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リリー・フランキー in『GQ』

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 「泣ける」という触れ込みがずっとイヤだった。何か大事な物を取りこぼしている。「あとで、会いにゆきます」とか「世界中の中心で」とか「1リットルもの涙」とかと同じレベルで語られては迷惑だ。だが、当のリリー・フランキーはさすが動じない。
「ミュージシャンと同じで、リリースされてしまえば、どう捉えようが受け手の自由」というスタンスだ。
「ただ、『泣いた』と言われるのは嫌じゃない。でも泣いたで言えば、俺の方が泣いてる。書く前から泣いてるし、泣きながら書いていたからね」
 インタビュアーはGQだから地位や名声に対して敏感だ。周りの反応は変わったかと聞かれると、
「年上の人と接する機会が増えた。いつも“変わった奴”と見られていたが、“母親思いの変わった奴”に変わった」と余裕の返し。
 GQだから女性にモテることに対しても過剰な反応を示している。100万部超えなくたってリリーはモテていた。数は増えただろうが、それは下衆が増えたということだ。モテないやつは100万部超えたってモテない。下衆は寄って来るだろうが。そこを履き違えるのがGQとレオンだ。リリーは“ちょいワル”とは縁もゆかりもない最も遠いところにいる。言っとくがリリーは“すげえ悪い”だ。
 最後に福田和也は、『東京タワー』を「男目線による究極のマザコン小説」と評した。もちろんこれは絶賛ということだ。
 いつも金、金うるさいGQが印税について聞いてくると、
「母親の墓を買う」
 ロックだなあ、リリーは。

by ichiro_ishikawa | 2006-02-21 17:18 | 文学 | Comments(0)  

養老“唯脳論”孟司「無思想の発見」はいい

新書がちょっとしたブームなのか。
 「バカの壁」を皮切りに、「さおだけ屋はなぜ潰れないか」、「国家の品格」、「下流社会」、「千円札は拾うな」、「超バカの壁」など、新書が軒並み大ヒットしている。
 新書は、そも手軽に物事の概要をざっと捉えるにはもってこいの媒体だけれど、ここまでヒットしているというのは近年まれに見る現象だ。大学生から一般のサラリ−マンまで幅広い層に読まれているということだろう。最大の要因はタイトルにあると思われる。
 どれも“おやっ”と思うキャッチーさがある。それで立ち読みでパラパラとページを繰ってみると、身に覚えのある(社会生活に役立ちそうな)フレーズがポンポンと飛び出してくる。「これは楽だ!」というわけである。
 そういう人は、いかに「情報」が生活に役立つかこそが重要であり、情報誌でも読むように一度読んだらすぐに忘れて、「現実」なる生活にさっと戻ってゆくのだろうが、出版社にとってはどう読まれようが売れれば勝ちだろうし、著者にとっては読者の0.1%でも思索の喜びを感じてもらえたらこれ幸い、といったところだろう。 
 一方、普段から思索癖のある輩にとって、新書はあまり必要ではないらしいのだけれど、近年上梓された本は、そうした層も取り込んでいる感がある。言われている内容が、易しく、あるいはやや扇情的に書かれてはいるものの、その本質は深いからだ。
 特に、新潮社のベストセラー3冊「バカの壁」「超バカの壁」「国家の品格」は深い。
 養老孟司は、そも深い思索家だけれど、「国家の品格」もそんなに負けてはいない。
 だが、これは編集者がすごいのだろう。
 タイトルの秀逸さ、本文の分かりやすさ。「超バカの壁」に至っては、編集者による養老の口述筆記である。著者色よりも、編集者色がプンプン臭ってくる。気持ち悪い。

 そんな中、あまり売れていない新書がある。
 内容は一番凄いのだけれど、売れていない。
 それは、同じ養老による、ちくま新書「無思想の発見」だ。
 内容の本質は「唯脳論」や「バカの壁」と同じにもかかわらず、売れていない。その原因は様々あるだろうが、おおまかに言って、タイトルと文章にあると言えよう。タイトルは文学的にすぎるし、内容は事象そのものに特化し過ぎだ。それでも、「世間」「世間」とやたら出してくるところなど、「生活」=「現実」の一般読者に対する十分な配慮はなされている。が、やはり一般の“楽に考えたい”派には受け入れられないだろう。“楽に考えたい”派は、サラーッと読みたいのだ。そこが週刊誌も出している新潮社とちくまの差か。

