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プロの仕事

 

 90年代に入り、日本のロックがつまらなくなったように思えるのは、
「てめえが歳をとったから」というのが、いまや定説だ。
 そう考えて済ますのは便利であるが、どうもそういう便利な考えを信用する気になれないのは、どうしたものだろうか。
 そこで興味深い仮説を展開してみんとす。

 つまらなくなったのは、自作自演が常識になったからである。

 基本的に、J-POPと称される90年代以降の日本のロックのマーケットは、若年層が主である。演者も購買層に近い方が人気も出るので、自ずと若手が増える。
 作られたものは、要は商品だという観点からすれば、これは、アイドル歌手の場合と同じだ。

 ただアイドル歌手、歌謡曲と異なるのは、BOφWY以降、メジャーシーンに普通に君臨するようになったJ-POPの連中は、ロックと称して自作自演を当たり前にするようになったことだ。
 実は落とし穴は、そこにあった。
 作詞ができて、作曲もできて、アレンジ能力に秀で、パフォーマンスが優れ、かつツラもいい、なんて人は稀有な存在だろう。10年にひとり出るかで出ないかだろう。
 前髪をあえてダサくたらして眼鏡かけてTシャツ着てうつむきながらディストーションギターを鳴らせば文学的という風潮がまかり通るようになり、ツラとパフォーマンスの敷居はぐんと低くなった。だが一番の問題は作詞作曲アレンジといった音楽的能力だ。
 ここだけはどう考えても低くていいはずはない。
 だがきゃつらはてめえでやろうとするのである。
 レベルは低くても自作自演だという事実の方が優先されるのか。それとも経費節減なのか。

 今のJ-POPより70-80sの歌謡曲が全体として優れているのは、作詞家・作曲家・編曲家・伴奏家(スタジオ・ミュージシャン)、ディレクター、プロデューサー、マネージャーと完全分業制が確立されており、各々が各々の職分に全精力を傾けることができたからに他ならない。各パートのレベルがきわめて高い。
結局それが行き過ぎて、ルーティーン化したために、商品の質も落ちてしまったのが80s後半だけれども、90年代以降の自作自演化の試みが、それらに増して成功しているとは思えない。どう贔屓目に見ても、詩は高校生の日記みたいなものが多いようだし、作曲グッズも、ソフトが進化して作り手の裾野が広がったとは言え、実際出てきているのはウンコばかりだ。
 


分業制によるすげえ日本の音楽ベスト5

4.「Tシャツに口紅」ラッツ&スター(81年)
作詞:松本隆  作曲:大瀧詠一  編曲:井上鑑

c0005419_1453572.jpg作家陣は言わずと知れたプロ中のプロ。唱うは、日本の黒人、鈴木雅之。プロ中のプロが、それぞれ、てめえの力の120%を出し切り、エヴァーグリーンの名曲が出来上がった。こういうのはかけ算だから、120松本%×120大瀧%×120井上%×120ラッツ%で、約200%。しかも元の数が100万だから、200万だ。単位は、すげえ。つまり200万すげえで、それでも4位だから、以降、どんだけすげえのが出てくるのか、っていう。


3.「あの娘に御用心」沢田研二(75年)
作詞:大瀧詠一 作曲:大瀧詠一 編曲:多羅尾伴内
キーボード:松任谷正隆 ギター:鈴木茂  ベース:細野晴臣 ドラムス:林立夫 テナー・サックス:稲垣次郎 コーラス:大滝詠一、 山下達郎

c0005419_1455371.jpg作詞作曲編曲が全部大滝詠一だから、分業制という括りから外れるようだが、大滝の歌を、ジュリーが歌うという奇跡を感じたい。なにはともあれ、演者陣が、すげえ。


