十年来、論語を熟読して来た経験によれば、論語を「学ンデ知ル」ところと、論語を「思ツテ得ル」ところとは、まるで違った事なのである。今日、自分が、その「思ツテ得タ」ところに従って、注解を書こうとし、この書について、今更のように新たにした驚きを「最上至極宇宙第一」という言葉で書き表わそうとした。これは、大げさな言葉ではない。これ以上大げさな言葉が見付からぬのを悲しんでいる自分の心事が理解されるだろうか。それは覚束ない事である。いっそそんな事は何も言わず、黙って注解だけを見て貰う方がよかろう。しかし、どう注解してみたところが、結局、「最上至極宇宙第一」と注するのが、一番いいという事になりはしないのか。

小林秀雄版「学問のすすめ」
『考えるヒント2』所収「弁明」(文春文庫)より

by ichiro_ishikawa | 2005-11-04 19:37 | 文学 | Comments(0)  

新連載「クイズ・えらい人の心中」第1回:伊藤仁斎


 
 江戸時代の学者、伊藤仁斎は、孔子の『論語』を「最上至極宇宙第一」の書と呼んだ。今日、使っている彼の論語注釈の稿本を見ると、稿本を書き改める毎に、巻頭にこの語を書き、これを、書いては消し、消しては書きしていて、書こうか書くまいかと思い惑った様子が見えるそうだ、と小林秀雄が言っている。

 ここで問題。

 彼は、一体、書いたり消したりしながら何を考えていたのか。その時の仁斎の心を、慮(おもんぱか)りなさい。

by ichiro_ishikawa | 2005-11-01 22:53 | 文学 | Comments(5)