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俺はあやまらない

 俺はあやまらない。
 あやまりたくない。
 許しも乞わない。許して欲しくない。
 もちろん。もちろん俺が悪いのだ、俺が悪いんだと知っている。それがどうしたというのだ。
 悪いことをして、何が悪い?
 反省なんてしたくない。
 したくはないが、反省じみたことを想い、巡らして弱ってみる湿った弱さ、自己慰籍をする女々しさはあるかもしれない……嫌なことだが……反省などに何の価値があるのだろう。やり直せることなどはない。取り返しのつかないことがあるだけだ。とは云え、大抵のことは取り繕うことができる。情けないし、救われないことだが、それで何とかもち堪えてきてしまった。
 責めたいなら責めればいい。罰したいのなら罰すればいい。口笛を吹きながら絞首台に向って歩いていく短刀遣いマックのようにはいくまいし、泣き言も漏らせば、しおたれもするだろう。でも、俺はあやまらない。

 福田和也の新刊が扶桑社から出た。扶桑社という事で、つまり『en-taxi』での巻頭特集記事をまとめた本だ。特集の俎上に乗せられているのは、元ルースターズ・大江慎也、画家・大竹伸朗、建築家・磯崎新、落語家・立川談春、文藝評論家・保田與重郎、陶芸家・吉田明、俳人・角川春樹、作家・洲之内徹、映画監督・中島貞夫らで、引用文献も含め、本当に「凄い人」たちが、凄い人の言葉でずらずらと登場し、息をつかせない。

 俺は日々、人生劇場の中の主役であり脇役でありナレーターなのであるが、その様々な場面で、「その役がよしんば俺だったら」ということを考えてしまう癖があって、例えば、テレビで紳助やさんまがパネラーたちをさばいているのを見るにつけ、「あの役を次からやれと言われたら…」、あるいは、「パネラー側で、紳助に急にふられたら…」とか、大物のライブ鑑賞中「突如ベースギターの代役を頼まれたら…」とか、また、街の雑踏の中、実に様々な人間を目にするにつけ、「これら人々の人生を片っ端から描写していけと言われたら…」とか、非常に精緻に分かれた枝、微妙な陰影を持つ細かい葉っぱ、すべてが一様でない花びら、それらを持つ大木、「その群れを一幅の絵に描けと言われたら…」といった義務感を感じてしまい、「ええ? まじでか!?」と、おののきながら、ふと我に帰り、「あ別に誰からも課せられてないか…」と気づき、ほっと安堵するという一幕が、往々にしてあるのであった。

 そういう癖のせいかどうか知らぬが、福田和也の本を読むといつも、一介の読者という立場にかかわらず、「これよりずけえ事を書けといわれたら…」との強迫観念に駆られた末、「こいつは俺よりすげえ」という敗北感を味わってしまう。
 知識、というのはなんでもない。たとえば「スキゾの概念」という言葉がさっぱり分からなくても、それなりの文献を読み、考察すれば一応理解は出来る。要はただ、その言葉なり概念に触れた事があるかないかの違いだからだ。
 それよりも、「常識」とか「歴史」といった、誰もが知っている言葉に対して、その本質をどれだけ深く鋭く抉っているか、「経験」しているか、こそがよほど重要なのであって、それは知識ではなくやはり「経験」と呼びたいものである。いかに自分の頭で、自己流に考えているか、こそが肝なのである。自己流というのが大事だ。書物はいよいよインスピレーションに過ぎない。書物を読めば知識は溜まる。だから何だというのだ。それらを自己流に考え、言葉と親身に交わらなければ、何にもならない。ただ要領よく生きられるというだけだ。そんなものに何の価値がある?
 福田は博覧強記で知られているが、立花隆などの学者や批評家と一線を画すのは、小林秀雄ばりの精神の鋭敏さである。知識量が膨大というだけなら何でも無いが、それらの知識は本来の意味での知識であり、それらとの身を持っての交わり方が半端ではないのである。高々自分と10歳ぐらいしか離れていないが、その差は賢老人と幼児なみの開きがある。