2.「さよならは八月のララバイ」吉川晃司(19歳・85年)
作詞:売野雅勇 作曲:NOBODY 編曲:大村雅朗
ギター :今剛  ベース:奈良敏博 キーボード:富樫春生 サックス:矢口博康ほか

c0005419_1461313.jpgパリンパリン!というガラスの砕ける音がSEで、シンセがディディディディ鳴っていて、スネアドラムがパン!パン!というバリバリ80Sサウンドが全編を貫く。NOBODYはこのほか「モニカ」、「You Gotta Chance」、「にくまれそうなNEWフェイス」と、初期吉川のイメージを決定づけた、弾けたポップソングを連作した。また、プロ・売野の詩がすげえ。「二度ともう抱きしめてはあげられないのさ」とか、「泣かないでくれ サヨナラは八月のララバイ」とか、絶対出てこねえ。そうしたポップが、シャンパンのボトルをぶちまけながらNHKホールのステージを紅白歌合戦のトップバッターとして疾駆しては、後ろのトシちゃんを苦笑させ、ギターを燃やしては、次の河合奈保子のイントロをリピートさせて、なかなか歌に入らせない、そんな“若気のイカり肩”期の吉川のパフォーマンスに釣り合っている。ギターの今剛は宇多田ヒカルでも演っている名手。


1.「渚のカンパリソーダ」寺尾聡(81年)
作詞:松本隆 作曲:寺尾聰 編曲:井上鑑
ギター :今剛、松原正樹 キーボード :井上鑑ほか

c0005419_1462873.jpg「少しは愛してくれ 夏の風が照れちまうほどに 八月は出会う女(ひと)を 恋人に変えちまうよ」とか「カンパリのグラスを空けてしまおう 君に酔ってしまう前に」とか、すげえいい。日本のAORの金字塔。以下、バンバンバザールの富やんの文章を抜粋。

 バックには最強なスタジオミュージシャン達が結成した「パラシュート」が務め、パラシュートのキーボード、アレンジャーの井上鑑のアレンジで、打ち込み以前の最高に正確な生音で繰り広げられるセッションに乗って寺尾独特の低域のごく狭い音域で歌われる名曲の数々は本当に素晴らしい。(中略)1981年といえば僕は9歳、小学低学年だったが「ルビーの指輪」がヒットしたときのことを覚えていて、ザ・ベストテンの一位を長期間保持した為、専用のワインレッドのソファーを用意してもらったり、演奏の時のパラシュートの姿にしびれたりしたものだ。それをバックに寺尾聡は今思えばアイバニーズの12弦エレキを弾きながら低い声で唸っていた。(中略)寺尾聡のレイバンのサングラスとタバコの煙と、得意の「いきなり歌い始めからスキャット」で一気に僕は大人の世界を夢見るようになった。

by ichiro_ishikawa | 2006-09-29 01:57 | 音楽 | Comments(1)  

ロック、ロックとうるせえ文章

 10数年前、「rockin'on」で、増井修か山崎洋一郎が、「仕事でもプライベートでも色々な人と会って話をするが、ロックを通ってない人はダメだ、とはっきりした」というような意味のことを言っていて、すごく、腑に落ちたのを覚えている。これは、ロックを通っていない人はダメな人間だという意味ではなく、ロックを通っている人こそ素晴らしいということでも全くなく、ロックを通っている人といない人では、本質的なところで「没交渉である」という意味だ。
 例えば、写真家にここをこう撮ってほしい、または、デザイナーにこういうデザインで、あるいは、この曲はアリ、これはナシ、さらに、この店、服はアリ、それはナシ、あのギャグはOK、それはいただけない、歩く時は右足から、などなどあらゆる肝心なところで、ベクトルを異にしてしまう。とはいえ、社会という修羅場では、他者とのコミュニケーションへの屈強な意志が必要で、議論して何処かで折り合いをつけなければならない。それはそれで、スリリングで、それゆえ、高い跳躍が出来る場合も多いのだけれど、やはり、疲れてしまうのだろう。そしてこう漏らす。
 ロックを通っている人なら、理屈抜きに一発で分かり合えるのだが……と。

 ロックを通った人間というのは、お互いに、すぐわかる。性別、国籍、職業、左右を超え、ある1点において通ずる。その「通ずる」は、他の数多の相違点を凌駕する。彼らは赤の他人で、直接会う機会も今後ないとしても、ずっと通じ合っている。逆に、さまざまな点でウマが合い、常に寝食を共にするような間柄でも、その1点が共有されていないと、結局、哀しいかな、ディスコミュニケーションなのである。

