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吾妻光良 vs 福島康之

吾妻光良Session
@東京・高円寺 JIROKICHI
吾妻光良vo,g、牧裕b、早崎詩生pf、福島康之vo,g、平林義晴dr

 牧裕と早崎詩生は、スウィンギング・バッパーズ、平林義晴はカンザス・シティ・バンドのメンバー。JIROKICHIは、金子マリや妹尾隆一郎、あるいは野獣王国(是方博邦g 難波弘之key 鳴瀬喜博b 小森啓資dr)といった、ブルーズ、ジャズ系のミュージシャンが演る店、since 1974だ。壁には、キング・カーティスやアリーサ・フランクリンらの後ろでタイトでグルーヴィなリズムを奏でた超売れっ子セッションドラマー、バーナード・パーディのサイン入り写真も。バンバンバザールのライヴ盤『ハイライト』は、ここで、この吾妻光良や、友部正人を迎えて行なった1999年のライブを収録したものだ。

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 吾妻はサイドをショートカットに

 バンバンバザールのナンバーからは「こんにちは」「風呂屋」「夏だったのかなぁ」「4時間座っていたけれど」「恋はねずみ色」「ほんじゃね」(吾妻光良& The Swingin' Boppersによる外国曲のカバーのカバー)、「明るい表通りで」(カバー曲)、そして! “ジャイヴ・ミュージックが好きです”との福島康之のMC、吾妻光良の“当然だ”という返しで始まった「盛り場に出て行こう」が披露された。“コロッケそば!!”は聞かれなかったものの、名盤『ハイライト』のあの名演再び!!、となった。この曲での吾妻光良のコーラス(しゃがれたハイトーンでのハモリとシンコペーション)は、本当にすげえいい。
 福島康之が初めて作った曲が「2丁目の垣根の曲がり角」だというのは有名だが、2番目が「風呂屋」、3番目が「どういうこと」、4番目が「盛り場に出て行こう」だということが、この晩、判明した。
 
 また、本棚の下に敷く5cm角程度のベニヤ板という恐ろしく地味な買い物をしに吉祥寺に出た時に、ロンロン前で路上ライブをやっていたバンバンバザールに初めて出会った、というエピソードの掘り返しも聞けた。「くしゃくしゃの1000円札をくれた」「いや5000円だよ」「1000円です!」といったテンポのいい舌戦も冴えていた。

 福島康之の、こういう立ち位置での、ライブは、本当にいい。
 それにしても、第一声で、グワッと空気を作ってしまう、福島康之のヴォーカルは凄まじい。

by ichiro_ishikawa | 2006-10-29 03:36 | 音楽 | Comments(1)  

池田晶子 最新作リリース

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 池田晶子の新作が出た。「週刊新潮」での連載エッセイ「人間自身」をまとめたもので、そのシリーズ第3弾となる。タイトルが、
「知ることより考えること」。
 ここでの「知る」は、「情報を得る」という意味だ。つまり、この情報過多のネット社会やらなんやらでいろいろと知識を増やすのはいいが、本当に大事なものは何だ? それを見極める目を持て。
 要するに、己が頭で(手ぶらで)考える、ということをせんでは、何をしたことにもならないぜ、という意味が込められている。
 池田晶子は、常々「考える」ということの重要性を述べているが、この「考える」という言葉の深い意味に注意するのは良いことだ。
 小林秀雄は言う。

 「考える」は、「かんがふ」で、「かむかう」の音便だから、もともとは「迎える」という言葉だ。
 「彼(か)」を「迎える」で、つまり、考える主体である「私」と考えられる「モノ」とが、相対するということだ。
 さらに「むかふ」の「む」は「身」であり、「かふ」は「交ふ」である。
 
 つまり、小林秀雄および本居宣長が、手ぶらで、てめえの頭で、自己流にグワッと思索したところによれば、

 「考える」とは、物に対する単に知的な働きではなく、物と親身に交わることだ。物を外から知るのではなく、物を身に感じて生きる、そういう経験を言う。
(62年「考えるといふこと」小林秀雄)

 池田晶子の「考える」は、この「考える」なのだと思う。

by ichiro_ishikawa | 2006-10-27 16:15 | 文学 | Comments(0)  

グレン・ティルブルック来日公演速報

グレン・ティルブルック来日公演
2006年10月14日(土)東京・南青山マンダラ

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 グレン・ティルブルックと言ったって、おそらく誰も知らないだろうし、スクイーズのギター&ヴォーカル、とその出自を説明したところで、そもスクイーズとは? ということになろう。
 これは本当に残念な事だ。グレン・ティルブルックが、スクイーズがあまり世に知られていないという事が残念なのではない。スクイーズとは?と愚鈍に訊いてしまう、その、スキだらけのあなたの人生が、残念でならない。