 それだけならまだいい。俺が福田を前にして、大枚をはたいたパイロットの万年筆を永遠に使うまいと思わざるを得ないところ。それは、ロックだ。
 いかに博識で鋭敏でも、ロックが分かっていなければ全然ダメなのであるが、彼奴は、すげえロックを分かっているのであった。好みは多少違うけれど、趣味、好き好きを超えたところで、批評自体の自立性というところに焦点を合わせると、いかに深く音楽と交わっているかが分かる
 俺は福田には全くかなわない。ということはサシで対話するには50年早いということで、これは、いよいよなんとかしなければならない。
 とりあえず、福田を超えなければ、俺が出る幕はどこにも無いという事を痛感している。だが、それでも立ち向かうしか無いのだろう。いや、立ち向かうというのは正確じゃない。俺は俺流に俺なりに歩くだけである。俺の人生を生きるのは俺でしかないのだからな。
 ひとまず言えるのは、「こんな事している場合じゃない」。これが分かっただけでも福田との出会いは大きい。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-31 23:16 | 文学 | Comments(1)  

たまには駄文あるいは断片


 池田晶子さんの死に対する悲しみが実はまだ癒えず、何かの拍子でふと、彼女が今「いない」という事実にぶち当たると、嘔吐しそうになるのだが、

 では、彼女がいたとは、何ごとか。いたのは何か。いま、何がいないのか。要は、わたしがいま、ここに、いるだけではないのか。とはいえ、やはり、このいるとは何ごとか。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-28 03:37 | 文学 | Comments(2)  

アトランティックR&B 後編(1960-72)

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ソウルの時代 スタックス&マッスル・ショールズ

 レイ・チャールズのメジャーABCパラマウントへの移籍、ビートルズを初めとするロックの台頭などを受け、ビジネス的にも目敏いアーテガンは、白人アーティストの獲得、育成に力を注ぎ出す。
 そんなアーティガンに対し、ウェクスラーは黒い音にこだわり続けた。メンフィスでカーラ・トーマスの「Cause I Love You」が流行っていることを知り、その制作レーベル、スタックスに近づき、全国配給の契約を申し出る。その後、同じく南部のマッスル・ショールズとも契約を交わし、ソウル・ミュージック全盛期を生み出す事になる。60年代アトランティックR&Bとは、イコール、スタックス、マッスル・ショールズR&B、ソウルである。

7.
「Green Onions」Booker T. & The MG's
(Jones-Dropper-Jackson-Steinberg 1962)

c0005419_1823335.jpgスタックスの録音のほとんどのバックバンドを務めたのが、ブッカー・T & The MG's(M.G.'sとはメンフィス・グループの略)で、その最初のヒット曲が、映画『さらば青春の光』でもお馴染みの「グリーン・オニオンズ」。メンバーはブッカー・T・ジョーンズ(key)、スティーヴ・クロッパー(g)、ドナルド“ダック”ダン(b)、アル・ジャクソン(dr)の白人黒人混成グループだ。


8.
「Mercy, Mercy」Don Covay
(Covay & Miller 1964)

c0005419_18241429.jpg 黒いミック・ジャガー、というか、ミック・ジャガーが強い影響を受けたのがこのドン・コヴェイ。コヴェイはアトランティックのソウル・シンガーたちに楽曲提供もしていたソングライターでもある。ローリング・ストーンズがカバーした「Mercy,Mercy」を筆頭に、スモール・フェイセズもカバーした「Take This Hurt Off Me」や、グルーヴィな「See-Saw」「Sookie Sookie」など傑作ぞろい。グルーヴィR&Bの最高峰。


9.
「I've Been Loving You Too Long」Otis Redding
(Redding & Butler1965)

c0005419_18244573.jpgスタックス最大のスターにして、ソウル・ミュージックというものの体現者、ソウルの代名詞とも言えるのがオーティス・レディング。26歳で航空機事故で急逝するまで、とんでもないソウルを連発した。ピーター・バラカンも言う通り、アップのノリの良さ、バラードの説得力、どれをとってもいう事なしだ。サム・クックと並ぶソウルの横綱。