 ロックを通っている人は、ロックを通っている人を敏感に察し、全幅の信頼を寄せる。
 モリッシー、マイケル・スタイプ、ボノ、エルヴィス・コステロなど、ミュージシャンは当然だが、小林秀雄、太宰治、中上健次、池田晶子、リリー・フランキー、渋谷陽一といった文学者、マーティン・スコシージ、レオス・カラックス、ヴィム・ヴェンダースなどのシネアストらには、直接ロックとは関係のないものの、へたなロック・ミュージシャンよりよほどロックを感じる。

 ロックを通っている、とはひどく曖昧で、言葉足らずのようだけれど、要するに、ロックにやられたことがある(やられている)ということだ。言葉の靄を晴らそうとしていよいよぼやけてしまったやもしれぬが、つまり(はたしてつまるかどうか)、ロックで生き方の根本を覆されてしまった、という経験だ。
 
 とは言え、それは、例えば、10代のころ、ディランでもストーンズでもいい、最近の人ならオエイシスでもヘディオレッドでもいい。その音楽にいたく衝撃を受け、学校を辞めた、盗んだバイクで走り出した、インドに進出した、コーランを耽読し始めた、お前がかじを取れ、まあ何でもいいが、なんらかの跳躍ある行為に及ぶ、と。そうしたアクションと、この「ロックを通る、ロックにやられる」とは、何ら関係がない。また、素直に高校を出て、大学に進み、中小企業に就職し、太いネクタイをボボボぶらさげて、住宅ローン、可愛い子供……といった大多数の人が及ぶ行為も、もちろん関係がない。

 もっと、内的なものである。

 僕が、はじめてランボオに出くわしたのは、廿三歳の春であった。その時、僕は、神田をぶらぶら歩いていた、と書いてもよい。向こうからやって来た見知らぬ男が、いきなり僕を叩きのめしたのである。僕には、何んの準備もなかった。ある本屋の店頭で、偶然見つけたメルキュウル版の「地獄の季節」の見すぼらしい豆本に、どんなに烈しい爆薬が仕掛けられていたか、僕は夢にも考えていなかった。而も、この爆弾の発火装置は、僕の覚束ない語学力なぞ殆ど問題ではないぐらい敏感に出来ていた。豆本は見事に炸裂し、僕は、数年の間、ランボオという事件の渦中にあった。それは確かに事件であった様にも思われる。文学とは他人にとって何んであれ、少なくとも、自分にとっては、或る思想、或る観念、いや一つの言葉さえ事件である。と、はじめて教えてくれたのは、ランボオだった様に思われる。(小林秀雄「ランボオIII」)

 ロックの経験とは、こういうことだ。
 この経験がある人間とは、根本でつながる。

 福田和也がいいとは、前回書いた。その後、彼の『日本人の目玉』という日本の文学者たちを批評した本を読んで衝撃を受けた。
 『日本人の目玉』では、本人があとがきで、

高浜虚子と尾崎放哉の間で理論を、西田幾多郎と九鬼隆一の間で思考を、青山二郎と洲之内徹の間で美を、坂口安吾と三島由紀夫の間で構成を、川端康成において散文を問い、そして小林秀雄にたどり着いた。その点では、本書は、小林秀雄に至る旅であると云うことができる。

というように、小林秀雄を真っ正面から論じているのだが、本書を読み、「この人は、小林秀雄をすげえ分かっている」と確信した。小林秀雄を論じる人は多いが、結構、肝を外しているものだ。吉本隆明でさえ、ピンぼけなのである。「小林を乗り越えなければ」と言ってしまう時点で、小林を分かっていないということが露見してしまっている。

 かつて池田晶子を読み、魂を揺さぶられた。のち、彼女は「小林秀雄への手紙」を書くほど、小林に心酔していることが発覚した。ロックでつながっていると感じた瞬間であった。そして、今回、福田の眼力に共感したのち、「ダーフク、お前もか」だったわけである。