 グレン・ティルブルックは、元スクイーズのギター&ヴォーカル。
 スクイーズとは、78年に『Squeeze』でデビューしたイギリスのバンドで、音楽的には、ポール・マッカトニー寄りのザ・ビートルズ、ザ・キンクス、エルヴィス・コステロ、XTC、クラウデッド・ハウスに近い。伝統的な英国ギターポップに、ニューウェーヴのエスプリが利いた、知的な大人のポップバンドだ。
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      1982年のスクイーズ。中央がグレン・ティルブルック

 なんと言っても、クリス・ディフォードの作詞と、グレンの作曲によるソングライティング、そしてグレンのヴォーカルが秀逸なバンドだ。要するに、2枚看板で、これは、レノン&マッカートニー(ザ・ビートルズ)、ジャガー&リチャーズ(ザ・ローリング・ストーンズ)、レイ&デイヴのデイヴィス兄弟(ザ・キンクス)、モリッシー&マー(ザ・スミス)、アンダースン&バトラー(スウェード)、リアム&ノエルのギャラガー兄弟(オエイシス)と続く、英国2枚看板バンドの系譜に連なり、その中でも、トップクラス、つまり、レノン&マッカートニー(ザ・ビートルズ)に並ぶ、と言っても、イギリス人だったら「Definitely」、あるいは「Absolutely」と、うなずくはずだ。

 ただし、グレンは作曲とギター、ヴォーカルだから、作詞もするレノンやマッカートニー、レイとは違うし、基本的には歌唄いのジャガー、モリッシー、アンダースン、リアム、ギター弾きのリチャーズ、マー、ノエルとも異なる。
 そういう意味では、歌を歌ってメインギターも弾く、ジェームス・ディーン・ブラッドフィールド(マニック・ストリート・プリーチャーズ)、ポール・ウェラー(ザ・ジャム〜スタイル・カウンシル〜ソロ)寄りだ。
 つまり簡単に言えば、シンガー・ソングライター寄りだ。とはいえ、詩を書かないから、正確には、「主義主調の無い、流しのミュージシャン」といった方がいい。

 そんなグレンが、東京に流しに来た、といった感じのギグだった。
 青山の「マンダラ」という渋いハコで、モンティ・パイソンを彷彿させる、英国ギャグ満載のマシンガントーク&アクションを随所に挟みながら、矢継ぎ早に曲を繰り出していく。40曲ぐらい演ったのではないか。
 自作曲以外では、ジミ・ヘンドリックス「Voodoo Chile」(物まね付き)、ザ・キンクスの「Sunny Afternoon」を轟かせた。驚きだ。

  グレンの魅力。
 声がすげえいい、歌がすげえうまい、ギターがすげえ良くて、すげえ上手い。「その声とそのギターの腕だったら、その1セットだけで一生食って行けるのでは?」と思ったが、「あ、実際、食ってるか」と、ひとりごちた、と言えば、分かるだろうか。
 そして、なにはともあれ、メロディが、おそろしく、いい。ポップなのだが決してベタではなく、シンプルで、少ーしだけひねった、微妙な音の連なりが、ゾクゾクッと来る。一聴して、「いい!」と思わせるわけではないが、ふとした時に「クワッ!」と来て、来たら最後、以後、ずーっと己が脳髄にこびりついて離れない、といった類いの、いいメロディだ。


この日、すげえ良かった曲、ベスト5(順不同)
Squeezeを聴いてみたい人は、ここで試聴されたし
(iTunes StoreでのiMix by ロックンロール・ブック)

1.「Up The Junction」
from Squeeze『Cool For Cats』(1979年)

c0005419_1423588.jpgスクイーズ中、ベスト3に入るナンバー。地味に淡々と進む中、最終的に、号泣している自分に気づくはず。



2.「King George Street」
from Squeeze『Cosi Fan Tutti Frutti』(1985年)

c0005419_143420.jpg今回は、一発目、ピアノ弾き語りで披露。『Cosi Fan Tutti Frutti』は、比較的地味な作品だが、静かな名曲が多い。



3.「By Your Side」
from Squeeze『Cosi Fan Tutti Frutti』(1985年)

c0005419_143420.jpgこれも「King George Street」と並び、静かな名曲。クワッとくる。



4.「Another Nail In My Heart」
from Squeeze『Argy Bargy』(1980年)

c0005419_1434387.jpgコステロばりのポップチューン。『Argy Bargy』は布袋と氷室の青春の1枚としても有名。




5.「Black Coffee In Bed」
from Squeeze『Sweets From A Stranger』(1982年)

c0005419_1441167.jpgオーディエンス参加型スクイーズの代表曲。
アンコール最後の曲として、我々はコーラスを担当。グレンがはじめにやり方を指示するも、オーディエンスはすでに知っている、言わずもがなという濃い空間がそこに。