10.
「When A Man Loves A Woman」Percy Sledge
(Lewis & Wright 1965)

c0005419_18251738.jpgスタックスと双璧を成す南部のR&B/ソウルレーベルがマッスル・ショールズのフェイムで、ダン・ペンやスプーナー・オールダムといった黒人大好き白人ミュージシャンを作家陣にもつ。誰もが知っているこの傑作ソウルバラードは、マッスル・ショールズ録音だが、1%のキックバックで経営者のリック・ホールがアトランティックからの発売にこぎ着け、南部にマッスル・ショールズありと知らしめた。


11.
「Land Of 1000 Dances」Wilson Pickett
(Kenner & Domino, Jr 1966)

c0005419_18255819.jpg不世出のソウル・シンガー、ウィルソン・ピケット。60年代初頭に数々のスター・シンガーを輩出した名門グループ、ファルコンズのリード・シンガーを務め、その後ソロに転向し、Double-Lでシングルを出した後、アトランティック入りした。当初はヒットに恵まれず、スタックスに詣で、「In The Midnight Hour」という傑作を生み出す。だが、ピケットとスタックスの面々は、性格的にソリが合わなかったらしく、ピケットはマッスル・ショールズへ出向く。そこで、Chris Kennerのいまいち冴えない曲をエキサイティングに仕上げたこの「ダンス天国」や、「634-5789」等の珠玉のミディアムなどを連発したのだった。


12.
「Soul Man」Sam & Dave
(Hayes & Porter 1967)

c0005419_18263326.jpg「これぞStax!!」なパワフル・ソウル・デュオ、サム&デイヴは、アトランティック側からスタックスに送り込まれた最強の刺客。高音担当のサム・ムーアは昨年新作をリリースし、ダイナマイトぶり健在!を見せつけた。この「魂男」のほか、「ちょっと待って、今行くから」など大ヒット曲多数。ディープ/サザン・ソウルを語る上で外せないデュオだ。また、サム&デイヴの曲は、映画『黒いジャガー(シャフト)』でお馴染みのアイザック・ヘイズと、デイヴィッド・ポーターが主に手掛けているという事も知っておく必要、大アリだ。


13.
「I Never Loved A Man (The Way I Love You)」(Ronnie Shannon 1967)
「Do Right Woman, Do Right Man」(Moman, Penn 1967)
Aretha Franklin

c0005419_1827161.jpg いわずもがなのソウル・クイーン、アリーサ・フランクリン。ゴスペルあがりのその歌唱は、まさにソウルフル。ものすげえ。アトランティックは66年に大手コロムビアから契約を買い取り、ウィルソン・ピケットに続いてこのアリーサをマッスル・ショールズに送り込んだ。マッスル・ショールズの田舎者の面々はアリーサなんて知らなかったが、黒人音楽フリークのダン・ペンは流石にアリーサに眼をつけており、仲間たちに「凄いのが来るから覚悟しとけよ」と言っていたという。アリーサはマッスル・ショールズで数曲傑作を残すが、現場のミュージシャンによる「アリーサのケツ触り事件」を機に、マッスル・ショールズを離れる。こうしたブラックミュージック裏話やスタックス、マッスル・ショールズ設立〜終焉までのストーリーは極めて面白い。それらは、「リズム&ブルーズの死」(ネルソン・ジョージ)、「スウィート・ソウル・ミュージック」(ピーター・ギュラルニック)、「魂(ソウル)の行方」(ピーター・バラカン)に詳しい。


14.
「Soul Finger」The Bar-Kays
(King-Jones-Cunningham-Caldwell-Alexander-Cauley-Christian 1967)

c0005419_18272965.jpg バーケイズの傑作パーティー・チューン「ソウル・フィンガー」。バーケイズは、スタックスのハウス・バンドとしてそのキャリアをスタートさせ、オーティス・レディングのバックなどで活躍していたが、67年12月9日、そのオーティスを乗せた航空機がマディソン州モンタナ湖に墜落。同乗していたバーケイズも6人中4人のメンバーを失った。ソウル史上、最悪の悲劇である。