 売り上げだけで判断するのは市場史上主義ならともかく、ファンキーでリズム&ブルーズなロックンローラーにはあってはならないこと。ここで声のボリュームを大にするが(といっても3ぐらい)、ここ最近の新書では、「無思想の発見」がトップだ。これは売り上げに対して金銭的な利害関係のない、どの出版社にも属していない自分が言わねばならない。
 どういいか。
 知らぬ。小林秀雄や池田晶子、茂木健一郎、あるいはプラトン(ソクラテス)的なところを、日本の生活にどっぷり漬かった理科系の科学者が、伝えるべき読者をはっきりと想定した上で綴っている、といったところかも知れぬ。
 そんなものは、他にもけっこうあるぜ、というムキもあろう。それはあろう。だから、本書が唯一と主張するのではないし、唯一かどうか、そんなに読書家でもないから知らないのだが、近年の著作で、行動範囲が江東区と港区に限られている中年男性の手に届く範囲で見た限り、最もすごい、とだけ言いたい。

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by ichiro_ishikawa | 2006-02-21 17:16 | 文学 | Comments(1)  

なんでお前そんな質問するか

小林秀雄講演CDをグワッと聞いているが、
抜粋せざるを得ない衝動に駆られたので、一部ここに記さん。

大学生への講演が一段落し、小林は聴衆にこう切り出す。
「なんか質問はないですか?」
おっと思うが、そこは小林秀雄、やはり一筋縄ではいかない。
小林は、大学で講義をやっていたときに、学生によく質問をさせたのだと続ける。
そして、よくこう叱ったものだと。
「なんでお前そんな質問するか」

「質問すれば答えてくれるなんて思っちゃいかんよ。
そんなぁ、君、僕は答えられやしないよ。
『どうしますか、現代の混乱を』、なんて言われてどうしますか? これは質問がなってないんですよ。
あの人なら答えてくれると思ってる。これがいけないんですよ。
質問をするってのは、自分で考えるってこったろ?」
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「実際、質問というのは難しいことでね、本当にうまく質問するということは、もう答えは要らないっていうことなんですよ、本当は。
人間の分際で、この難しい人生に向かって、解決を与えるなんていうようなことはおそらく、出来ないですね。
ただ、正しく聞くっていうことは出来ますね。
だから、正しく聞こうと、諸君、考えておくれよ。
なにも質問を止めろというわけじゃないよ」



2月17日の朝日新聞朝刊に、池田晶子が東京の戸山高校で特別授業を行った際の記事が出ていた。
「自分とはなにか」
「死とはなにか」
これらを、考えろという。(以下、問答の想像)
学生は、そんな当たり前のことは考えたこともないので当惑する。
自分は自分です、と鼻を指す。それは「自分の鼻」だ。自分じゃない。
自分は脳か? じゃあ脳を触ったら、自分に触れたことになるのか?
死は? 
人が死んだ。死はそこにあるか? いや、そこにあるのは死体だ。
死はなくなることか? 何が?

池田が質問を投げかけるのは、当然、答えを見いだすためではない。
ただ考えるきっかけを与えるのみだ。
また、生徒の質問に答えるわけでもない。
「そんなぁ、君、アタシは答えられやしないよ」
そして、池田は、最後にこう言い放って帰ったことだろう。
「おのが一人で考えよ、もちろん参考書なんていらぬ。手ぶらで考えよ。分からないということがはっきりと分かるまで」

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▲戸山はバンバンバザール福島君の母校です。


The Whoのピート・タウンゼントがこう言ったそうだ。
「ロックンロールは誰かを救済するものではない。
ただ、悩み苦しんだまま、そいつを踊らせるんだ」

本物は、答えを与えない。考えを促すのみ。
思えば、キリストもそうだ。ソクラテスなんてその代表だ。
彼らは、思索を促すための、“考えるヒント”しか言わない。

by ichiro_ishikawa | 2006-02-18 19:36 | 文学 | Comments(1)  