 『日本人の目玉』で、福田は、なんと小林秀雄を黒人ブルースに例えている。

 黒人音楽や、ミュージッシャンに接して、しばしば味わう、即物的としか言いようがないような、じかの手触り。その身も蓋もないような、直截な言い切りに、ほかでは味わう事の出来ない、それこそ掘り出したばかりの、鶴嘴の匂いがする岩塩を嘗めるような爽快さを感じるのだ。
 普通の名詞、動詞などを集めてつくった一節なのに、他の何にも用いきれない固有名詞のように響く。そう、まさしく優れた黒人ミュージッシャンは、固有名詞だけで語っているようだし、その音楽全体が固有名詞のようだ。
 優れたブルースマンの楽曲に触れると、その歌詞だけではなく、ギターの音色やアンプリファイアの調整までもが、何やらきわめて直截な、直接に自分の頭脳や身体を撫で、摩り、揺すぶってどこかに連れていくような感覚を味わう。この、直接さと、固有性はきわめて緊密な関係を持っている。
 彼等の言葉に「直接性」を見てしまう時に、私の感性や意識もまた彼等に働きかけているという事、どちらが、どちらに働きかけている等と考える事が無意味な近さで,じかに固有名詞のような感触が浮かび上がるという事だ。


 黒人音楽や、ミュージッシャン、優れたブルースマンに触れた感動を的確に表現していると同時に、小林秀雄の批評文の核心を突いている。黒人音楽や、ミュージッシャン、優れたブルースマンを、小林秀雄に置き換えてみると、まま小林秀雄評となっているのが分かる。
 なんと小林秀雄(1902-80)は、黒人ブルースマンだったことが発覚した。

 そんな福田和也が、その文章のシメで、こういうのだった。
 同時代のライバル、ザ・ビートルズが、黒人のコピーをやめ、オリジナル曲をやりだしたのだが、ザ・ローリング・ストーンズは。

 自分たちが楽曲を作るなどという事に思いもよらず、ただただアメリカの黒人たちが作り出した、多彩で濃くて楽観的で厭世的な曲を、苦労して集めた南部のいい加減なレーベルのレコードに耳を傾けながら、音を拾い、和音を探り、そのままに演奏していた。
 今でも僕は、オリジナル曲など演奏しなかった頃のストーンズが一番好きだし、ストーンズは本質的にコピーバンドだと考えている。


 だが、そのストーンズが、まんま黒人音楽をコピーしても、どうしても違う。
 ロックになってしまうのだ、という。

 何と言ったらいいのだろう、バンド全体が立ち上がり、今すぐ駆け出そうとするような躍動感と、どこにも行く事は出来ないという焦燥が一体になった感触。
 そのロックにしかないものを、仮に僕は、ビートと呼んでみる。
 リズムではない、ビートはいったい何から生じるのだろうか。
 おそらくビートは作る事からは生まれない。
 ビートは、見る事、最も近くで一心に見尽くす事からしか生まれないものだ。
 最も近く、鼻も額も擦り切れるような近さで見る事から生じない何か。
 見る事とは、対象をどうしようもなく変えてしまう事だ。対象を動かし、彼方へと、ここより遠い何処かへと、予測もつかない形で動かし、流してしまうという事だ。
 目玉を近づける、それが、ビートだ。叩く事、壊す事だ。
 批評の目玉は、見つめる対象を、叩き、壊し、そして流す。
 量子と宇宙を、見るものとの近さにおいて貫く一撃である。


 後半、興奮しすぎて論旨は破綻し、批評文が詩に転じてしまっている。
 だがその最後の3行の散文詩こそ、最も直接身体に訴えてくる。
 蛇足だが、ロック、ビート、批評、すべて、同じものをさす。

 小林秀雄はいう。

 花の美しさというものはない。美しい花があるだけだ。
 
 これは、「あれこれ観念をもてあそぶ前に、もっとよく見ろ」という意味だ。
 だから小林秀雄は、こうも言う。
 
 画家は目があるから見るのではない。目があるにもかかわらず見抜くのだ。

by ichiro_ishikawa | 2006-09-18 04:25 | 音楽 | Comments(2)