15.
「Tighten Up」Archie Bell & The Drells
(Bell-Butler 1967)

c0005419_18275392.jpg Y.M.O.のカバーでもお馴染みの、フロア・クラッシックとして名高い名曲「ッタイヌナッ」。激烈にカッコいい。


16.
「Sweet Soul Music」Arthur Conley
(Conley, Redding, Cooke 1967)

c0005419_18282724.jpg オーティス・レディングによって見出されたシンガー、アーサー・コンリー。このオーティスのペンによるサザンソウルの名作「スウィート・ソウル・ミュージック」は、ワクワクさせられるイントロのホーンに始まり、熱いボーカル、タイトにビートを刻むバックの演奏と、全てが完璧。


17.
「The Ghetto」Donny Hathaway
(Hathaway-Hutson1969)

c0005419_18285217.jpg 60年代後半から70年代は、キング牧師の暗殺、公民権運動、泥沼化するベトナム戦争といった社会的な影響によって、ソウル・ミュージックが変容を遂げていった過渡期である。ノーザン・ソウルの雄、モータウンからはスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイがシリアスな傑作を連発し、アトランティックからは、このドニー・ハサウェイがいわゆる“ニュー・ソウル"を発展させる。ジャズ上がりの知的さを備えるが、グルーヴィでフォンキィなリズム、ソウルフルなヴォーカル、随所で美しい旋律を奏でるエレピ、どれをとっても素晴らしい。


18.
「Clean Up Woman」Betty Wright
(Clarence Reid/Willie Clark 1971)

c0005419_18291439.jpg68年、若干13歳でデビューしたベティ・ゥライト。「ソウル・マン」風のこの「Clean Up Woman」、そして語りも良い「Tonight The Night」といった傑作も外せない。


19.
「Killing Me Softly With His Song」Roberta Flack
(Fox/Gimbel 1972)

c0005419_18293542.jpg ドニー・ハサウェイとの共演も素晴らしいロバータ・フラック。アリーサや、アーマ・トーマス、グラディス・ナイトといったソウルはないけれど、内省的で、ブルース/ジャズ/ゴスペル/フォーク/クラシックの要素を独自のクールな視点で昇華させたテイストは、すごくいい。


 この辺りを最後に、アトランティックのリズム&ブルーズ/ソウルは、死んでいく。それに取って代わるのが、アーテガンが押し進めて来たロック路線で、クリーム、エリック・クラプトン、イエスといったイギリス勢、バッファロー・スプリングィールド、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、そしてレッド・ツェツッペリンでばく進し、遂にはローリング・ストーンズを獲得、『メインストリートのならず者』をリリースするのであった。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-13 05:30 | 音楽 | Comments(0)  

哀悼、池田晶子 この10冊

池田晶子の墓碑銘(エピタフ)は、
「さて、死んだのは誰か」
だという(週刊新潮「人間自身」最終回より)。
死して尚、根源的な謎を問い続ける池田晶子。しびれる。
その墓は、世界思索遺産として認定されるべきやもしれぬ。

「池田晶子、この10冊」として、カウントダウン方式でその「思索」を列挙していくが、数多ある著作の中、結局、書いていることはただひとつ、「ある」と「ない」とは? それを、いろいろと角度を変えて、鋭く問うているだけなのである、実は。


11.魂を考える
(法蔵館 1999年4月)

c0005419_528416.jpg壁に釘が刺さっていて、外套がかかっている。釘を外せば外套は落ちる。これが精神と肉体の関係である。とベルクソンが言っていると小林秀雄が言っている。そのように、精神と肉体は明らかに別物で決して平行関係にはないが、どういうわけか一緒になっている。そのあり方を、池田晶子は魂(プシューケー)という。