氷室京介と布袋寅泰

 氷室と布袋は水と油。性格的にも音楽的にも、対極に位置する存在だった。
 暴走族に属し不良の親分でケンカがめっぽう強く屈強な肉体を持つ硬派な氷室。
 一方、音楽マニアでアート少年。奇行ばかりが目立ち、痩せっぽちでひょろ長く、女性的でなよっとした布袋。
 キャロル/矢沢を敬愛し、「傷だらけの天使」やヤクザ映画をこよなく愛する氷室。
 一方、10cc、スティーヴ・ハーレイ&コックニーレベル、ロキシーミュージックといった英国音楽やファッションに傾倒していた布袋。
 絶対に相容れない2人。それがなぜ結ばれ、バンドを結成したか。それは、絶対に相容れない2人だったからだ。お互い自分とは真逆の存在が気になった。むかついた。大嫌いだった。だが、自分の世界を広げようと必死だった若き彼らは、異文化交流を激しく求めた。結果、互いに触発しあい火花を散らし、これまでの日本の歌謡曲/ロック、洋楽とはまったく異なる、独特なバンド/サウンドが生まれた。これまで地下街で暗躍していたロックバンド/ミュージシャンは洋楽のコピー、選民意識の高いスレた連中ばかりだった。チャートに台頭する音楽は「すべて」アイドル歌謡だった。BOφWYは、そのどちらでもなかった。どこにも属さないバンドだった。日本の音楽シーンに文字どおり風穴を開け、“ロックでなければ売れない時代”を築き上げた。ここが、BOφWYがビートルズである所以だ。

 蛇足だが、解散以降、氷室はより女性さや繊細さを増し、布袋はより男っぽさを増していく、というのは実に興味深い。


布袋寅泰の自伝「秘密」


 布袋寅泰の自伝「秘密」(幻冬舎)が刊行された。
「秘密」という意味深なタイトル。熱心なファンならば、まず“あのこと”が語られているのでは、と直覚するはずだ。
 結論をズバリいうと、“あのこと”は「墓場まで持っていく」とだけ記されている。つまり、永遠に語らない。
 これは、理由といっても様々な要素が複雑に絡まっており、メンバー4人にしてもそれぞれ思いは異なる。自分はBOφWYとしては1/4の存在である。そうした謙虚さと誠意からだ口を噤んだ。当事者としては正しい態度だ。

 布袋の人生が、本人の言葉で書かれ上梓されるのは、93年の「よい夢を、おやすみ」(八曜社)、95年の「六弦の騎士」(東京書籍/森永博志との共著)以来3冊目。いずれも自伝的要素が強かったが、今作の特異性は、生い立ちから現在までを網羅しているところ。「サレンダー」「さらば青春の光」「ポイズン」「スリル」といったヒットシングルを制作し、大衆と真っ正面から向き合うようになって以降、初めての著書で、文体も肩の力が抜けている。その分、比較的、過去を赤裸裸に振り返っている感がある。
 軸は、様々な出会いと別れ。最も大きなポイントとなる別れは5つ。

1.韓国人の父親との別れ
2.氷室京介との出会いと別れ
3.吉川晃司との出会いと別れ
4.山下久美子との出会いと別れ
5.今井美樹との出会い

 概ね、これまでの著作やインタビュー、ラジオなどですでに知られている事実が多いが、ここでは個人的に面白かった部分を紹介せんとす。



布袋の音楽的ルーツ
パンク〜ニューウェーヴ
と英国趣味


 高校3年の冬、いよいよ長髪がキリスト教系の私立学校・新島学園で問題となった時、「イエス様の髪はもっと長い」との名言を残し、卒業間近に退学した布袋(退学直後、パンクの影響で短髪にしたのだが)。
 上京したての、原宿のアパートに暮らしていた頃、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルといった王道ハードロックや、片やジャズミュージシャンが華やかにテクニックを競うクロスオーヴァーと呼ばれた音楽が主流だった中、
「俺は地下のマグマが噴出する寸前のムーヴメントに夢中だった。(中略)セックス・ピストルズやディーヴォといった、プロフェッショナルなミュージシャンからすれば、“音楽じゃない”と言われるような連中が、ただエネルギーと発想力だけで世界中を涌かせていた。インテリアート集団トーキング・ヘッズやテレヴィジョンの登場。レゲエやスカなどの黒人音楽のエッセンスを取り入れた新しいダンスブームの火付け役はツー・トーンレーベルのスペシャルズやマッドネス。(中略)俺は一瞬にしてパンク、ニューウェーヴの世界にどっぷりとはまっていった」