6.「Hourglass」
from Squeeze『Babylon and On』(1987年)

c0005419_1445690.jpg早口でまくし立てる軽快なポップソング。レコードではエレキのギターソロをアコギで同じようにやった。




7.「If It's Love」
from Squeeze『Frank』(1989年)

c0005419_1453174.jpgスクイーズを代表する小粋なラブソング。クリス・ディフォードの詩がすげえ。オーディエンスがコーラスで参加。


8.「Tough Love」
from Squeeze『Babylon and On』(1987年)

c0005419_1445690.jpg隠れた名曲、ということを今回のギグで再発見した人は多いはず。



9.「Tempted」
from Squeeze『East Side Story』(1981年)

c0005419_148025.jpg世間的に最も有名と思われるスクイーズの代表曲。映画『リアリティ・バイツ』でウィノナ・ライダーとその友人がカーステから流れるこの曲に合わせて歌っているシーンは秀逸。レコードではポール・キャラックがヴォーカルで、グレンはサブだが、今回は、当然全部一人で歌った。


10.「I've Returned」
from Squeeze『Sweets From A Stranger』(1982年)

c0005419_1441167.jpgヴォーカルはじまりのナンバー。グレンの声は本当にすげえということがよく分かる。



11.「Jolly Comes Home」
12.「Some Fantastic Place」
13.「Third Rail」
from Squeeze『Some Fantastic Place』(1993年)

c0005419_2183543.jpg個人的な話で恐縮だが、93年のリリース時、ロンドンで買ったアルバムのナンバー。当時スクイーズがロンドン郊外でライブを演るというので、日本では絶対見られないだろうと、大枚はたいてわざわざ駆けつけたのだった。だが、半年後の94年2月。きゃつらは初来日を果たした。


14.「If I Didn't Love You」
from Squeeze『Argy Bargy』(1980年)

c0005419_1464292.jpgアルバム発売時、この曲が実はシングルカットされていたという事実は、スクイーズマニアの中でもあまり知られていない。地味なポップの中でもさらに地味なポップソングのこの曲がシングルつけ!


15.「Annie Get Your Gun」
from Squeeze「Annie Get Your Gun EP」(1978年)
スクイーズ最初期のナンバー。のっけから風刺が効いている。


16.「Take Me I'm Yours」
from Squeeze『Squeeze』(1978年)

c0005419_1461362.jpgスクイーズ最初期のナンバー。レコードはニューウェーブ色が強い。



17.「Untouchable」
18.「Neptune」
19.「Hostage」
from ソロ・アルバム『Transatlantic Ping Pong』(2006年)

c0005419_149487.jpgスクイーズに比べるとさらに地味になった印象があるが、相変わらずのグッドメロディーメイカーぷりを発揮。長く聴き続けられそうな大人のポップアルバム。


総評
スクイーズはアレンジも秀でているが、なんといってもヴォーカルとメロディがすげえので、この「グレン・ティルブルック流しライブ」で、その魅力のほとんどを味わえるし、逆にヴォーカルとメロディだけに特化している分、誤魔化しが効かないため、いよいよそのすごさが明るみに出たという次第だ。
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by ichiro_ishikawa | 2006-10-15 23:49 | 音楽 | Comments(0)  

吉川と俺

 驚いたのは、Complexのとき、吉川はまだ24だったということだ。
「モニカ」が18だから、そこから見れば、Complexは24だろうよと納得できるが、“今、てめえが35”、という観点からすると、「子供がComplexやってたのか」、との感は拭えない。早熟だな吉川は。

 というわけで、
 吉川と俺、歩みの比較年表
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考察:
●とにかく17歳からComplexまで、吉川と俺では、ものすごい開きがある。
 26〜27ぐらいで、ちょっと追いついた感はあるが、
 35の今、またぐっと引き離されたことは否めないし、否まない。
●紅白でギター燃やしたのは20歳だから、俺で言えば、大学1年。
 あのときの俺だったら、もし出てれば、やはり燃やしたやも知れぬ。
●だが、24でcomplexは、やれないな、さすがに。くどいようだが。
 しかも相手は布袋だ。「いや、僕歌えません、しかもヒムロックのあとでしょ、無理っす」とおろおろしたに違いない。
●ただ、35で『漂流街』をやる、というのは、よくわかる。
●余談だが、『とんぼ』の長渕(小川英二)は、今の俺の3つ下。これもすごい。

by ichiro_ishikawa | 2006-10-14 02:41 | 音楽 | Comments(1)  