10.考える日々
(毎日新聞社 1998年12月)

c0005419_5271517.jpgサンデー毎日の連載をまとめたシリーズ。現在「3」まで出ている。同じ週刊誌である週刊新潮の連載「人間自身(旧題:死に方上手)」は「41歳からの哲学」「勝っても負けても 41歳からの哲学」「知ることより考えること」としてまとめられており、こちらも秀逸。


9.事象そのものへ!
(法蔵館 1991年7月)

c0005419_5265324.jpg事象そのもの、とは、「ある」という事態、そのこと。


8.新・考えるヒント
(講談社 2004年2月)

c0005419_5262754.jpg小林秀雄、晩年の名著シリーズのカバー。こんな芸当が出来るのは、池田晶子だけ。本ブログ、池田晶子と小林秀雄参照。


7.REMARK 01 Oct.1997〜28 Jan.2000
(双葉社 2001年2月)

c0005419_526596.jpg池田晶子の貴重なメモ集。文章という形になる前の思索の断片集。国宝。


6.睥睨するヘーゲル
(講談社 1997年1月)

c0005419_5254668.jpg自分で考えろ、ということだ。


5.オン!—埴谷雄高との形而上対話
(講談社 1995年7月)

c0005419_5252121.jpg考える人・埴谷雄高(はにや ゆたか)との、文字通り次元の違う形而上対談。
国宝ともいえる超一級の思索の記録がここにに。


4.死と生きる—獄中哲学対話
(新潮社 1999年2月) ※死刑囚・陸田真志との共著(往復書簡)

c0005419_525040.jpg死刑判決を受けたSMクラブ経営者殺人犯人との往復書簡。 善と悪、生と死の根源的な謎を語り合う。


3.帰ってきたソクラテス
(新潮社 1994年10月)

c0005419_5244237.jpgソクラテスが現代によみがえり、市井の人々と対話をするという「悪妻に訊け」「さよならソクラテス」と続く最もキャッチーなシリーズの1作目。「死んだのは誰だ!」は、確かこの本の最後でソクラテスが毒杯を仰いだ後にプラトンか誰かが吐いた言葉だと記憶しているのだが、単行本を人に貸していて手元に無く、文庫本を買いに行って確かめたのだが、改稿されていて、件の箇所がなくなっている。本、返してもらわねえと。あるいは、別の本だったやも。誰か教えてくれ。


2.メタフィジカル・パンチ—形而上より愛をこめて
(文芸春秋 1996年11月)

c0005419_5242258.jpg「小林秀雄への手紙」収録。これは本当に涙が出てくる。文学史上最高の恋文である。吉本隆明より江藤淳より小林秀雄を分かっていることがわかる。


1.残酷人生論—あるいは新世紀オラクル
(情報センター出版局 1998年3月)

c0005419_524760.jpg私が僭越ながら思う、池田晶子の最高傑作。シンプルにズバッ、ズバッと問われ続け、最後にストーンと問いの深みに落とされる。読後、しばらく恍惚にも似た放心状態に陥り、「ある」と「ない」の謎のとりこになる。池田晶子全著作の要約編といってもいい。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-09 05:12 | 文学 | Comments(2)  

アトランティックR&B 前編(1947-60)

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 池田晶子さん急逝のショックで悲しみに明け暮れているが、いつまでも喪に服しているわけにもいかない。前々回の原稿を機に異様に盛り上がってしまったアトランティック熱がいまだ収まりきらないので、私なりの鎮魂歌として、そのベストテンを、今回はカウントダウン方式でなくクロニクルとしてレーベルの歴史とともに述べていこうと思う。
※1955年からのジャズ部門、60年代後半からのロック部門は省き、R&Bに特化して記述。