 ディスコ、フィラデルフィア・サウンド(フィリー・ソウル)全盛のとき、布袋がセンスとダンスを磨いたディスコが2つ。新宿のツバキハウスと六本木のクライマックス。
 ツバキハウスは、「セックス・ピストルズのパンクで踊り、クラフトワークのテクノで猛然と頭を振る悦楽の空間だった」
 また、「六本木のクライマックスでかかるのは、XTCやポップ・グループやD.A.F.といったインテリジェントなパンクだ」

 福生の米軍ハウスにいた頃。
「フライングリザーズ、カン、スロッビング・グロッスル、ペル・ウブ、P.I.L.…。その中でもやはり一番のお気に入りだったのは、クラフトワークだ」
「このクラフトワークを大音量で聴くと、これがまた凄い。スピーカーから飛び出てくる形而上学的なビートは限りなく立体的で、散らばった音の一つ一つがDNAを直接揺さぶるように刺激する」

 それにあわせてギターをかき鳴らした。
「なにせクラフトワークにはギターがないし、ずっと同じテンポでループされるからメトロノーム代わりに持ってこいだし、新しいフレーズを考えるには最適だったのだ。つまりあの福生時代、おれは世界のクラフトワークをバックバンドにしてしまっていたのである。何と夢のあるプロジェクトだったことか」

 いずれもBOφWY結成前夜、花の都、大東京でぐずぐずと燻っていたときである。誰であれ、この季節に、如何に本気で燻るか、これが後の人生を決めるのやもしれぬ。
 この音楽的“いい趣味”が、不良・氷室京介を刺激し、火花を散らすことになる。



氷室京介への憧れ

 この自伝の最もスリリングな部分は、これまでほとんど語られることがなかった氷室京介の描写だ。布袋は氷室に「憧れていた」という。
 驚きだ。と同時に“だろうよ”との感を拭えない。男が最も惚れる男、氷室、畏るべし。
この『秘密』の裏タイトルは、「俺が氷室に惚れたワケ」だ。

 燻っていた布袋に、氷室から突然、電話が入る。
「高崎では一瞬でも火花を散らしたバンド仲間、顔見知りではあった。しかし、彼は不良の親分的存在。決して弱いものいじめをすることはないけれど、常にカミソリのような鋭いオーラを出しまくっていて、まったくもって近寄りがたい人だった。だから面と向かって話したことは一度もなく、音楽性もどちらかと言えば水と油だ」

 やばい、殴られるのでは!? だがなぜ俺!? と戸惑いながらも布袋は、氷室に呼び出され、会いに行く。氷室は、「のちに誰もが虜になるあの笑顔を浮かべて」現れた。六本木のアマンドで氷室は単刀直入にこう切り出す。
「布袋、バンドやらない?」

「飢えたオオカミのようにギラギラとした、野蛮でセクシーな匂いを振りまく男。攻撃的ながら、その瞳には謎の翳りがあった」

以下、布袋の氷室評を抜粋。

「“デスペナルティ”。ヴォーカリストに氷室京介を擁する筋金入りの硬派ロックバンド。バイク乗りたちの強固な結束による動員力がある、近寄りがたい存在感のバンドだった。皮の上下に身を包み、全員がジェームス・ディーンのような佇まいだった」

「何度か対バンライヴをやる中で、次第にデスペナルティのヴォーカリストに一目置くようになっていた」

「とにかく圧倒的な存在感だった」

「楽屋で隣り合わせても、誰とも話そうとしない。そして強靭な肉体から醸し出されるバイオレントなオーラ。その一方で、バイク仲間や知人が楽屋を訪ねてくると、まるで別人のように柔らかな空気を纏う不思議な男」

「どうやら宇宙人のような身長187センチの俺の音楽家としてのセンスに触れて、いわゆる“不良のロック”という括りに満足がいかなくなる前提が生まれたのかもしれない」

「ソリッドで、硬派で、まるでナイフのような切れ味を持ったヒムロックのヴォーカル」

(柄の悪いバンド連中と同じタコ部屋のような楽屋にて)「普通のバンドだったらひと悶着起こっただろう。ところがBOφWYにはあの氷室京介がいた。『なんか文句あんの?』とばかりに一睨みしただけで、他のバンドはすごすごと視線をそらすのだった」

「客席のほとんどが若い女の子になった。客席の大半がヒムロックに集中しているように映った」

「解散した途端に俺にとってヒムロックは、本当にライバルのような存在になってしまった。ヒムロックはもちろん強力なオーラを放っていた。その光のオーラには誰も抗えなかったはず」