3分間のロックンロール、ベスト5


 今でこそザ・ビートルズは、ロックの代名詞、あるいは神、的な位置にいるけれど、80年代においては、否定の対象であった。70年代に、本人であるところの、ジョン・レノン自身がザ・ビートルズを否定した事は衆目の知るところだが、80年代は、もっと短絡的、直截的に、そのサウンドが否定され、ミュージッシャンたちは、いかにザ・ビートルズから遠く離れるかを一つの命題にしていた。
 今のように、無条件に崇められるようになったのは、90年代に入り、やっとザ・ビートルズを、古典として対象化出来るようになってからだ。オエイシスは「ザ・ビートルズになりたい」と豪語したし、中村一義は、そのサウンドをひたすら研究して「一人ザ・ビートルズ」を作り上げた。

 思えば、70年代は、60年代のブリティッシュ・ビートを否定してグラムやプログレ、フュージョンが花開き、頭でっかちになったロックを、パンク/ニューウェーヴの波が覆い尽くし、さらには、アナログを否定したデジタルビートが80年代を席巻。果てにバブルとなった音楽を全否定したのが、パブリック・エネミーらヒップホップ、ナヴァーナらグランジ勢だ。
 そも、もっと遡れば、スウィング・ジャズを否定したジャズメンはビ・バップを生み、さらにモード、フリー・ジャズと発展していったように、新たなる潮流は、常に前時代の全否定から生まれる。ヌーヴェル・ヴァーグ然り、アメリカン・ニューシネマ然り。

 そうした全否定せざるを得ない精神の状態を、仮にロックと言おう。
 否定の結果、何かが出来上がるかもしれないが、その刹那、それはまた否定の対象になる。だから、ロックとは完成する事がない。ロックがどこか子供じみていて、ヒリヒリしているのは、そうした未熟性、いわば少年性による。世のいわゆる「ロックな人」が、どこか少年ぽいのもそのためだ。
「ロックは成熟にはなく、熟すまでの緊張にある」と、言ったのは大滝詠一だ。蓋(けだ)し名言。

 小林秀雄がロック臭いのは、ここにないか。小林秀雄は常に何かを否定している。批評家は否定するのが仕事と言われる事があるが、小林秀雄は、そんなイージーなものの考え方をこそ、真っ先に否定するだろう。批評とは結局のところ、理屈っぽい恋文だ、と言うやもしれぬ。
 世間一般が日和見的に考えることが、まず小林秀雄は気に入らない。いや、正確には世間ではなく、考えた風なことを言う似非インテリゲンチャが気に入らない。「逆説家」と呼ばれるのはそのせいだ。世に流布している一見尤もらしい考えがあるとして、小林秀雄は、まずその逆を言うからだ。



小林秀雄、逆説はいよいよ冴え本質を抉る珠玉の短編
あるいは、3分間のロックンロール、ベスト5



3.「パスカルの『パンセ』について」(新潮文庫『作家の顔』所収)

c0005419_4331580.jpgパスカルの「人間は考える葦である」とは、どいうことか。これは、「気の利いた洒落」ではない。
「或る者は、人間は考えるが、自然の力の前では葦の様に弱いものだ、という意味にとった。或る者は、人間は、自然の威力には葦の様に一たまりないものだが、考える力がある、と受け取った。どちらにしても洒落を出ない。」じゃあ何か。
 この短編を読むと、クワッと覚醒せざるを得ない。高校生なら学校を辞めるかもしれない。会社員は、とりあえずキーボードを縦に持って、隣の人の頭を叩いてしまうかもしれない。危険だから読まない方がいい。



2.「徒然草」42年(新潮文庫『モオツァルト・無常といふ事』所収)

c0005419_4332820.jpg「徒然なる儘(まま)に、日ぐらし、硯(すずり)に向ひて、心に映り行くよしなしごとを、そこはかと無く書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ」。徒然草の名は、この有名な書き出しから、後人の思い付いたものとするのが通説だが、どうも思い付きはうま過ぎた様である。兼行の苦がい心が、洒落た名前の後に隠れた。一片の洒落もずい分いろいろなものを隠す。一枚の木の葉も、月を隠すに足りる様なものか。今更、名前の事なぞ言っても始まらぬが、徒然草という文章を、遠近法を誤らずに眺めるのは、思いの外の難事である所以に留意するのは良い事だと思う。
 書き出しを思わず全文書き取りしてしまったが、ストーンズの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」ばりのイントロであろう。一撃必殺である。ちなみに全文、サビだけで出来ている。



1.「中庸」52年(新潮文庫『Xへの手紙・私小説論』所収)

c0005419_4334495.jpg「様々なる意匠」とともに、小林秀雄の根本的な考える態度が、ここに示されている。中庸とは孔子の言葉だが、「両端にある考え方の間に、正しい中間的真理があるというような、簡単な考えではな」い。「様々な種類の正しいと信じられた思想があり、その中で最上と判定するものを選ぶ事などが問題なのではない」。
 じゃあ何か。

by ichiro_ishikawa | 2006-10-05 04:48 | 文学 | Comments(3)