1.「Mardi Gras In New Orleans」Professor Longhair
(Professor Longhair 1949)

c0005419_2391537.jpg1949年、南部への旅
 アトランティック・レコードは、1947年10月、在米トルコ大使を父に持つアーメット・アーテガンが、ナショナル・レコードのプロデューサーであったハーブ・エイブラムスンとともにニューヨークで設立した。アーテガンは、父親がヨーロッパ在任中に、生で聴いたキャブ・キャロウェイやデューク・エリントンに感動し、兄のネスヒ・アーテガン(L.A.でのレコード店経営を経て、アトランティックに参加、ジャズ部門を支える)と共にアメリカの黒人音楽に夢中になっていったのだった。
 設立から2、3年の間はヒットが出なかったが、その間、アーテガンは相棒のエイブラムスン、作曲家のジェシー・ストーンと、よりダウン・トゥ・アースな音を求め南部巡礼を行なっており、49年、ニューオーリンズで、このプロフェッサー・ロングヘアー(1918-1980)を見い出し、録音した。そのうちの最高傑作がこの「Mardi Gras In New Orleans」。左手でへヴィなシンコペーションを叩き出し、右手がその間を縫うように跳ね回るニューオーリンズ・ピアノがすごい。長髪教授はその後、心臓発作や肝硬変といった度重なる病気のため一時、音楽活動から離れざるを得なくなり、遂にはレコード店の掃除夫で生計を立てるまでになったが、71年「第2回ニューオーリンズ・ジャズ・アンド・ヘリテッジ・フェスティバル」への出演を機に、再評価の嵐が吹き荒れる。アーニー・K・ドゥ、アラン・トゥーサン、ファッツ・ドミノ、ヒューイ・ピアノ・スミス、ドクター・ジョン、ネヴィル・ブラザースへ、その血は受け継がれている。


2.「Daddy Daddy」Ruth Brown
(Rudy Toombs 1952)

c0005419_2394019.jpg 初期アトランティックを支えたのが、このルース・ブラウン(1928- 2006)。1948年にアーテガンとエイブラムソンはニューヨークから自動車でワシントンに出向き、ナイトクラブで歌う彼女の歌を聴いて契約を決めた。ルースの歌う曲はたいてい大衆的なバラッドが中心だったが、アーテガンはR&Bへの転向を彼女に説得した。
 ルース・ブラウンは、1949年「So Long」でデビュー。ヒットとなり、1950年にリリースしたルディ・トゥームズ作曲の「Teardrops from My Eyes」は、「ビルボード」誌のR&Bヒットチャートの1位を11週連続で占め、R&B歌手として地位を確立した。彼女のレコードは、1949年から55年にかけてR&Bレコードチャートトップ10に149週間にわたりチャートイン。それら16曲のうち5曲は1位を記録。ルースはアトランティック・レコードの看板歌手として活躍し、社のビルは「ルース御殿」とまで呼ばれた。R&BとはRuth Brownの頭文字から取られた! とまで言う大げさな輩も。


3.「Mess Around」Ray Charles
(A. Nugetre 1953)

c0005419_2310455.jpg 黒い音楽を追求するため、南部を巡り、ハーレムに通い続けていたアーメットと仲間たちは、52年、レイ・チャールズを獲得した。映画『Ray』によると、ナット・キング・コール風の甘いピアノ弾き語りを得意としていたレイに、強烈なR&Bビートを吹き込んだのは、アーテガンのようだ。この「Mess Around」の作者名は、アーテガンのペンネーム(Ertegunの綴りを逆さにしたもの)で、まさにキング・オブ・R&B、レイ・チャールズの生みの親と言っていい。
 レイはその後、「I Got A Woman」(Ray Charles 1954)「Hallelujah, I Love Her So」 (Ray Charles 1955)、「What'd I Say (Parts 1&2)」 (Ray Charles 1959)と名曲を連発し、結果、米大手ABCに引き抜かれてしまうが、レイのキャリアの音楽的黄金期はアトランティック・イヤーズであろう。