 もう止める。
 最後に、「存在することの危うさに最期まで賭けるのだ」というジャン・コクトーの言葉をいつも前書きに掲げる布袋によるロックの定義を挙げておく。
「最期の最期まで手に汗握る、生存本能が最大限に試される瞬間。その一瞬にだけ見える光こそが、ロックンロールだと思えてならないのだ」

by ichiro_ishikawa | 2006-02-14 13:00 | 音楽 | Comments(4)  

アルペジオの手記

「旅行が楽しかったとか、美味しいものを食べて嬉しいという感情は、創作にはあまりつながらない。むしろ喜怒哀楽の怒と哀を感じたときに心が震える」

「居酒屋で飲んでいる集団の中で、中心で盛り上げている人ではなく、隅っこでちびちびやっているやつに引かれるし、何かを創りたいと心動かされる」

——リリー・フランキー
(2/5放送予定『トップランナー』での発言/週刊ザテレビジョン6号より)

 この2つの発言は、リリー・フランキーの核をなす何かに触れている。本質的にブルーズ、ロックであり、ファンクであり、パンクであり、根本的にジョークである。


 2ヶ月ぶりの更新となるが、これだけブランクが空いたのは、書くことがなかったからだ。書くことがなかったということは何も考えていなかったということだ。正確に言えば、ぼんやりと考えていた。あるいは、ただひたすら吸収していた。何を。リズム&ブルーズをか。そうかもしれぬ。そんな気もする。

 去年の暮れからこれまで、メンフィス、マッスルショールズ、ニューヨークあたりをずっと回っていた。
 1947〜73年のアトランティック、STAX、ハイ・レーベルなどの音源をグワッと聞き込み、アフロ・アメリカンのソウルを噛み締めていた。もう、その辺しか全然聴いていなかった。あの頃のブラック・ミュージックはとてつもない。素晴らしい。
 通勤時、休日と、時間があればiPodsでリズム&ブルーズ5000曲を聴き、ネルソン・ジョージ『リズム&ブルーズの死』、ピーター・ギュラルニック『スウィート・ソウル・ミュージック』、バーター・ピラカン『魂(ソウル)のゆくえ』、岩波新書『アメリカ黒人の歴史』を読み耽っていた。

 そんな中、会社のある虎ノ門から国会議事堂を抜けて江東区へ帰る電車で、ふと中吊り広告に目をやった。
「秘すれば花の“メリハリ”化粧」「ミラノ艶女(アデージョ)はヌーディサンダル」「くびれ美人で春に勝つ」
といった、救いようがないバカな文字が目に入った。「ちょいワル」などに代表される、こうした浮かれポンチなコピーにはずっとウンザリしていたが、ここに来て怒り心頭に発した。
「お前ら、いいかげんしろ、バカヤロウ!」と広告を引き裂いた。さらにふと目にした湾岸戦争を描いた映画『ジャーヘッド』のチラシには、どこかの編集者らしきコメントで、「主人公の“ワルかわいさ”にも注目」とある。「お前もか、ちょっと来い、このバカヤロウ!」と怒声をあげた。
 その刹那、シャッフルしていたiPodsから5000分の1の確率でかかったのが、「マザーファッカー!」と叫びながら、ダウン・トゥ・アースな歪んだギターをかき鳴らすMC5だった。俺はクワッ!と覚醒した。
 
「(そういや)俺はロックだった」

 住吉のアパルトマン・アルペジオに帰ると、部屋からパブリック・エネミーが流れていた。すげえ怒っている。俺はいよいよ覚醒した。

 「(そういや)俺は10代の頃は、みんなブッとばしていた」 

 20代からは、全てを許し、ジェントリーに紳士ぶるようになっていたが、そういや俺は、悲しみの権化であると同時に怒りの権化でもあったのだった。クールにやっている場合じゃない。もう、許さねえ。

「冷静に構えるぐらいわけのないことはない。ただ他方を向いてさえいれば冷静面ぐらいは出来るのである」(小林秀雄)
 
 俺は、踵を返し、そのまま国会議事堂へゆき、ションべん引っ掛けて、口笛吹いて、お家に帰った。

by ichiro_ishikawa | 2006-02-01 00:55 | 日々の泡 | Comments(3)