4.「Money Honey」Clyde McPhatter & The Drifters
(Stone 1953)

c0005419_23101933.jpgジェリー・ウェクスラー登場
 1953年は、アトランティックの第一の転機だ。アーテガンの片腕ハーブ・エイブラムソンが陸軍召集で経営から一時離脱。そこで経営陣に加わったのが、「ビルボード」誌の記者だったユダヤ系青年ジェリー・ウェクスラーだ。ウェクスラーは、黒人音楽を指す差別的な呼称「レイス・レコード」を「リズム&ブルース」に変えた人物とされる。彼が最初期に育てたのが、このクライド・マクファーター率いるザ・ドリフターズだ。この頃から、ピアニスト兼アレンジャーのジェシ・ストーン、エンジニアのトム・ダウドといったアトランティックの黄金スタッフによる大全盛期が始まる事になる。


5.「Yakety Yak」The Coasters
(Leiber - Stoller 1958)

c0005419_23103359.jpgリーバー&ストーラー登場
 アトランティックの歴史で絶対に外せないのが、コースターズ、ドリフターズと言った黒人コーラス・グループの存在で、その裏には、ジェリー・リーバー&マイク・ストーラーといった黒人音楽大好きの白人名ソングライティング・コンビがいた。55年、アーティストが増えすべてに手が回らなくなったアーテガンとウェクスラーは、スパーク・レコードからこの2人を引き抜く。ブラックの粘っこいノリに白人のポップな感性をまぶしたリーバー&ストーラーの楽曲群は、まさにアーテガンが求めていた音楽だった。コースターズ by リーバー&ストーラーは、この「Yakety Yak」の他にも、「Searchin'」 (1957)、「Young Blood」 (1958)、「Charlie Brown」 (1958)、「Poison Ivy」 (1959)と、珠玉のポップ・ナンバーを連発する。ちなみに、リーバー&ストーラーの下で見習いで働いていたのが、後に大プロデューサーとなるフィル・スペクターである。


6. 「Save The Last Dance For Me」The Drifters
(Pomus-Shuman 1960)
「Stand By Me」Ben E. King
(King & Glick 1960)

c0005419_23105492.jpg 1958年、クライド・マクファターに代わり、ベン・E・キング(1938-)がドリフターズに加入する。「Dance With Me」(1959)、「This Magic Moment」 (Pomus-Shuman 1960)などのヒットを輩出し、1960年、この必殺の「ラストダンスは私に」を放った。作詞作曲は、ブリル・ビル・ポップのドク・ポーマスとモート・シューマン。ベン・E・キングはこの曲を最後にドリフターズを脱退しソロ歌手に転向。すぐさま傑作「スタンド・バイ・ミー」をリリースした。ジョン・レノン『ロックン・ロール』(75)でのカバーを出さずとも言わずもがなの名曲だ。


次回、後編は、いよいよアトランティックがあのスタックスに……!

by ichiro_ishikawa | 2007-03-04 23:29 | 音楽 | Comments(0)  

哀悼、池田晶子

2007年2月23日、池田晶子さんが腎臓ガンで逝っていた。

なんてことだ! まだ46歳だのに!? ああ、なんてことだ! 
その事実、ちょっと待ってくれ。
医者! 何やってんだよ…。腎臓がんぐらい治せよ。なんだよ医学よお…。
ああ……池田晶子さん……なぜに…。

昨夏、病気がわかり入院、いったん退院したが、今年1月に再入院したのだという。3/1発売の週刊新潮で休載したのは、そういうことだったのか…。2/22発売の号では「温泉、温泉」とはしゃいでいたのに。ということは、昨年末にお父さんを亡くした時は、自分も…!
全然知らなかった。まったくそういう素振りを見せなかったのだ、池田晶子は。
きっとソクラテスが毒杯を仰いだように、イエス様が十字架にはりつけになった時のように、特に病魔に抗わなかったんだろう、あのすげえ人の事だから…。

悲しい。すごく悲しい。俺は池田晶子がすげえ大好きだったんだ。すげえ愛していた。同時代を生きていながら対面できなかった事を悔やんでも悔やみきれない。池田晶子はキリストだったのに、孔子だったのに、ソクラテスだったのに、小林秀雄だったのに。

池田晶子は今、この世で、唯一、本物の言葉を奏でる人だった。
悲しい。すごく悲しい。
死とは?

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      合掌。残された著書をグワッと毎日熟読玩味するしかない。


(この素敵な写真は「Comzine」(http://www.nttcom.co.jp/comzine/no011/wise/index.html/撮影:海野惶世)からの転載。本サイトは営利目的はなく、ごく私的なブログですので転載許可はとっていませんが、問題があればすぐに削除します)

by ichiro_ishikawa | 2007-03-03 04:28 | 文学 | Comments(7)  

驚愕のアトランティック

 ロック好きで黒人音楽が嫌いな人はいないのだけれど、ロックという入り口から音楽の深い森にはまりこんでいった人間にとって黒人音楽の教科書は、ピーター・バラカンと、そして、アトランティック・レコード(スタックス、マッスル・ショールズや、アトコなどサブ・レーベル含む)のはずだ。
 昨年、鬼籍に入った偉大なるブロデューサー、アーメット・アーティガンへの追悼と、奇しくも創立60周年ということで、今、世界は、大アトランティック・ブームに沸いており、右を向いても左を向いても、どのチャンネルつけても、アトランティック一色なわけだが、さすがに『レコード・コレクターズ』も特集を組んで来た。
 記事は、アトランティックの歩みとアトランティック名盤200なのだが、この200枚は、R&B/ソウル/ジャズ/ロックの名盤200と、ほぼ一致してしまう事が発覚した。
 アトランティックは、今は実は終わっていて普通のメジャーレーベルだが、50〜70年代は恐ろしくとんでもなかった。R&B/ソウル/ジャズ/ロックの、まさに宝庫だ。実は本稿では、「アトランティック、この10枚」をやろうとしてペンを取ったのだが、選定前恒例の「i-Tunesプレイリスト作り」の段階で優に100曲を超えてしまったので、頓挫した(至福の時ではあった)。
 ざっと挙げてみると、
【ジャズ】
ジョン・コルトレーン『Giant Steps』『My Favorite Things』、チャールズ・ミンガス『直立猿人』、オーネット・コールマン『Free Jazz』『ジャズ、来るべきもの』、 ローランド・カーク『溢れ出る涙』、モダン・ジャズ・クァルテット
【ソウル/R&B】
レイ・チャールズ、ドリフターズ、コースターズ、オーティス・レディング、サム&デイヴ、アリーサ・フランクリン、アーチー・ベル&ザ・ドレルズ、アーサー・コンリー、ウィルソン・ピケット、ロバータ・フラック、ダニー・ハザウェイ
【ニュー・オーリーンズ】
プロフェッサー・ロングヘアー『Proffessor Longhair』、Dr.ジョン『Gumbo』
【ロック】
バッファロー・スプリングフィールド、CSN&Y、スティーブン・スティルス、マナサス、ラスカルズ、ローリング・ストーンズ『Exie on the Mainstreet』、ロクシー・ミュージック『Street Life』、デレク&ザ・ドミノス『Layla』、イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、レッド・ゼッペリン

 と、特に調べもせずにこれだけ名盤が溢れ出て来る。ちゃんと調べたら、どんだけ「名盤」が出てくるんだっていう。しかもジャケット写真と一言批評を添えなければならず、そうなるとどれだけ時間がかかるんだっていう。それなら本作るよっていう。

 レーベルの詳細は、現在発売中のレコード・コレクターズと、「スウィート・ソウル・ミュージック—リズム・アンド・ブルースと南部の自由への夢」 ピーター・ギュラルニック「魂(ソウル)のゆくえ」ピーター・バラカンオフィシャル・ウェッブサイウィキペディアに悔しいが譲る。
 そこで、一枚だけあげるとしたら、やはりこれだ。

『Atlantic Rhythm & Blues 1947-1974 [Box set] 』Various Artists
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 1枚とはいえ、8枚組。ジャズとロックは外れているが、これは、本当にすげえ。12,257円だが、1日か2日、日雇いをやれば買える。
 日雇いを強力に勧める。もとい、一聴を勧める。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-02 03:26 | 音楽 | Comments(0)